トラウマメモリー
ゆーり。
トラウマメモリー①
夢のキャンパスライフ、そんな生活があると信じていた日々は遠い過去に過ぎ去った。 真記(マキ)が大学に入学して四ヶ月が経ったが友達なんて一人もできていない。
なのに講義を全て終え、帰宅準備をしているところに声がかかった。
「真記さん!」
チラリと視線を向けてみると裕香(ヒロカ)という名の女学生が立っている。 もちろん友達などではない。
「ねぇ、真記さん! 今日一緒に帰らない?」
「・・・」
一度も時間を共有したことがないというのに、一体どういう風の吹き回しなのだろうか。 裕香の周りには友達らしき女性が二人いて、別に自分を誘う必要なんてないように思える。
「止めておきなよ。 真記さんを誘っても何も返ってこないんだから」
「そうは言ってもさぁ。 いつも一人だから可哀想じゃん」
「裕香は本当に優しいよね」
「私のことはいいの! ・・・それで? 真記さん、私たちと一緒に来る?」
「・・・行かない」
「あ・・・!」
そう言って真記は先に教室から飛び出した。 憐みなんて不要だ。 大して関わりのない相手に気を遣うなんて以ての外。 もしその誘いに乗ったとしてもお互いにいいことになるはずがない。
少々歪んでいるとは思うが、過去に裏切られた経験から人を信じられない自分には仕方がないのだ。
―――・・・これも全て、アイツのせい。
いつも孤立しているが、寧ろ真記自身それを望んでいるため孤立していてよかった。 一人なら誰にも裏切られない。 別に誰かの協力が必要なわけでもない。
孤独こそが最も自分にとって都合がいいだけだ。
―――・・・暑い。
夏場だと言うのに服装は長袖にロングスカート。 ショートだった髪は胸まで伸ばし、顔面の露出面積はなかなか少ない。
―――これでも話しかけられるということは、もっと暗い雰囲気を出した方がいいのかな・・・。
いつも陰に潜むようにして生活していた。 近寄り難いオーラを常に放ち、誰も近付いてこれないようにしている。 だがその分悪目立ちをしてしまっていた。 それに気付かない程鈍感なわけでもなかった。
―――・・・周りからの視線が痛い。
大学内だけでなく外でもそんななため、どうしても視線を集めてしまう。 ホラー映画さながらという程でもないが、日光がギラギラと輝く中のそれは不自然極まりない。
帰っていると周りから同じ大学の男子の声が聞こえてきた。
「彼女ほしいなー。 でも可愛い子がいないんだよなぁ。 お前だけズルいよ」
「彼女くらいすぐにできるって」
「簡単に言いやがって」
「・・・あ、アイツは?」
「アイツ?」
「アイツって、お前と同じ講義を持っている子だろ?」
何故か理由は分からないが、自分のことを言っているのだと分かった。
―――人を勝手に話題に上げないでほしい。
面白半分で悪戯に人を傷付けるそれが、真記の人を信じる心をガリガリと削っていく。
「あー。 確かに一緒だけどあの子はないわ」
「ストレートに言うじゃん」
「顔はいいんだけどねー。 どうも暗くて地味過ぎて」
笑い声も聞こえてくる。 どうして男は下品で下らないんだろうか、そんな本心が口から洩れそうになる。
―――・・・せめて私に聞こえないところでしてほしい。
―――それも嫌だけど、どのみち私の人生に関わることのない人たちなんだから。
男子からは好かれず女子からも距離を置かれる。 その孤立している状態が一番心地よかった。 だが最近になって、時々裕香から話しかけられるようになったのだ。
―――あの子は一体何?
―――急に話しかけてきたりして。
―――大学に入ってから約四ヶ月が経った今でも一人でいる私を見て心配してくれた?
―――・・・いや、そんな優しい人はこの世界にいない。
―――寧ろ一人でいる私を馬鹿にしているようにしか思えない。
―――・・・これ以上、関わらないでほしいな。
普通は有難い存在のはずなのかもしれないが、真記はそれが鬱陶しくて仕方がなかった。 大学を抜けると大通りを突っ切った。
―――人はみんな信用できない。
―――人間が悪魔に見えて仕方がない。
大通りから裏道へ入る。 たとえ他人でも人が大勢いるところが苦手なため、いつもそうして帰っていた。 しかし今日ばかりはそれが悪い方向へ向かってしまう。
「あれ? 女の子がいるじゃーん」
「ッ!?」
本能的に嫌悪感を立ち昇らせる声に真記は心臓を震わせた。 足早に逃げようと思ったが、気付けば大の男三人に囲まれている。
こういうことがないようにと地味な恰好をして女らしさを消しているというのに、全く意味がないではないかというのが率直な気持ちだ。
だが今は己の不運を呪うよりも現状を何とかするために考えなければならない。
―――私に話しかけてこないで・・・ッ!
拒否反応が出る前に身体が動かなくなった。 真記でなかったとしても恐怖するのは当然だろう。
「でもこの子地味過ぎない?」
「いや、よく見てみろよ。 近くで見たら顔は超可愛いぜ?」
「おぉ、マジだ! よかったら俺たちといいことをして遊ばない?」
―――わらわらと湧く蛆虫共が、死んでしまえ!
強い罵倒も思うばかりで口から出ることはない。 もっともそんなことを言ったら男たちは逆上し何をしてくるのか分かったものではないが。 気付けば腕を強く掴まれていて、過去のトラウマが蘇ってくる。
「嫌ッ・・・!」
嫌悪と拒絶、触れられた瞬間身体中ぞわりとした。 その瞬間、真記は震えが止まらなくなった。
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