卒業の鐘とジングルベル

師走 葉月

握ったその手

 今日で中学生活も終わり……か。

 卒業にあたって貰ったガーベラの花を片手に太陽を隠すように空を見上げた。

 さっきまで溢れていた涙が太陽の光を反射しすごく眩しい。


 今の時間は校庭で後輩、保護者と写真を撮ったり先生と最後のお話をしたり泣きあったり、再会を誓ったり。タイムカプセルを埋める卒業生もいる。


 俺は友達はそこまで多い訳ではないし後輩とも関係は無かったから、『せ、先輩。写真撮ってください』なんてイベントも起こらなかった。

 そんなイベントに期待して校庭に出てきたのが少し馬鹿らしくなってくる。

 いや、実際に馬鹿なのかもしれない。


 そろそろ帰り始める保護者が出始め、正門前にたっている俺は少々邪魔かも知れない。

 校舎に戻るか。

 少し重い足を校舎に向け1歩を踏み出せずにいると後ろからツンツンと腰の辺りを指先で押された。


「卒業おめでとう。悟。元気してた?」


 振り返るとそこに居たのはこの場に絶対にいるはずの無い幼なじみのユキ。

 幼げな顔立ちだったがどこか品が会ってそのオーラは隠しきれないほどに漏れ出ていた。

 ボブがよく似合い笑った顔も照れた顔も、怒った顔さえも好きだった。

 だった……。正しくは今でも好きだがそこ気持ちは言えてない。

 何故ならユキは3年前のクリスマスの夜に交通事故で亡くなった。

 なのに、目の前にいる。

「ユキおまえ!おい、おい!」

 その声を聞くとユキは目の前から消えていた。でも確かにそこにユキは居た。

 自然と零れる涙には数え切れない感情がこもっていた。



 ーーーーーーーー



 高校生になって初めての冬が訪れた。

 今でも瞼を閉じれば卒業式の出来事を思い出す。

 あの時のユキはなんだったのか。幻覚か。友達と居ない俺を心配して出てきた幽霊なのか。それとも……。

 教室の後ろの席……主人公席に座っても春は訪れない。

 冬は嫌いだ。

 忘れようとしても忘れられない。

 嫌でも思い出してしまうその季節が大っ嫌いだ。

 だから早く春が来て欲しい。二つの意味で!

「みて!雪が降ってるよ!」

「ほんとだ。初雪だ。今年は遅かったね。もうすぐクリスマスだよ」

 昔なら無邪気に反応した言葉も今では嫌悪感で押しつぶされる。

 俺はそっと自分の横だけカーテンを閉めた。


 家に帰ると雪だるまが玄関前に作られていた

 自室に入り制服を脱ぎ課題をする為に勉強机に向かう。

 机の上には「久しぶり。懐かしいね」の文字が書かれた手紙と共にハートプレートネックレスが置かれていた。

「ああ……」

 思わず声を失った。

 本当に懐かしいネックレスとやっぱり生きてるんだと言う喜び。そして死んだと聞いている自分の事。本当に様々な感情が心を揺さぶり脅しかけてくる。


 深呼吸して気持ちを落ち着かせたら手紙を開封する。

 そこには短く「12月25日あの場所で待ってるね」とだけ書かれていた。

 あの場所なんて1箇所しかない。

 それに字だけでも分かる。これはユキ本人だと。



 ーーーーーー



 当日。

 待ち合わせ時刻などは書かれていなかったが俺は知っている。

 小学生の時1度だけクリスマスの日に遊んだことがあった。

 もちろん夜は親が許さないので夕方だった。けど、その時した約束はいまでも覚えている。

 その時もこの場所で遊んでいた。

 イルミネーションが綺麗と聞いて2人で出かけてみたけど点灯は夜からだった。その時次見に行く時は「18時に待ち合わせしていこうぜ」といった。

 今日はその時見れなかったものを見るための日だ。そう勝手に思い込んでいた。


 18時。

 公園の入口付近で待つと白のワンピースをきたユキが歩いてきた。

「ユキ!生きてたんだな良かった」

「ふふ。本当に懐かしい」

「ああそうだな。ほんとうに……懐かしい」


 お互い久しぶりの再開に感動し今すぐにでも抱きしめたい気持ちを抑え手を取り歩き出す。

 イルミネーションはもう始まっていて何色ものあかりが形を作り俺たちを向かい入れる。


「そういえば良く待ち合わせ時間わかったね」

「約束しただろ?俺は約束は守る主義の人間だからな」

「そういえばそうだったね悟は」

「……なあ。聞きたいことが山ほどあるんだが聞いてもいいか?」

「うん。いいよ」

「今の今までどこにいたんだよ。本当に心配してたんだぞ」

「それはごめんね。それに答えるって言ったけどやっぱりその質問には答えれないな。けど楽しくやってるよ」

「……そうか。まあでも生きててくれただけで嬉しいから今日はいいや。また会う時絶対に聞かせてくれよな」

「その日を迎えられたらね」

 綺麗なイルミネーションに目を奪われているユキ。


「手。凄い冷たいけど大丈夫か?」

「う、うん。大丈夫だよ。末端冷え性?ってやつでさ。だからほんと。気にしないでね」


 勇気をだして手を繋いだからだろうか。手汗が凄い出てくる。

 その汗は凄く冷たい汗だった。


 公園の中心にはたくさんのカップルがいた。

 俺はここで今、3年前に伝えれなかった想いを伝える。

「なあユキ」

「なに?悟」

「本当に綺麗だよな」

「そうだね」

「小学生の時見れなかった事、今は凄い良かったって思えてる。ねえユキ」

「そんなに呼ばなくても私はここにいるよ」

「すまん。どうしてもどこか消えてしまいそうな感じがして……。もう急に居なくなったりしないでくれ……。」

 自然と溢れた一滴の涙を拭った。

「約束する。私も悟と一緒。約束は守るタイプの人間だからね」

 数秒の静寂が2人を包む。

「ユキ。ずっと好きだった。小学生の時からずっと好きだった。亡くなったって聞いた時は本当に生きる理由を失ったと思うほどに辛かった。けど今こうして目の前にいる。この想いを伝えられるのは今しかない。そう思ってる。ユキ……俺と付き合ってくれないか?」

 再び2人を静寂が包み込む。

「やっと。言ってくれた」

 泣きながら答えるユキの声。

 そして2人を祝福するかのようにジングルベルの鈴の音が奏でられた。

 これから幸せな日々が続くそう確信できた。

 ハグを交わし目と目を合わせ軽くキスをした。

 初めての唇はとても柔らかくて冷たかった。

 けどその奥に温かさを感じた。

 その直後ユキは溶ける様に姿を消した。

 突如、抱きしめていたものが無くなり空虚になり孤独になり下を見つめた。

 その地面にはこの前見たハートプレートのペアルックネックレスが落ちていた。


 何となく想像はできていた。

 あまりにも出来すぎているそうずっと思っていた。

 夢だと何回も思った。現実ではないと何度も疑った。

 けどそれでもいいと思っている自分がいた。

 例え偽物でも、夢でも現実でなくても、再びユキと出会い思いを伝えられたなら良いと思える。割り切れると思って今日この場に足を運んだ。

 けれども涙が止まらない。

 不自然に水浸しの地面。そんなもの気にもならずに崩れ落ち顔を疼くめて泣き喚く。

 周りの目なんて気にできないほどに泣いた。

 顔を真っ赤に呼吸は乱れる。

 自分を守るタイミングはいくらでもあった。

 卒業式。現れるはずもないのに目の前に来た。

 握った時の異様な手の異様な冷たさ。

 そもそもの連絡方法の不自然さ。

 こんなに辛いならこんなに辛いと知っていたら。

「……約束、守るタイプの人間じゃなかったのかよ……ユキ」


 どのくらい時間が経ったのか分からない。

 俺はネックレスを拾い上げ立ち上がり、家に戻った。

 玄関前に作られていた雪だるまはこの寒さなのに不自然にも溶けきっていた。

 これはユキの亡霊だったのではないか。様々な憶測の末俺は再び、また涙が溢れだした。

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