10.操心の魔女 2話

≪前回のあらすじ≫

【Fenrir】本部へ向かう途中、

【上層地区】へのゲートにて、エリスとカイルは門兵に足止めをされた。

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 聳え立つ白亜の城。

 窓の少ない頑強な作りの構造物を旧時代の古い建物の残滓、風化し始めている建材が球根の皮の様に覆う特徴的な外観をしている。


「入りたまえ」


 ドアのノックに答えたのは気怠そうな声。

 この部屋の主、ガンマグレイブヤードは、今日もいつもと変わらずやや退屈そうな面持ちで黒革張りの大きなデスクチェアーに深く腰掛け、お気に入りのティーセットでゆったり紅茶を飲んでいた。


「お帰り、エリス。報告を聞く前に一つお説教をしなくてはならなくてね。すまないが聞いてくれ」


「はっ!」


 ガンマの言葉にエリスは襟をただし、直立の姿勢で答える。


「よろしい。では手短に」


 何か面白いことでもあったのだろうか?

 お説教という言葉とは裏腹に幾分かガンマの機嫌が良さそうに見える。


「ゲート前の件だ。あんまり彼らをイジメないでおくれ。極めて愚かな連中だけれど、いちよう敵ではないのだから」


「はい。大変申し訳ございません。少々やりすぎました」


「いいさ。小言はこれで終わりだよ。君を怒らせて命があった彼等は実に幸運だ。先程、早速本部の脂ぎったバカ共が血相を変えて乗り込んで来てね。いやあ、あれは実に傑作だった」


「お褒めにあずかり光栄です」


 ガンマの言葉にエリスは満面の笑みで答え、ガンマの側に控えていた秘書官は静かに目線を反らした。


「それで、彼は連れてきてくれたかな?」


「はい、ガンマ様」


「素晴らしい。それでは、連れてきておくれ」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



一方、客間。


「カイルさん、申し訳ありませんがしばらくここでお待ちください。先にガンマ様に報告しなくてはいけないことがありまして」


 エリスはそう言って部屋を出て行った。

 その際に頼んでくれたのだろう。

 彼女と入れ違いにすぐさま芳しい湯気のたつ珈琲が運ばれてきた。

 カイルは、珈琲を持ってきてくれた人物に礼を言った後、ちびちびと熱い珈琲を啜りながら、懐かしさに少し落ち着かなさの混じった感情で客間内をうろついていた。


 ここ(Fenrir)の調度品は、主にガンマ個人による発明特許の特許料を惜しみなくつぎ込んで、ガンマの趣味がこれでもかと注ぎ込まれ、まるで貴族邸宅の様な軍関連組織とは思えないかなり異色の内装となっている。


 身体を優しく包み込む手入れの行き届いた革の香りのする柔らかなソファーに身を預けると、中古で手に入れたクッションがヘタリ、薄くなりつつある家(BLITZ)のボロボロのソファーをふと思い出した。


 皆、元気にやっているだろうか。

 まだ2日程しか経っていないというのに。

 離れてみて改めて感じる。

 BLITZ(あそこ)こそが今の自分にとっての居場所なんだと。

 らしくなく、妙にしんみりした気分になってきた己の心境に気づき、カイルはすっぱり思考を切り替える。


 今回の件、本当にガンマさんの発案なのか?

 何かが引っかかっている。

 情報足りないため、違和感の原因はまだ分からないが。


 もしや、自分がいなくなった後、何かフェンリル内部に大きな変化が起きているのか?

 それを仮説とするならば···。

 他派閥との政治闘争でフェンリルが後れを取るとは考えにくい。

 となると現体制を崩すために内部で誰か工作を仕掛けている可能性・・・その場合ありそうなのは2番、4番、7番あたりか?

 何せ、Fenrirという組織の構成員は皆それぞれがずば抜けた能力を持ち合わせながら組織のルールより己の論理、美学を何よりも重んじる様な猛獣の集まりである。

 それが曲りなりにも、一組織の形態を保っているのは、絶対的な才能とそれに裏打ちされた実績及び権力を持つガンマと個としての強さに加え、指揮官としても優秀なヴァンダインが武力面を支え君臨しているからに過ぎない。


 ま、無いか。

 

 自分の知る限り、どいつもこいつも権力や肩書に興味のない連中ばかり。

 戦時下ならともかく、現在の比較的安定した世の中で公的な身分の後ろ盾が得られかつ、各々好き勝手融通の効く立ち位置を危険に晒してまで、そんな行動に出るメリットがない。

 

 あくまでも時間潰しの空想紛いの乱暴な仮説。

 カイルは深呼吸と共に下らない思考を頭の片隅に放り投げる。


 なんにせよ、彼女と直接話をすれば分かることだ。


 そうやってあれこれ考えている内に、客間の扉の開く音が。

 扉の陰から姿を表したのは、懐かしい人物。

 歴戦の狼を彷彿とさせる印象を受ける風貌。

 時代錯誤な甲冑姿に豪壮の長剣を携えた出で立ち。


「久しいな」


「やあ、ヴァンダイン。久しぶり」


「今更何をしに現れた。楽しくやっていたのだろう?」


「ええ、まぁ。それなりに。そちらはどう?」


「変わらずだ」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 気まずい。


 元々ただでさえヴァンダインは口数が少ない。

 更に、久しく会っていないため適当な話題が思いつかず会話が全く続かない。 

 というか、何か話したいことがあって来たのでは?

 それなら話してくれ!なんでもいい、話してくれ!


 そんなカイルの思いは届くことなく、何とも言えない沈黙が続く。


 仕方ない、何か適当な話題をこちらから振るしか。

 しかし、改めて考えるとヴァンダインの興味のありそうな話題って何だ? 


 カイルが苦し紛れに最近自分的に面白かったことベスト3というよく分からない話題を切り出そうとしたその時、救いの主が現れた。

 

 ガンマへの報告を終えたエリスが客間の入り口のドアからヒョッコリ顔を覗かせていた。

 報告前に着替えてきたのだろう。

 辛うじて軍服をデザインのベースにしていると想像される黒い奇妙な服。

 特に大きなフードと丈の短いスカートとがとても場違いな雰囲気を強めている。


 Fenrirは副長以上のみ、魔術行使の強化、能力の補完、ガンマの気まぐれ等様々な観点から、各々が能力を最大限に引き出せる様に、公の場での式典などを除き好きな服装、装備が許されている。

 そして、それは結果としてそのまま危険生物の警戒色の様に周囲に自分が何者であるか伝える効果も持っている。

 エリスも普段どおりこの格好をしていれば、門兵に絡まれることも無かったであろう。


「すみません。お話の邪魔をしてしまいましたか?」


「構わない」


 何をしにきたのだろうか?

 特に最初の挨拶以外言葉を交わすこと無くヴァンダインはさっさと部屋を後にした。


「いやー、助かったよエリス。久しぶりすぎて話が続かなくてさ」


「そうだったんですか?まぁ、何を考えているか分かりづらい方ですから」


「確かにね。でも変わってなくて少し安心したかな。そういえば、エリスの隊服のデザインは結構変わったね」


「変ですか?」


 ニコニコしながらエリスは尋ねる。

 カイルはその様子に妙なプレッシャーを感じ取った。


「とても似合ってるよ」


 いつもの軽いノリでは無く、少し表情筋と声に力を込めて賛辞を送った。

 それに満足したのか、エリスから放たれるプレッシャーが解除されたようだ。


「ありがとうございます。それでは、行きましょうか。カイルさん。ガンマ様がお待ちです」


 カップに残った温くなった珈琲を一気に飲み干し、カイルは静かにエリスの後に続いた。



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~登場人物紹介~

・カイル・ブルーフォード:【なんでも屋 BLITZ】を営む。

              元【Fenrir】第1小隊隊長。


・エリス・フランシスカ:【Fenrir】第2小隊隊長。


・ガンマ・グレイブヤード:【Fenrir】を統括する鬼才。

              科学者も兼ねており、自ら魔術、化学、工業を

              掛け合わせた魔導兵器等数々の発明品を考案。


・ヴァンダイン:ガンマの副官。カイルが抜けた1番小隊の隊長を兼任。

        カイルとは剣の師弟関係。

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