第2章:Drug & Monsters Party
1.イカサマと邂逅 1話
日の光の届かない地下。
立ち込めるタバコの煙と酒の香り、喧騒と欲望と熱気が渦巻く箱の中。
それらを増幅させるかのようにディストーションサウンドとシャウトの絡められた音楽が大音量で垂れ流されており、隣に座っている人の声も聞こえないのではないかと感じる程。
そんな中、部屋の中央テーブルでは、周囲の注目を一心に集めるポーカーの大勝負が行われていた。
「レイズ、50,00zailだ」
ディーラーが静かに宣言する。
ポーカーフェイスだが、その瞳の奥、声色には微かにどことなく勝ちを確信している様子が感じ取れる。
「じゃあこちらもレイズ。80,000zail………。いや、90,000zail」
対するは、くすんだ深紅の細身のレザージャケットに身を包んだどことなく気だるそうな金髪碧眼の青年。
終始不敵な笑みを浮かべている彼の名前はカイル・ブルーフォード。
大国アルフォニアの中央都市モスグルンの外れ、廃棄地区にて「何でも屋 BLITZ」を営むメンバーの一人である。
自信満々の宣言と共に、呑気にこの場に不釣り合いな氷のたっぷり入った薄いアイスコーヒーをストローで啜っているが、既にずいぶんと負けが込んでいる様子。
その余裕は一体どこからくるのか。
「お客様。その様子じゃあ今回はずいぶんといい手が入ってるみたいですね。しかしそういう怖いもの知らずな態度は痛い目をみますよ?レイズ、100,000zail。さぁ、さっさと90,000zail置いていきな。じゃねぇと・・・」
「レイズ、1,000,000zail」
「何冗談を言って、」
「本気さ。怖いなら、逃げてもいいんだよ?」
カイルは見せつけるように足下に雑に置いたバッグのジッパーを勢いよく開いた。
そこには雑に輪ゴムで止められた丸められた札束がぎっしりと詰め込まれている。
ディーラーは思わず生唾を飲み込んだ。
おいおいおい、コイツは最高の鴨じゃねぇか。
先ほどからコイツの手役はヘボばかり、普通にやっても負ける気はしないが......。
「じゃあ100,000zailで勝負でいいね?それじゃあオープン」
カイルに先んじてディーラーは口元に笑みを浮かべながら手札を公開する。
テーブルに並べられたのは、見事にそろっ同じ数字のカード。
フォーカードである。
もちろんこれはイカサマ。
カジノ側も経営がかかっている以上、常識はずれの高額勝負に万が一でも負けるわけにはいかない。
時々出るこうしたおかしな客(ヤツ)への対策を兼ねて、ディーラーは常にさまざまな種を仕込んでいる。
「おー、こんな大勝負で突然フォーカードとは・・・なにやら怪しいねぇ」
ディーラーの手と表情じっと見ながら、カイルはグラスに残ったアイスコーヒーをズズッと飲み干す。
「いやいや、何を仰います。当店は公平・平等の真剣勝負をモットーとしております。今回はたまたま私どもの運がよかっただけのことです」
「そっか、でも申し訳ないね」
「どうしました?まさか払えないと?それならば.....」
ディーラーの背後、周囲を囲む人混み越しに強面の男たち数人の姿が見える。
見るからに柄が悪い、荒事要因といったところであろう。
「いやいや、そうじゃなくてね。大金を頂いちゃって申し訳ないなぁ、って」
二ヤリ。
悪魔のような笑みを浮かべながらカイルがカードを開いてみせた。
その手役は、スペードのA、K、Q、J、10…..。
ロイヤルストレートフラッシュである。
周囲の野次馬からどよめきが上がる。
「なっ、ふざけるなっ!!こんな局面で都合よくそんな手が出るわけがない!」
テーブルを叩き激昂するディーラー。
立ち上がりそのままカイルの首を締め殺さんばかりの剣幕である。
「とんでもない、俺も公平・平等の真剣勝負をモットーとしてるんでね。そちらも同じでしょう?それに周りの人達もあなたの後ろの怖いお兄さん達もずっと俺の動きに注目していましたが、私の動きに何も怪しい点はなかったでしょう?」
周囲を見渡し同意を求めるカイル。
多くの観客達が各々の仕草で同意を示した。
「もしどうしても何か文句があるっていうなら、あの人が聞きますけど」
そう言ってカイルが指差した先にはカウンターで大量の酒を表情一つ変えずに浴びるように飲み続ける一人の男がいた。
「あぁ、何か用か?」
数多の敵意を含んだ視線を向けられ至福の時間を邪魔されたとでもいうように、黒ずくめの大柄の男はディーラーたちを睨み返した。
一瞬だけ放たれた異様な殺気にディーラー達は本能的に唾を飲み込む。
「では、文句も無いようですので俺たちはここらで失礼しますよ。こちらのカジノは公平・平等な真剣勝負がモットーだってことですし、お店側が真剣に勝負しているお客の勝ちに対してイチャモンをつけるなんてことはなでしょうから」
これだけ注目された勝負の後、揉め事を起こすわけにはいかない。
他の客にも「この店は何かイカサマをしているのではないか?」という不安を抱かせてしまう。
小さな動揺はいずれ大きな混乱を引き起こす。
「ええ、もちろん文句なんてありません。アナタの勝ちです」
内心激しい怒りに震えながらも、ポーカーフェイスでディーラーは自らの負けを認めた。
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