10.負けられない戦い

≪前回のあらすじ≫


ラッキースケベは拳の味。


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「シェリルちゃんの服を買いに行こうと思うんですっ!!」

 朝も早くからサクラは元気である。


 時刻は午前8時半前。

 

 みんなでサクラの作った朝食を食べ、サクラはその後片付けを、シェリルはサクラを手伝い、リュウガは定位置で新聞を読みながら食後のコーヒーを啜る。

 

 そしてカイルは床に正座していた。


「シェリルちゃんはまだここに来て間もないじゃないですか。服も高そうなドレスしかないですし。少しずつ外を案内しようにもそんな服をここで着てたらまるで襲ってください、っていってるようなもんです。私の服を貸してあげようと思ったんですが・・・。 」


「お前の服じゃあサイズが合わないだろ。」


 シェリルは昨日の風呂あがりからとりあえずサクラの服を借りていた。

 着れないわけでは無いが、リュウガの指摘どおりサイズがぜんぜんあっていない。

 そう、主に胸の部分が。


「うぅ、そうなんですよ。幸いお金はアドルフさんからある程度いただいているので大丈夫です。」


「サクラちゃん、私のためにそこまでしてくれなくても・・・。」


「なに言ってるの!シェリルちゃん。これは必要な買い物だよ!

 じゃあ、気合い入れてお昼からはシェリルちゃんの服を買いに行きますか!」


「・・・兄さんの意見は聞いてませんけど。」

 サクラはいまだ不機嫌そうである。


「さ、サクラちゃん。カイルさんもわざとじゃないんだから、その、ね。昨日のことはもう許してあげて。私は気にしてないし。」


 救いを求めるようにシェリルは黙々とコーヒーを飲んでいる黒づくめの男の方を見た。

 その視線に気がついたリュウガは一瞬面倒くさそうな顔をしたが、小動物のようなシェリルの視線を少し哀れに思い、雑な助け舟を出した。


「もういいんじゃねぇか、サクラ。もし反省してないようなら俺が後でシメておいてやるよ。」


「そうですか?シェリルちゃんとリューガさんがそこまで言うのなら、許してあげてもいいです。」


「おぉ!!さすが話がわかるねぇ!!」


 言うが早いか、カイルは食器棚からカップを取り出し並々とコーヒーと牛乳を注ぎ始めた。


(こいつは、本当に・・・。)

リュウガとサクラの口から同時にため息が漏れる。

シェリルはそんなブリッツの日常に少し慣れてきたのか、ニコニコ微笑んでいた。


「そのかわり、兄さんは今日一日荷物持ちですよ。」


 それからしばらくたった頃、何でも屋一行は手近な商店街に到着した。


 シェリルにかかるお金は必要経費としてアドルフから渡されているため、「いいお店へ行こう」とサクラは提案したのだがシェリルが固く拒否したのである。


「私には、そんなに高いものは必要ありませんから。」

 という事らしい。


「本当になんてイイコなんだ、シェリルちゃんは。」


「えぇ、兄さんにも少しは見習ってもらいたいです。」


カイルの含みのある言い方に反撃しながらもシェリルの服選びに没頭しているサクラ。


「うーん、これかなぁ?いや、でもこっちの方が・・・・。」

 などと唸ってはシェリルに服を合わせている。


 シェリルもサクラの勢いに少し圧倒されているが、楽しそうに見える。

 常に遠慮がちで謙虚な態度を貫いてはいるがやはり年頃の女の子。

 こういうことは好きなのだろう。

 せっかくだから楽しんでもらいたいところだ。


「そうだ、折角みんないるんだし誰がシェリルちゃんに一番似合う服を探せるか勝負しない?」


「いいですね!もちろん私がシェリルちゃんに一番似合う服を見つける自信があります。」


「よ、よろしいんですか?」

 どうやらシェリルも控えめながらも乗り気な様子だ。

 そうしてみんなが服を探し始めた。


 ・・・ただ1人真っ黒い人を除いて。


「ねぇ、リューガ。こういうの超苦手なのは知ってるんだけど、シェリルちゃんの歓迎も兼ねてるようなもんだし頑張ってよ?」


「知るか、俺はその辺適当にうろついてるから気にせず勝手にやってろ。」


「リュウガさん、せっかくなんですからー。」


「悪いな、サクラ。」

 案の定、取り付く島もない反応にサクラが食い下がるが、微塵も応じる気配が無い。

 この男、そんなに服選びが嫌なのか。


 そのままひらひらと後ろ手を振りながら店を出て行こうとするリュウガの背中に挑戦状を叩きつける者がいた。


「ふーん、逃げるんだ?まぁ、俺には勝てないもんね。」


「・・・・・・・・・・・・・・・・何ぃ?」


「自信ないんでしょ。リューガってセンスないもんねぇ?いっつも真っ黒だし。」


 不敵な笑みを浮かべあからさまに挑発をするカイル。

 対するリュウガは、人一人くらいなら殺せそうな眼光を放っている。


「ふざけるなよ。頭沸いてるお前よりはマシだ。」

 

「へー、じゃあさ、俺よりシェリルちゃんに似合う服を選んであげられるんだよね?」


「当たり前だ。後で吠え面かかせてやる。」

 そう吐き捨てるとリュウガは踵を返し1人で店の奥へとズンズン歩いていってしまった。


「ふぅ、相変わらず負けず嫌いで単純なんだから。」


「・・え?今の喧嘩、ワザとなんですか?」

 こういった空気に不慣れなシェリルは驚いて尋ねる。


「まーね、せっかくの機会なんだからみんなに選んでもらった方が楽しいでしょ?でも、結局おれが一番センスあることに変わりはないんだけどね!」


「私も負けません!絶対一番シェリルちゃんに似合う服を探してみせます!」


 こうして嬉しさと気恥ずかしさ、そして申し訳なさの混じった複雑な表情のシェリルを前に、「第1回、だれが一番シェリルに似合う服を見つけられるか(誰が一番センスがいいか)決定戦」が開催されることになった。


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 それから30分程後、ブリッツの面々は、それぞれ思い思いの服を手にして再びシェリルのもとへと集まっていた。


「じゃあまずは俺の選んだ服から試着してもらおうかな」

 

 カイルが選んだのはまさに人形が着ている様なこれでもかというぐらいフリフリのたくさんついたピンクでスイーツの盛り合わせのような服であった。


「いやぁー、やっぱり女の子はこういうかわいい服が一番だよねー。たまらないよねー。」


「・・・なんかだいたい予想できてましたが、兄さんの趣味全開ですね。正直どうかと思います。」

 

「お前はそう遠くないうちに捕まると思う。」

 

 全力フルスイングな少女趣味全開のチョイスにサクラとリュウガは引いている。


 しかし、当のシェリル本人は、天然なのか貴族の感性なのか、

 「わぁ、かわいいですね。」とけっこう気に入っている様子である。


「シェリルちゃん、確かにかわいいんだけどね。いや、すごく似合うとは思うんだけど、ほんとかわいいんだけどね。その服は今日はやめとこう?」


「え?どうしてですか?」

 

「・・似合うか似合わないかで言うと悪くねぇんだろうが、ちょっとソレはな。」

 

「??そう、なんですか?」

 いまいちよく分からいないといったシェリルを横目に「(さすがにその歳でそれは恥ずかしいだろ)」と二人の心の中で見事にツッコミがシンクロしていた。


「じゃあ次は私ですね!!はいっ!どうでしょう?」 

 サクラが選んだのは今女性の間で流行っているとかいう、穏やかな色の薄手のカーディガンとデニムの組み合わせだ。


「えーーー、なんだよぉ、普通じゃん。全然面白くないよ!!」


「いやいや、何言ってるんですか兄さん!かわいいじゃないですか。ちゃんと流行には乗らないと。それに面白さなんてまったく求めてませんから!」


 カイルはぶーぶー不満を漏らしているが、サクラの選んだ服はマトモである。

 流行も取り入れているし、さすがは年の近いおしゃれに気を遣う女子といったところか。


「すごいですねー!ズボンなんて初めて履きました。思っていたより動きやすいんですね。」 

 サクラの選んだ服は、ご令嬢のシェリルには新鮮なスタイルであり中々好感触なようだ。


「はーい、じゃあ最後はリューガね。俺期待してるからね!」

 

「いったいどんな服を選んだんですか?すごく気になります!」

 

 普段ファッションにあまり気を遣わないリュウガだけにブルーフォード兄妹の関心は高い。


「あー、なんだ。・・・やっぱりやめにしねぇか?」

 

「何言ってるんですかリューガさん!!こういうときこそ秘めたセンスを見せるときですよ!!」

 

「そうだよ!あれだけ大見得切って、自分からトリなんていうオチのポジション確保しといて今更やめるとかあり得ないね!」


「お前ら、絶対馬鹿にしてるだろ?」


 分かりやすくイラついているリューガだが、いつもとは少し違いその反応にはやや気恥ずしさが混ざっているようにも見える。

 分かりやすく煽り続けるカイルと着実にイラつきをチャージしてゆくリュウガの様子におずおずとシェリルが口を開いた。


「リューガさん・・・・その、私も見せていただきたいです。」


「・・あぁ!?」

 

「うぅ、ぁ、・・・・・ごめんなさい!!」

 

「いや、すまん。今、なんて?」

 

「えっと、ただ、リューガさんはどんな服を選んでくださったのかなぁ、って気になってしまって。その・・・嫌がっていらっしゃるのにわがままを言ってすいません。」


「いや、悪い。そのなんだ、俺なりにちゃんと選んだつもりなんだが。・・・・・・気に入らなかったら遠慮なく言ってくれ。」


 さっきまでの様子とは打って変わり、リュウガは急に大人しくなった。

 珍しく歯切れが悪い。

 流石のリュウガも悪意のない女子供には弱いようだ。

 

 そんなあまりにも普段の様子とかけ離れた様子を目の当たりにしたカイルとサクラはまるでこの世界の終わりが来るんじゃないかといった表情をしているが。


「あっれー、貴方あのリューガさんですよね?双子の弟さんとかじゃないよね?」

 

「信じられません、リュウガさんが優しく下手に出てますよ。槍どころじゃなく隕石が降って来そうです。」

 そんな失礼なことをひそひそ呟いている兄妹を刺すような視線で睨みながら、リュウガはしぶしぶ己の選んだ服を差し出した。


 「こ、これは!?」


 一瞬時が止まったように感じた。

 リュウガの差し出した服を見てブルーフォード兄妹は完全に固まってしまっている。

 その顔にはいずれも驚愕の表情が浮かんでいる。


 「なんだ・・・?やっぱり変だったか?」


 珍しく諦めと焦りの入り混じったような声色である。


 「あー、なんだ、悪気は一切ねぇんだ。これでも真剣に選んだつもり・・・」


 「??いえ、その、私は特に変だなんて思ってないです。」


 リュウガの選んだ服を身に着け試着室から出てきて、不思議な顔をしているシェリルを横目にカイルとサクラがくってかかった。


 「何なんですかこれはっ!!黒くない!兄さんみたいに自分の欲望と趣味丸出しでもない!!むしろいい感じじゃないですか!」


 「なんだよ!!リューガは絶対俺の期待を裏切らないと信じてたのにぃいいい!!」


 リュウガの選んだ服は、白の控えめなフリルがついた7部袖のインナーにさわやかな水色の薄手のカーディガン、穏やかな色のティアードスカートを組み合わせた見ていてもまとまりと落ち着きを感じさせるようなチョイスであった。

 

 「リューガさん……最近どこかお体の具合が悪いとかはありませんか?」

 

 「そうそう、体調が悪いなら無理しないで病院にいった方がいいよ。もちろん希望があれば精神病院でもいいよ?この際、お金の心配はしなくていいからさ。」


 「お前ら・・・・ブッコロス。」


 「お、落ち着いてください皆さん。」


 ただ馬鹿にしているだけでなく半分真剣に心配しているカイルとサクラに対し、ジリジリと怒りのオーラを放つリュウガ、それをなだめようとするシェリルといういつもの光景がそこにはあった。


 そんな服屋で大騒ぎをしているブリッツ面々に不意に声をかけるものがあった


 「あらあら、こんなところで大騒ぎしてるのはいったい誰かと思ったらあなたたちとはねぇ。」

 

 「あれ?フレイさん。こんなとこで何してるんです?」


 「やあねぇ、カイルちゃんたら。ここは服屋なんだから服を買いに来たに決まってるじゃない。コントをしに服屋に来るのはあなたたちくらいだと思うけど?」


 苦笑しながら冗談ぽく答えるフレイの服装は、くるぶしの見えるタイトなパンツ、胸元の空いた黒のインナーに白いシャツを合わせた大人びて涼しげなものである。

 前にストランドであったときの大胆なドレスを着ていたときとまったく別人の様に印象が異なる。


 「す、凄い量の服ですね。」

 

 サクラとシェリルの視線は、フレイの両手一杯の大きな紙袋に釘付けである。


 「ふふ、服装で外見を変えるのも仕事のひとつなのよ。情報屋はその場その場に溶け込んで、どのような人物とも打ち解けなくちゃいけないから。どんな状況にも対応できるように、色々な種類の服を用意しておかなくちゃいけないのよ。もちろんそれはメイクや話し方、香水、仕草なんかにも当てはまるわね。そうじゃなきゃ誰も私のいうことなんて信用しないし私に重要な情報を流したりはしてくれないのよ。」

 

 フレイは目を輝かせている女子二人ににこやかに語る。


 「そんなに信用が必要な仕事してる割には俺らに回す仕事はロクでもないのばかりじゃねぇか。」

 リュウガがあえて空気を読まず口を挟む。

 どうもいつもの調子を取り戻した様だ。

 

 「えぇー?そうだっけ?多分気のせいよ。もしもたまたま危険な仕事ばかりだったとしたらそれは貴方たちの腕を信頼してるからよ。」


 まったく悪ぶれる様子もなく、無邪気な少女のように笑うフレイにやれやれとリュウガは諦めのため息をついた。


 「それで、サクラちゃんとそちらの可愛い子はともかく、二人はどうしてこんな似合わないところにいるの?」


 「実はこの娘、シェリルちゃんっていうんですけど。しばらくウチに滞在することになったんで着替えを買いにきたんですよ。」


 「へぇ、そうなんだ。はじめましてシェリルちゃん、フレイよ。」


 興味津々と言った様子のフレイにシェリルは少しモジモジとしている。

 人見知りな彼女はまだ初対面の人と話すことに慣れていないようだ。


 「あ、あの、シェリルといいます。よろしくお願いします。」


 やや緊張して動きのぎこちないシェリルにフレイはいきなり

 「なにこの娘!!かっわいいー!!」と抱きついた。


 「へぇ、こんなにかわいい娘がブリッツにねぇ。あぁ、いいわー。なんだかずっとこうしていられそう。」


 「まぁまぁ、フレイさん。シェリルちゃんを気に入ってくれたのはよくわかったからそろそろ離してあげてくれないかな?シェリルちゃんさっきからすごい助けを求めてるから。」


 シェリルはいきなり知らない人に抱きつかれてどうしたらいいのかわからないとさっきからずっと目をキョロキョロさせている。


 「あら、ごめんねぇ。あなたがかわいすぎたからつい、ね。」

 

 そういって軽くウィンクしてみせる。

 とても親しげなフレイの様子にシェリルも警戒を解いたのか「いえいえ」と笑顔をみせた。


 「それで、シェリルちゃんの服を買いにきてたんだったわね。そうねぇー、今着てるのも悪くないんだけどこんなのはどうかしら?」


 そういうと三分もたたないうちにフレイは、フレアシルエットの花柄のスカートに淡いカラーのニットを組み合わせたものを持ってきた。


 「やっぱりフレイさんはさすがですね。ちょぴり大人可愛くて一番似合ってる気がします。」

 サクラが感心して頷いた。


 「確かに、フレイさんの選んだやつが一番あってるかな。」


 「チッ、最初からフレイに任せときゃよかったんじゃねえか。」


 「そう?評判がいいみたいでよかったわ。シェリルちゃんは気に入ってくれたかしら?」


 「はい、ありがとうございます!」


 「いーえー、かわいい子が喜んでくれるならオネーさん何だってしちゃうわよ!」

 そういうとフレイはまたシェリルに抱きついた。

 こうしてじゃれていると少し年の離れた姉妹のようにも見える。


 「そうだ!サクラちゃんの服も選んであげるわよー!代わりに私の服を選ぶのも手伝ってくれない?」


 「本当ですか!ぜひお願いします。シェリルちゃんもいい?」


 「うん!」


 「本当?じゃあ早速行きましょうか!」


 「お二人さん、これよろしくね。」

 そういってフレイは両手いっぱいの紙袋をカイルとリュウガに預け(押しつけ)サクラとシェリルを引き連れて颯爽と去っていった。


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~登場人物紹介~


・カイル・ブルーフォード:「なんでも屋 BLITZ」を営む。

              危険なセンスの持ち主。


・リュウガ・ナギリ(百鬼 龍牙):「なんでも屋 BLITZ」のメンバー。

                  黒づくめ。


・サクラ・ブルーフォード:「なんでも屋 BLITZ」のお財布管理係。

              実はお買い物好き。


・シェリル・ミシュラン:ミシュラン家ご令嬢。

            生まれて初めて履いたズボンに感動。


・フレイ:「ストランド」の有名双子の姉。仲介業を営む。おしゃれ。

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