6話 【???】視点 不思議な少年

 時は少しだけ遡る。

 ライルがルーシーの死体を目の当たりにし、竜化スキルを覚醒させた頃だ。


 ライルやガルドの様子を、少し離れた上空から見る目があった。


「ふむ。強大な力を感じて来てみれば……。見覚えのない竜族じゃな。竜王である余に匹敵する力を持つ者であれば、余が知らぬはずがないのじゃが……」


 1匹の竜がそうつぶやく。

 この者こそ、竜族を束ねる竜王リリアであった。


「何やら凄まじい怒気を感じるの。……ふむ。状況から察するに、あの竜は村の人族と親しくしておったのか? 時おりそういった物好きな竜族もいるの。しかしそこに、あの相手が乗り込んできて村人どもを皆殺しにしたといったところか」


 リリアがそう推察する。

 まるで最初から見ていたかのような推察力だ。

 伊達に竜王は名乗っていない。

 戦闘能力だけでなく、頭脳も優れているのだ。


 彼女がそんなことを考えているうちにも、戦闘は行われている。

 いや、戦闘と表現するのは正確ではない。

 これは蹂躙だ。

 人族が束になってかかろうとも、竜族に敵うはずもない。


「「「揺蕩う炎の精霊よ。契約によりて我が指示に従え。火の弾丸を生み出し、我が眼前の敵を滅せよ。ファイアーバレット!!!」」」


 人族側が力を合わせて火魔法を発動させる。

 無数のファイアーバレットが竜を襲う。


 しかし、もちろん竜は無傷だ。

 あの程度の火力では、竜族にダメージを負わせることなどできはしない。


 下級の竜族であれば、多少の痛み程度は与えられた可能性はある。

 しかし、あの場にいる竜は、竜王であるリリアと同等程度の力を持つ。

 あの10倍の火力であっても、大したダメージを受けないだろう。


「ドラゴ・ブレス!!!」


 竜がお返しとばかりに口から炎を放出する。


「むっ!? かなりの火力じゃな……。余でも、あれほどの火力を出せるかどうか。制御がイマイチなのがもったいないの」


 リリアの言う通り、ライルの火力は高出力だが、制御はお粗末だ。

 先ほど初めて竜化を成功させたばかりなので、仕方がない面もあるが。

 制御が甘く火力に若干のムラがあったこともあり、1人は奇跡的に生き残っているようだ。

 竜はその生き残りの1人を掴んで空高く飛び立つ。


「ふむ……。飛行速度もなかなかじゃの」


 リリアがそうつぶやく。

 そして、竜が勢いよく急降下して人間を地面に叩きつける。


「ドラゴ・メテオ!!!」


 地面に大きな窪みができる。

 さらにーー。


「ドラゴ・ブレス!!!」


 とどめの一撃。

 ついに、最後の1人だった人間も死んだようだ。

 周囲に人の気配はなくなった。


「ルーシー……。ダストン、ツルギ、ヤエ。そしてみんな。敵は討ったぞ。見ていてくれたか……」


 竜が何やらつぶやく。

 そしてーー。


「むっ!? 竜から人に変化した? 余と同じ、【人化】スキルの持ち主か? いや、あれは……」


 先ほどまで暴れまわっていた竜は、少年に変化した。

 リリアが興味深そうに少年を観察する。

 少年は、何やら死者の供養をしているようだ。


「あの様子からして、人が本来の姿と見て間違いなさそうじゃ。伝承にある、【竜化】スキル持ちの人間の可能性があるの」


 リリアが気配を殺して、地面に降り立つ。

 彼女が所有する【人化】のスキルを使用し、人に変化する。

 彼女の姿は、20代の妖艶な美女に変わった。

 そのまま、物陰から少年の様子を見守る。


「あ、あれ?」


 不意に、少年がふらついた。

 リリアはすかさず物陰から飛び出して、少年を支えた。


「極度の疲労か。竜化スキルを使いこなせていないようじゃの」


 リリアが少年の顔を覗き込み、そうつぶやく。

 少年は既に意識を失っている。


「伝承が本当なら、余の伴侶とすべき男じゃ。伝承なんぞに従うのは癪じゃったが……。なかなか可愛い顔をしておるではないか。それに、同胞をしっかりと弔う優しさも持っておる。余が鍛えてやれば、魅力的な男に成長するやもしれんの」


 リリアは竜王である。

 個人の幸せだけでなく、種族全体の安寧と幸福を追求する立場にある。


 しかしそうは言っても、人並み……いや、竜並みに恋をしてみたい気持ちもあるのだ。

 そんなことを考えながら、リリアは人化状態を解除し、竜に戻る。

 少年を優しく抱きかかえ、空に飛び立つ。


「ふふ。将来の夫となるかもしれん男に、1つのプレゼントを用意してやるかの。まあ、最終的に成功するかはこやつのがんばり次第じゃが……」


 リリアが先ほどまでいた地点を見ながらそうつぶやく。

 彼女が魔力を高めていく。


「揺蕩う氷の精霊よ。竜王リリアの名において命ずる。絶対なる冷気によりて、彼の地の時を止めよ。アブソルート・ゼロ」


 ピキン!

 大地が極寒の冷気に包まれる。

 リリアと少年が先ほどまで立っていた場所は、凍り付いた。

 まるで全ての時が止まったかのようである。


「とりあえずは、これでよし。では、余の城に連れていくことにするかの。目を覚ましたら、どのような反応をするじゃろうか。人化状態での余の美貌は、それなりのものだと自負しておるが……。今一度、見直しておくとしようかの」


 リリアはそんなことをつぶやきつつ、今度こそ飛び立っていった。

 少年の未来、リリアの未来、この地の未来、そしてブリケード王国の未来。

 それらを知る者は、まだだれもいない。

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