4話 絶望

 さらに1週間ほどが経過した。

 俺は日課となっている狩りを終えたところだ。

 リトルボアは見つけられなかったが、小型の兎や鳥などは仕留めることができた。


「ふふ。村のみんな、また喜んでくれるだろうな。それに、ルーシーも」


 俺は上機嫌で村に向かう。

 …………?

 村の方面に、何か違和感を覚えた。

 俺は急いで村へ向かう。


「村が燃えている!?」


 火の不始末か何かか?

 俺は村の中に入る。

 まだ完全には燃え広がっていないようだ。

 逃げ遅れた人がいたとしても、まだ間に合う。


「ルーシー! ダストン! ツルギ! みんな、どこにいる!?」


 俺を快くこの村に迎えてくれた、幼なじみの少女ルーシー。

 俺を除けば村一番の戦闘能力を持つ青年ダストン。

 剣の稽古に励んでいる少年ツルギ。


 その他にも、ルーシーの両親や村長、そして俺がヤエと名付けた赤ん坊のいる一家もこの村には住んでいる。

 みんな、大切な俺の仲間だ。

 俺は火事の中、必死にみんなの姿を探す。


 そして、あるものを見つけた。

 信じがたい、いや、信じたくない光景が目の前に広がる。


「ダストン……。ツルギ……」


 彼らが変わり果てた姿で村の中央に転がっていた。

 体中におびただしいキズが付いている。

 これは、魔物による襲撃などではない。

 人為的なものだ。


『ライルの小僧はこの村の一員だ! ずっと居てくれてもいいんだぜ?』


『ライルの兄貴! 俺にも剣を教えてくだせえ!』



 2人のかつての言葉が鮮明に蘇る。

 ダストンは気さくに俺を受け入れてくれた。

 ツルギはこんな俺に憧れてくれて、いっしょに剣の鍛錬をしていた。


 さらに、彼らの隣にはーー。


「ヤエ……」


 先日生まれたばかりの赤ん坊が、無残にも剣で腹を貫かれ打ち捨てられていた。

 その隣には、赤ん坊の両親が息絶えている。


『うふふ。生まれたばかりのこの子も、ライル様みたいに強くたくましく、そして優しく育ってほしいですわ』


『ヤエ。お前の名前はヤエだぞ。ライル様が名付けてくださった大切な名前だ。立派に成長するんだぞ』


『あうあう……。おぎゃあ』


 夫婦の嬉しそうな表情、そしてヤエの元気な声が鮮明に思い出される。

 なぜ。

 何が起こった!?


 俺は呆然と立ち尽くす。

 そしてーー。


「はっはっは! やっぱりライルはここにいたか。無能が行く先なんて、俺にはお見通しだぜ」


 村の奥から、10人以上の兵士たちが歩いてきた。

 その先頭には、よく知った顔がある。


「ガルド……! まさか、これはお前が!?」


「その通りだぜ、無能のライル。一度は見逃したが、追跡しないとは言っていないからな。王家の恥晒しを抹殺するために、わざわざこの俺がここまで来てやったというわけだ」


 ガルドがそう言う。


「なぜ、なぜこんなことを! 俺が目障りなら、俺1人を殺せばよかったはずだ!」


「はっ! 何を熱くなってんだよ。こんなもん、遊びだよ遊び。平民ごときをぶち殺したところで、いくらでも代わりはいる」


「き、貴様ぁ!」


 平民を人とは思わない王族や貴族も、確かに一定数は存在する。

 しかし。ガルドは外面はいい。

 まさか、ここまで無法を働くようなやつだったとは。


「……ああ、そうそう。この娘は、ずっとお前の名前を叫んでいたぜ。あっちの具合もキツめで楽しめた。平民としては及第点だ。所詮は使い捨てだがな」


 ガルドがそう言って、1人の少女を前に押し出す。

 いや、正確に言えば”少女だったもの”だ。


「ル、ルーシー……」


 ルーシーが変わり果てた姿でそこに居た。

 服は乱暴に破かれ。

 顔は殴られたのか、腫れている。

 そして、全身に男たちの汚い液体がぶちまけられている。


『苦労したんだな。この村でゆっくりしてくれよ』


『すげえな! リトルボアをあっさりと……。さすがはライル様』


『ずっとこの村に居てくれてもいいんだぜ? ライル様』


 彼女との暖かい思い出が走馬灯のように流れていく。


「お? 今までで一番いい表情をしてるじゃねえか。その顔をずっと見たかったような気がするぜ」


 ガルドが下卑た表情でそう言う。


「ガルド……! 実の弟であるお前とは敵対したくなかったが、ここまでされては絶対に許さない!」


「はっ! 許さねえと何だっていうんだ? トカゲ化のスキルを使って、また逃亡するか? 逃げ足だけはいっちょ前だからな。だが、俺はまた追跡してお前の居場所を奪ってやるぜ」


 ガルドが目を濁らせながらそう言う。

 こいつにここまでの恨みを買うことをした覚えはない。

 しかし今となっては、理由などどうでもいい。


 こいつは、俺の大切な居場所を奪った。

 ルーシー、ダストン、ツルギ、ヤエ。

 ルーシーの両親、村長、ヤエの両親。

 それに、他のみんなも。

 彼らを殺された恨みは、俺が晴らす。


 俺は頬に伝わる涙を感じながら、竜化スキルを発動する。


「竜化スキルよ! 今度こそ応えてくれ! はああ……!」


 ゴゴゴゴゴ!

 俺からあふれる闘気と魔力を受けて、周囲が揺れ始める。


「はっ! どうせ、いつもの見かけ倒しだろ」


 ガルドはこちらを侮った目で見ている。


「ぬああ! ぬあああぁー!」


 ゴゴゴゴゴ!

 ゴゴゴゴゴゴゴ!

 周囲にさらなる振動が伝わる。

 俺の周りに、砂ぼこりが巻き起こる。

 そして、その砂ぼこりが収まり始めた。


「なっ!? こ、これは……? まさか、本当に竜になったとでも言うのか?」


 ガルドが恐怖を感じた目でこちらを見る。

 俺は自身の様子を確認する。

 いつもよりも、視線が高い。

 それに、自身から立ち上る闘気や魔力が力強く感じる。

 手足も、立派なものが付いている。


「ついに竜化スキルが覚醒したようだ……。できれば、こんな事態になる前に覚醒したかったがな」


 俺はそうつぶやく。

 父上から追放を宣言される前に覚醒しておけば、理想的だった。

 今まで通り、平和な日々を過ごしていただろう。


 追放を宣言されたあの場での覚醒でも、遅くはなかった。

 もしくは、この村で平和に暮らしている日々の中で覚醒していれば、何か別の結末もあったかもしれない。


 でも、全てはもう遅いのだ。

 ルーシー、それに他のみんなは、死んだ。

 もう戻ってくることはない。


「うああ……」


「ひいい……」


 ガルドのお付きの兵士たちが、俺の姿を見て怯えている。

 単純に竜が恐いということに加えて、俺から漏れる怒気にもあてられているのだろう。


「ひ、怯むんじゃねえ! どうせ見かけ倒しだ! 相手はあの無能のライルだぞ!」


 ガルドが兵士たちをそう鼓舞する。


「ルーシー、それにみんな。せめてもの手向けだ。敵を盛大に葬る。あの世から見ていてくれ」


 俺はガルドたちに対峙する。

 竜化スキルを実戦で使いこなしたことはないが、今の俺ならばガルドを含めたこの一団を容易く蹴散らせるはず。

 その確信を胸に、戦闘……いや、一方的な蹂躙を開始した。

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