【書籍試し読み版】銭(インチキ)の力で、戦国の世を駆け抜ける。 1

Y.A/MFブックス

プロローグ 零細運輸会社足利(あしかが)運輸 

「みっちゃん、暇だね」

「その油断が、宇宙海賊出現時の対処を遅らせることになる」

「あははっ、みっちゃんは真面目だなぁ」

「いやいや、この『カナガワ』を購入してまだ十ヵ月ほど。ローンが二十年以上も残っているんだぞ。宇宙海賊に奪われたり壊されでもしたら、俺たちは破産だからな!」


 時は、はるか未来。

 幾度かの世界大戦の後、地球環境の悪化、資源の枯渇という大きな問題に直面した人類が宇宙に進出してから数千年。

 とある宙域を、一隻の小型宇宙船が航行している。

 小型とはいっても全長一キロ以上もあるが、外宇宙航行用の輸送船なのでこれでも小さい方である。

 この船は、一組の若い夫婦と、その夫の弟の三人だけで運用していた。

「副社長もあしかが運輸の経営状態ぐらいは把握していますよ。いくら稼いでも、ほとんど宇宙船のローンに消えることくらい」

「そして、可愛かわいげのないキヨマロか……」

「社長、アンドロイドに可愛げを求めてはいけません」

 そう答えたのは、カナガワ同様ローンの対象であるアンドロイド、キヨマロ。

 『マークA1253、ネクストミツビシ社製宇宙歴四七八九年バージョン』通称キヨマロと呼ばれ、基本的には万能タイプであるが、宇宙船の修理、保守、警備などを得意とする。

 見た目はイケメンの若い日系人で、細身の身体に執事のようなスーツを着込んでいる。

 開発者が女性だったそうで、彼女の趣味が出ていると業界ではうわさされていた。

「私の分も合わせて、ローンはあと二十二年と七ヵ月残っていますね」

「お前は高いからな……」

「最新機種ですから。それに見合う活躍をしていますし」

「それは認めるよ」

 なぜか得意気になるアンドロイドのキヨマロ。しかしそうなる根拠はあるので、持ち主であるみつてるもそれは認めていた。

「まあまあ。みっちゃんだけだと、カナガワの維持・運用は大変でしょう?」

「副社長のおっしゃるとおりですよ、社長。時間は有効に活用しませんと。そのためのアンドロイドです」

「……キヨマロの有用性は認めるが、お前、たまにムカツク」

「できるアンドロイドとは、こんなものです」

「言ってろ」

「言ってます」

「……」

 人類が銀河系の半分以上の領域にまで進出した現在、民、官、軍で多くの宇宙船が様々な用途で運用されているが、基本的に宇宙船の船員は不足している。

 民間人は、旅行、引っ越し、転勤でしか宇宙に出ない。

 軍人は、他国との紛争や、支配下にある惑星が起こした反乱の鎮圧、宇宙海賊の退治などで。

 官は、安全保障政策上、国営の運輸会社を運用している国が多かった。

 それでも輸送量は不足気味なので、民間の大手運輸会社にとどまらず、彼らのような零細運輸会社をも多数起用している。

 だが、それでもなかなか船腹量の不足は補えない。

 なぜなら、宇宙船の船員はあまり人気がないからだ。つまり運輸会社の絶対数が少ないのだ。

 原因は単純明快。起業して運輸会社の社長になっても、宇宙海賊に殺されたり、荷や船を奪われて破産する者が多いからだ。

 軍が宇宙海賊の摘発と退治を積極的に行ってはいるが、数が多すぎておおむね対処が遅れる。

 そのため、宇宙での仕事に限っていえば、給料は平均的だが安全で安定してる惑星上や宇宙コロニー内での仕事に希望者が殺到してしまうのだ。

 もっとも、そんな比較的安全な仕事であっても、人員はほんのり不足気味であったが。

「一年前に終わった『まつなが騒動』で危険な橋を渡って得た稼ぎを頭金にしているんだ。ようやく手にしたカナガワを、奪われたり沈められたりするわけにはいかない」

 彼は足利光輝、現在二十歳。みっちゃんと呼ばれている男だ。

 この小型宇宙輸送船『カナガワ』を所有するオーナー兼、零細運輸会社『足利運輸』の社長兼、カナガワの修理と保守、営業担当であった。

「みっちゃんの船は、妻である私の船でもあるからね。子供も欲しいからミルク代も稼がないと」

 彼女は足利今日きょう。光輝の妻である。

 一歳だけだが姉さん女房であり、副社長と、保安部長の職も兼任している。

 実は彼女、元軍人で、退役時には若くして少佐の地位にあった。

 専門は、対海賊・テロ担当の特殊戦闘であったが、通常の部隊指揮も執ったことがあり、軍医の資格も持っているスーパーエリートである。

 経歴、身体能力ともに、光輝よりも遥かに優れた女性なのだ。

「兄貴、さん。計算が終わったよ」

「どうだ? きよてる

「先週のは、結構しい仕事だったね。ローンも一ヵ月分前倒しで返せるかも」

「やったね、キヨちゃん」

 ここでようやく、三人目の人物が姿を見せた。

 彼の名は足利清輝、光輝の弟である。

 現在十九歳、足利運輸の常務兼、経理、人事、総務などの事務方を一手に引き受けている。

「軍関連の仕事は、やっぱり美味しいな」

「兄貴と義姉さんが、四年間苦労したがあったね」

 光輝と今日子の結婚に、足利運輸の設立、そして清輝の入社までには様々な出来事があった。

 足利兄弟は、日系人惑星群国家であるアキツシマ連邦の出身である。

 普通のサラリーマン共稼ぎ夫婦の間に生まれたが、二人がまだ幼い頃に両親が事故で亡くなってから人生が変わる。

 葬式後に悪どい親戚たちが押し寄せ、残された遺産をすべて奪っていってしまったのだ。

 仕方なく、二人は兄弟で孤児院に入ることになった。

 孤児院での生活はそう悪くはなかったが、十五歳で義務教育が終わると独り立ちをしないといけなかった。

 高等教育を受けるにもお金がいる。

 悩んだ末に、二人は国営の宇宙船員養成学校に入学した。

 この学校は授業料が無料で、そのうえ多くの資格が取れ、アルバイトで宇宙船に乗り込むこともできる。

 教育カリキュラムも多彩であり、将来の就職先も安定している。

 大半を宇宙で過ごす宇宙船の船員は人気がない職業であったが、親が亡くなり、親戚たちには恨みしかない足利兄弟には最適な仕事であった。

 兄弟はそのまま国営の運輸会社に入るつもりであったが、四年前に人生の転機を迎える。

 アキツシマ連邦に所属する惑星国家『マツナガ』が、連邦に対し公然と反旗を翻したのだ。

 首相の松永ひでひろは、惑星マツナガへの入植を行った一族のまつえいで、自分たちはアキツシマ連邦から独立すると宣言した。

 ただし、その後ろにはアキツシマ連邦最大の仮想敵国である中華連邦の影があり、彼らは惑星マツナガの独立を支援するために宇宙艦隊を派遣しようとした。

 当然、アキツシマ連邦も艦隊を派遣して紛争状態となる。

 これはもはや戦争であったが、一応両国は不戦条約を結んでいるので紛争と強引に呼んでいるだけだ。

 こうして紛争……実質戦争が始まったわけだが、いくつか困った問題が発生する。

 第一に、船腹量の不足。

 戦争とは大量の物資の浪費である。

 中華連邦の軍艦が惑星マツナガ付近にいるので、その周辺惑星の流通をさせないように軍が輸送船団を護衛する必要があった。

 正規艦隊や陸軍や空軍の派遣もある。

 当然のごとく、船腹量が決定的に不足する。

 第二に、惑星マツナガ付近に軍が集中するため、他の宙域の宇宙海賊が活性化して被害が増えてしまう。

 そこで臨時に、『戦時一船船長制度』が創設された。

 希望者には政府が中古輸送船に武装を強化したものを貸し、雇われ船長が危険宙域を通って物資を輸送、危険手当込みの報酬をもらうというものだ。

 光輝は在学中にもかかわらずこれに応募し、一人で中古の小型宇宙船を操り大金を稼いだ。

 その期間は三年。船員学校卒業までの単位を通信講義で補いながらであった。

 何度か危険な目にも遭ったが、こうして小さいながらも会社を設立し、新型小型宇宙船のローンが組めるくらいには稼げた。

 妻である今日子とも出会い、一緒に仲良く仕事ができているのだから幸せではあるのだと光輝は思っている。

「私を助けてくれた時のみっちゃんは格好よかったわよ」

「兄貴にそんな勇気があるとは知らなかったね。僕は」

「二人とも、その話はいいじゃないか」

 夫婦のめは、たまたま光輝が輸送船を運行中に、中華連邦軍が放った通商船破壊用の高速艦隊の襲撃を受けて沈みかけている駆逐艦を発見。

 任地に向かうために乗り込んでいた今日子が負傷をして動けない状態だったのを、救助活動を手伝った光輝が偶然発見しただけのことだ。

 実は、光輝に救助を行う義務はなかった。

 だが船員は、水の上だけを船が走っていた時代から、同業者が困っていたら助けるのが決まりとされている。

 学校でそう習った光輝が船員の仁義に従って救助活動を行い、それで救われた今日子が光輝に一目れしてしまったというわけだ。

 光輝の容姿は普通よりも少し上くらいで、そこまで女性にモテるというわけでもない。

 もう一方の今日子はスタイルも抜群で、誰もが振り返るほどの美人だ。

 光輝からすれば『どうして惚れられたのだろうか?』と疑問に思ってしまうのだが、実は彼女も孤児で、無料で学べるからと士官学校に通っていた人間であった。

 この時代の軍の学校は、不祥事を避けるために男女別で学ぶようになっている。

 そのせいで今日子は男性に免疫がなく、り橋効果で光輝に惚れてしまったわけだ。

 ただ最初はそんな出会いの二人にも、運命の女神がほほ笑んでくれたらしい。

 お互いに任務が忙しいはずなのに、数ヵ月に一度は食事や買い物に行く機会が運よく発生した。

 話してみると互いに孤児同士なので気も合い、光輝も今日子に言い寄られてうれしかったのでデートを重ねていった。

 開戦から三年後、介入した中華連邦軍艦隊の壊滅と、首謀者である松永首相が首相官邸で爆弾を爆発させて自爆死したことにより、松永騒動はアキツシマ連邦の勝利で終結した。

 惑星マツナガの分離をもくんだ中華連邦軍宇宙艦隊は、紛争前の規模に戻すのに十年はかかるという大損害を受け、秘密講和交渉で多額の賠償を支払う羽目になった。

 アキツシマ連邦も大きな損害を受けたが、中華連邦よりはマシであろう。

 こうして紛争という名の戦争は終わり、光輝の『戦時一船船長制度』を利用した雇われ船長生活も終わる。

 以前は国営の運輸会社に入社しようと思っていたのだが、どうせやるのなら一国一城のあるじを目指そうと、命がけで稼いだお金で足利運輸を設立。

 軍を退役した今日子も貯金と退職金から資本金を出し押しかけ女房となり、そこに宇宙船員養成学校卒業後に国営の運輸会社に就職していた弟清輝も合流し、今に至るというわけだ。

 人間の従業員三名、アンドロイド一名、作業用の各種ロボット数百体、本社事務所もある新造小型宇宙輸送船カナガワ一隻。

 典型的な零細運輸会社が、足利運輸というわけだ。

「この仕事が終わったら二人でハネムーンなんてどう? まだ行ってないじゃない」

「思わないでもないけど、俺たちってさ……」

「常に移動しているものね」

 観光地などは回らないが、行ったことがある惑星は多い。

 普段から旅行をしているようなものなので、結婚式は挙げていたが新婚旅行には行っていない二人であった。

「でもさ、ただ移動しているのと観光地を巡るのとは違わなくない?」

「まあ、新婚旅行はそのうちにでも……」

 三人でそんな話をしていると、突然船内に警報が鳴り響く。

「何事だ?」

 光輝が近くの端末を開くと、緊急警報の文字が表示されていた。

 詳しく調べると、カナガワの前方から『異次元宙流接近中』との報告が入る。

「まずい! こんな近距離まで気がつかなかったなんて!」

「突然、発生したようね!」

 異次元宙流とは、発生原因がいまだ不明の謎の自然現象であった。

 これに巻き込まれて、毎年多くの宇宙船が行方不明になる。

 どこか別の次元に飛ばされるとか、ブラックホールに送り込まれて原子レベルにまで分解されてしまうとか。

 多くの学者が様々な説を唱えていたが、誰も生還できていないので証明された説は存在しない。

「キヨマロ! 緊急回避だ!」

「間に合いません。神に祈りましょう」

「お前、アンドロイドのくせに……」

「アンドロイドである私は神など信じてはいませんが、主人に気を使うのも私の役目ですから」

 この危機に対しても、アンドロイドであるキヨマロはどこまでも冷静であった。

「そんなのは必要ないから手伝え!」

「計算したところ、カナガワが異次元宙流に巻き込まれる可能性は九九・九九九九九九……あと九が十五個ついたパーセントです」

「それでも、手伝え!」

 光輝は悲観的な推論を述べるキヨマロを一喝してから、急ぎ操縦を手動に切り替えて異次元宙流からの退避を試みる。

「みっちゃん、大丈夫かな?」

 懸命にカナガワの操縦を続ける光輝に、今日子が後ろから心配そうに声をかけた。

「いくら確率が低くても、ここでかないと絶対に助からない。だから俺は足搔く!」

「さすがはみっちゃん。私惚れ直しちゃったな」

「ふっ、そうだろう」

 今日子に褒められてご機嫌になる光輝であったが、気を抜くことなく、異次元宙流から退避しようと懸命に操縦を続けた。

「そこの新婚夫婦、僕は来週発売される漫画がダウンロードできないと困るんだけど……」

 人間とは、本当に切羽詰まると、わけがわからないことを言い始めるらしい。

 清輝が、このままだと来週発売予定の漫画が買えないとケチをつけ始めた。

「我が義弟おとうとながら、器が小さいなぁ……だから彼女の一人もいないのよ」

「いいじゃないか! 僕の楽しみにケチをつけないでよ! 彼女については、いつかきっと理想の人が現れるから!」

「そんな漫画の世界じゃあるまいし……」


「お前ら、うるさい」

 今日子と清輝がくだらない言い争いを続けていると、必死にカナガワを操縦する光輝が二人に文句を言った。

「社長、万が一の可能性を模索しましたが、万策尽きました。短い間でしたが、お世話に……」

「だぁ───! 縁起でもない! 俺は諦めないぞ!」

 光輝は、キヨマロの発言を無視してカナガワの操縦を続ける。

「みっちゃん!」

「大丈夫だ! 絶対に退避できる!」

 光輝が座る操縦席の背もたれに今日子がしがみつく。

「来月発売のゲェ───ムゥ───!」

 もう駄目だと悟った清輝は、一人慌てふためいた。

「いよいよ、最期の時です」

 キヨマロが冷静にそう述べた瞬間、ついにカナガワは異次元宙流に巻き込まれてその宙域から消息を絶ってしまう。

 後にアキツシマ連邦軍が、宇宙輸送船カナガワと乗組員三名が異次元宙流に巻き込まれたことを正式に発表するのであった。

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