第四話 跡取り長男の結婚と、イケメン兄さんとの別れ (2)

 翌日、俺はエーリッヒ兄さんと共にいつも狩猟と採集に出かける森の中にいた。

 なぜかといえば、あと数日中にはお嫁さんがこのバウマイスター騎士領に到着して結婚式が行われるからである。

 小なりとはいえ、一応は貴族の結婚式である。

 更に、こんな何もないへきの田舎村での冠婚葬祭ともなれば、それは普段から娯楽に飢えている領民たちも一緒に祝いたいわけで。

 実際には、我がバウマイスター家がすべて負担する料理や酒が目当てだと思うのだが。

 まあ、そんな本音と建前の話は別にして、数百人にもなるであろう結婚パーティーに顔を出す面子が飲み食いする食料や酒ともなれば、これは膨大な量になる。

 かといって、この地を治めるおやかた様ともあろうお方が、その部分をケチってしまうと問題になってしまう。

 領地を治める貴族が、その領民たちにケチ臭いとか貧乏臭いと思われてしまえば、それは後に大きな禍根の原因となってしまうであろうからだ。

 普段は、いかにボソボソの黒パンと極薄味の野菜のスープでしのごうとも、こういう時には食べ切れない、飲み切れないほどの酒やごそうを準備しないといけないのだ。

 嫁の実家に払う結納金に、衣装やアクセサリーなどは嫁の実家が準備するとしても、新郎の方の衣装なども新しく作らないといけないし、今話をしたパーティーで出すご馳走や酒の件もある。

 何しろうちは、元々貧乏な上に、魔の森への無謀な出兵で無視し得ない人的・物的・金銭的な損失を出している。

 領内の体制を建て直しつつ、跡取りである長兄クルトの嫁さん探しに、式を行えるだけの蓄えと。

 普通、男でも貴族は二十歳くらいまでには結婚するのが普通なのに、なぜ兄クルトが二十六歳まで独り身だったのか?

 それには、涙なしには語れない厳しい現実が存在していたのだ。

(クルト兄さんが結婚するのはいいんだ)

 俺は八男なので元々継げないが、正直こんな田舎の寒村しかない領地、継ぎたいとも思わない。

 早く独立して、冒険者として生きる。これこそが、俺の夢であったからだ。

(でも、他の兄さんたちを追い出すのが早すぎないか?)

 結婚式後、この世界の常識ではもうとっくに成人扱いの兄さんたちは、それぞれに独立して家を出ることになる。

 貴族の習慣として、家や領地を継げないで出ていく次男以降の男子には、領地を継げないびの意味も込めて支度金を渡すのが常識になっているらしい。

 相場は大した額ではないのだが、うちは兄弟が多いうえに、貧乏なので、これの準備にも時間がかかってしまったようだ。

 今回、次男のヘルマンとまだ六歳の俺を除き、三男から五男までの三人が家を出て独立する。

 ヘルマン兄さんは、まだ結婚していないクルト兄さんが万が一にも急死した時のための予備として、まるでついでのように彼もしんせき筋の家臣の家に婿に入るようだ。

 ちなみにその家臣の家とは、父の叔父の実家で、先の魔の森への出兵で我がバウマイスター騎士領軍を率いた人物であるらしい。

 当然その時に彼は戦死していたし、同時にその跡取り息子である父の従兄弟やその兄弟たちも戦死している。他にも、残された男性相続者も不幸が重なって、今は大叔父の孫娘にあたる人物が、辛うじて家を維持しているようだ。

 ヘルマン兄さんは、その孫娘と結婚してその家を継ぐのだ。

 何というか、まるで○HKの○河ドラマのような話ではある。

 規模は、情けないほど小さいわけだが。

 話を戻すが、そんな我がバウマイスター家の方針が色々と決まり、結婚式の準備に忙しいはずなのに、俺とエーリッヒ兄さんは森の中にいた。

 その理由は容易に想像がつくわけだが……。

 要するに結婚式で出す料理の食材をってくるようにとの、父からの命令であったのだ。

 しかも、俺はなぜかエーリッヒ兄さんと組む羽目になってしまう。

 人前で魔法を見せたくないのに、なぜかつけられた同伴者。

 しかもそのパートナーが、俺が一番話をするエーリッヒ兄さんなのが意地悪だ。

 一番仲がいいのでにもできず、かと言って魔法を使わなければわずか六歳の俺の収穫など、もしかしたら皆無という可能性もある。

 さてどうしようかと思っていると、エーリッヒ兄さんが俺に話しかけてくる。

「遠慮しないで、魔法を使ってもいいんだよ」

「ええと……」

 突然の、エーリッヒ兄さんからの『魔法を使ってもいい』発言に口をこもらせてしまう俺であったが、実は俺自身、自分が魔法を使えることを他人に秘密にできているとは思っていなかった。

 普通に考えて、まだ六歳の子供が一人でおおかみや熊の出る森に入って、大人顔負けの狩猟や採集の成果を得ているのだから。

 魔法には、普段は非力な人が筋力や速度を強化するためのものがあり、しかもこの魔法は程度の差はあったが、比較的ポピュラーな魔法でもあった。


 俺が一人で森に入っても心配されなかった理由の一つは、魔法を使っている件に対して黙認というか家族の間でかんこうれいが敷かれているのであろうと想像していたのだ。

「ヴェルは、やはり六歳とは思えないほど賢いね」

 俺が、バウマイスター家の八男ヴェンデリンへと転生したその日、夢の中で五歳以前の彼の様子を知ることとなる。

 俺が転生する前のヴェンデリンは、魔法使いの才能などは見せなかったが、いつも父の書斎に篭って本を読む、年齢に相応ふさわしくない行動を見せる子供であったらしい。

 その点は、今の俺と共通項も多いようだ。

「そう。父上も母上も、クルト兄さんたちも。ヴェルを除く家族全員が知っていたのさ。ヴェルに魔法の才能があるということを」

 何となくそんな予感はしていたが、そうなると一つ疑問が出てくる。

 なぜ、俺の魔法をもっと領地の発展に生かさないのかだ。

 すると、エーリッヒ兄さんが俺の疑問に気がついたらしく、すぐに答えてくれた。

「もし、ヴェルが幼くして魔法の才能を領民たちに発揮したとしよう。そうなれば、これは御家騒動の発端となるだろうね」

 この世界における貴族を含めた家の相続は、基本的には長男が優先される。

 これに加えて王族や貴族ともなると、今度はその子を産んだ妻の身分が重要となる。

 貴族でない名主の娘である、父の妾レイラの子供たちには相続権が基本的にはない。

 あるとすれば、それは本妻に男子が生まれなかった時のことだ。

 本妻の子供が女子だけであった場合、これはその貴族によって判断が分かれる。

 長女に婿を取って跡を継がせるケースと、妾の産んだ男子に継がせる場合と。

 要するに、一応は本妻の子優先、長男優先という風習はあるが、最後には当主である父親の決定が最優先されるようになっていたのだ。

 このせいで、よく御家騒動が発生してにんじょうに及んだり、騒ぎを自力で収拾できずに王家に知られてしまい、罰として領地を減らされたり、果ては改易という処分まで受ける貴族家も数年に一度は必ず発生するそうなのだ。

「ヴェル、君は僕と同じく家を出たいんだよね?」

「はい、若いうちは冒険者として身を立てたいのです」

「ならいいんだ。父上も、それは把握している」

「そうなのですか」

「漢字は読めないけど、一応は貴族家の当主なのさ」

 父は、俺が魔法を領民のために大々的に発揮した場合を想定し、これによる領内の利益よりも、家臣たちや領民たちが無責任に『魔法の使えるヴェンデリンこそ、バウマイスター家の当主に相応しいのでは?』などと騒ぎ、おかしな派閥でも作られたらたまらないと考えているそうだ。

「そうでなくても、五年前の出兵の失敗が糸を引いているんだ」

 このために、農地を広げる開墾ばかりでなく、通常の農作業などにも人手が足りなくてそのやり繰りに四苦八苦していたり、損害を回復するまでという名目で一時的に税金を少し上げていて、それが領民たちの不満の芽になっていた。

 何より、その出兵でバウマイスター本家から一人も犠牲者が出ていない。

 その前に、一人も出兵していなかった件で、余計に領民たちが不信を抱いている部分があるようなのだ。

「実際、分家で家臣筋の大叔父やその息子三人は戦死しているからね」

 しかもそのせいで、大叔父の家には戦死した長男の娘しか残らず、彼女はもう少ししたら次男ヘルマンを婿に入れて家を継がせるわけなのだから。

 これで、大叔父の家人たちに不満がないと言ったらうそになるであろう。

「だから、ヴェルの魔法を大っぴらに宣伝しないのさ」

 俺こそがバウマイスター家の次期当主に相応しいと騒ぐ人間が、間違いなく出てくるはずだ。

「もうそれとなく気がついている人もいるだろうけどね。別に、ヴェルが皆の前で魔法でも披露しない限りは証拠がないからね」

「なるほど、そのための森篭りの黙認であると」

「十五歳になって成人したら、遠慮しないで家を出てほしいんだろうね」

「個人的には、もっと早く家を出たいですね」

 俺はエーリッヒ兄さんから、規模は小なれど御家騒動の芽があることを知り、早く成人してこの領を出たいと真剣に思ってしまうのであった。

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