第一話「もしかして:異世界」
目が覚めた時、最初に感じたのは
視界一杯に光が広がり、俺は不快な気分で目を細めた。
次第に目が慣れてくると、金髪の若い女性が俺を
美少女……いや美女と言っていいだろう。
(誰だ?)
隣には、同じくまだ年若い茶髪の男性がいて、ぎこちない笑みを俺に向けている。
強そうでワガママそうな男だ。筋肉が
茶髪でワガママそうとか……こういうDQNっぽい奴は見た瞬間に拒否反応が出るはずなのだが、不思議と嫌悪感がなかった。
恐らく、彼の髪が染めたものではないからだろう。
「──××──××××」
女性が俺を見て、にっこり笑って何かを言った。
何を言っているのだろうか。なんだかボンヤリして聞き取りにくいし、全然わからない。
もしかして、日本語じゃないのか?
「────×××××───×××……」
男の方も、ゆるい顔で返事をする。いやほんと、何を言ってるのかわからない。
「──××──×××」
どこからか、三人目の声が聞こえる。
姿は見えない。
体を起こして、ここはどこで、あなた方は誰かを聞こうとした。
俺は引きこもってたとはいえ、別にコミュ障ってわけじゃない。
それぐらいはできる。
「あー、うあー」
と思ったのだが、口から出てきたのは、うめき声ともあえぎ声とも判別のつかない音だった。
体も動かない。
指先や腕が動く感触はあるのだが、上半身が起こせない。
「×××───××××××」
と、思ったら男に抱き上げられた。
マジかよ、体重百キロ超の俺をこうも簡単に……。
いや、何十日も寝たきりだったのなら、体重は落ちているか。
あれだけの事故だ。手足が欠損してる可能性も高い。
(生き地獄だなぁ……)
あの日。
俺はそんなことを考えていたのだった。
★ ★ ★
一ヶ月の月日が流れた。
どうやら俺は生まれ変わったらしい。その事実が、ようやく飲み込めた。
俺は赤ん坊だった。
抱き上げられて、頭を支えてもらい自分の体が視界にはいることで、ようやくそれを確認した。
どうして前世の記憶が残っているのかわからないが、残っていて困ることもない。
記憶を残しての生まれ変わり──誰もが一度はそういう妄想をする。
まさか、その妄想が現実になるとは思わなかったが……。
目が覚めてから最初に見た男女が、俺の両親であるらしい。
年齢は二十代前半といったところだろうか。
前世の俺よりも明らかに年下だ。
三十四歳の俺から見れば、若造といってもいい。
そんな歳で子供を作るとは、まったく
初日から気づいてはいたが、どうやらここは日本ではないらしい。
言語も違うし、両親の顔立ちも日本人ではない、服装もなんだか民族衣装っぽい。
家電製品らしきものも見当たらない(メイド服着た人が
明かりも電球ではなく、ロウソクやランプを使っている。
もっとも、彼らが特別に貧乏で電気代も払えないという可能性もある。
……もしかして、その可能性は高いのか?
メイドっぽい人がいるから、てっきりそれなりに金があるのかと思ったが、
彼女が、父か母の姉妹と考えれば、なにもおかしいことはない。家の掃除ぐらいするだろう。
確かにやり直したいとは思ったが、電気代も支払えないほど貧乏な家に生まれるとは、これから先が思いやられる。
★ ★ ★
さらに半年の月日が流れた。
半年も両親の会話を聞いていると、言語もそれなりに理解できるようになってきた。
英語の成績はあまりよくなかったのだが、やはり自国語に埋もれていると習得が遅れるというのは本当らしい。それとも、この身体の頭の出来がいいのだろうか。まだ年齢が若いせいか、物覚えが異常にいい気がする。
この頃になると、俺もハイハイぐらいはできるようになった。
移動できるというのは素晴らしいことだ。
身体が動くということにこれほど感謝したことはない。
「眼を放すとすぐにどこかに行っちゃうの」
「元気でいいじゃないか。生まれてすぐの頃は全然泣かなくて心配したもんだ」
「今も泣かないのよねぇ」
動きまわる俺を見て、両親はそんな風に言っていた。
さすがに腹が減った程度でビービー泣くような歳じゃない。
もっとも、シモの方は我慢してもいずれ漏らすので、遠慮せずぶっ放させてもらっているが。
ハイハイとはいえ、移動できるようになると、色んなことがわかってきた。
まず、この家は、裕福だ。
建物は木造の二階建てで、部屋数は五つ以上。メイドさんを一人雇っている。
メイドさんは、最初は俺の叔母さんかとも思ったが、父親と母親に対する態度がかしこまったものだったので、家族ではないだろう。
立地条件は、田舎だ。
窓から見える景色は、のどかな田園風景である。
他の家はまばらで、一面の小麦畑の中に、二~三軒見える程度。
かなりの田舎だ。電柱や街灯の
外国では地面の下に電線を埋めると聞いたことがあるが、ならこの家で電気を使っていないのはおかしい。
さすがに田舎すぎる。文明の波に
生まれ変わってもパソコンぐらい触りたいのだ。
などと思っていたのは、ある日の昼下がりまでだ。
することが無いのでのどかな田園風景でも見ようと思った俺は、いつもどおり椅子によじ登り、窓の外を見てギョッとした。
父親が庭で剣を振り回していたからだ。
(ちょ、え? 何やってんの?)
いい年してそんなの振り回しちゃうようなのが俺の親父なわけ? 中二病なわけ?
(あ、やべ……)
驚いた拍子に椅子から滑った。
未熟な手は椅子を
「キャア!!」
どしんと落ちた瞬間、悲鳴が聞こえた。
見れば、母親が洗濯物を取り落とし、口に手を当てて真っ青な顔で俺を見下ろしていた。
「ルディ!! 大丈夫なの!?」
母親は慌てて駆け寄ってきて、俺を抱き上げた。
視線が絡むと、
「……ほっ、大丈夫そうね」
(頭を打った時は、あんまり動かさないほうがいいんだぜ、奥さん)
と、心の中で注意してやる。
あの慌てようを見るに、危ない落ち方をしたのだろう。
後頭部からいったしな、アホになったかもしれん。あんま変わらんか。
頭がズキズキする。一応は椅子に掴まろうとしたし、勢いは無かった。
母親があまり慌てていないところを見ると、血は出ていないようだ。たんこぶ程度だろう。
母親は注意深く俺の頭を見ていた。
傷でもあったら一大事だと言わんばかりの表情をしている。
そして最後に、俺の頭に手を当てて、
「念のため……。神なる力は
吹きそうになった。
おいおい、これがこの国の「イタイのイタイのとんでけ」かよ。
それとも、剣を振り回す父親に続いて母親の方も中二病か?
戦士と僧侶で結婚しましたってか?
と、思ったのもつかの間。
母親の手が淡く光ったと思った瞬間、一瞬で痛みが消えた。
(……え?)
「さ、これで大丈夫よ。母さん、これでも昔は名の知れた冒険者だったんだから」
自慢気に言う母親。
俺は混乱していた。
剣、戦士、冒険者、ヒーリング、詠唱、僧侶。そんな単語がぐるぐると俺の中を回っていた。
なんだ、いまの。何したの?
「どうした?」
母親の悲鳴を聞きつけて、窓の外から父親が顔をのぞかせた。
剣を振り回していたせいか、汗をかいている。
「聞いてあなた、ルディったら、椅子の上になんかよじ登って……危うく大怪我するところだったのよ」
「ま、男の子はそれぐらい元気でなくちゃな」
ちょっとばかしヒステリックな母親と、それを
よく見る光景だ。
だが、今回は後頭部から落ちたせいだろう、母親も譲らなかった。
「あのねあなた、この子はまだ生まれてから一年も経ってないんですよ。もっと心配してあげて!!」
「そうは言ったってな。子供は落ちたり転んだりして丈夫になっていくものじゃないか。それに、怪我をしたなら、そのたびにおまえが治せばいい」
「でも、あんまり大怪我をされて治せなかったらと考えると心配で……」
「大丈夫だよ」
父親はそう言って、母親と俺を一緒に抱きしめた。
母親の顔が赤く染まる。
「最初は泣かなくて心配だったけど、こんなにヤンチャなら、大丈夫……」
父親は母親にチュっとキスをした。
おうおう、見せつけてくれるねお二人さん、ヒューヒュー。
その後、二人は俺を隣の部屋で寝かせると、上の階へ移動して、俺の弟か妹を作る作業へと入っていった。
二階に行ってもギシギシアンアン聞こえるからわかるんだよ、リア充め……。
(しかし、魔法か……)
★ ★ ★
それからというもの、俺は両親やお手伝いさんの会話に注意深く耳を傾けるようになった。
すると、聞きなれない単語が多いことに気づいた。
特に、国の名前や領土の名前、地方の名前。固有名詞は聞いたことのないものしかなかった。
もしかするとここは………。
いや、もう断定していいだろう。
ここは地球ではなく、別の世界だ。
剣と魔法の異世界だ。
そこで、ふと思った。
……この世界なら、俺もできるんじゃないだろうか、と。
剣と魔法の世界なら、生前と常識の違う世界なら、俺にだってできるんじゃないだろうか。
人並みに生きて、人並みに努力して。
生前は死ぬ間際に後悔した。
自分の無力さと、何もしてこなかったことへの
けど、それを知っている俺なら。
生前の知識と経験を持つ今の俺なら、できるんじゃないだろうか。
──本気で生きていくことが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます