第45話

炊飯ジャーでお米を炊く和泉さん。

人数は三人分。

玉江さんとその息子さんが後で帰って来るみたい。

和泉さんも御相伴に預かっていいらしい。

ラッキー。

テストに落ちたとしても一食分浮いた。


二合かな、三合かな。

息子さん、男の人だし。

三合炊いておいても。

いやいや、男子中学生と一緒に考えてはいけない。


和泉さんの弟たちは信じられない位食べる。

明日の朝の分まで炊いておいたと思っていたのに。

いつの間にかお櫃はカラッポ。

「勝手に食べたのはどっち!?」

そう和泉さんが問い詰めるとお互いを指さすのである。

「コイツ!」

「コイツ!」

二人とも食べたのか。

共犯。


そんなのとは違うだろう。

それに三人と言っても一人は玉江さん。

お年を召した婦人。

少な目でいいハズ。


二合のお米を炊いてる間に他の食材確認。

ここは始めて来る他人のお家。

お台所の勝手だって良く分からない。


得意ワザ行っちゃおう。

和泉さんの得意ワザ。

焼肉丼。

豚肉だって牛肉だってOK。

余ったお野菜を適当に放り込んでお肉と炒める。

少し濃い目にタレを浸けて。

ご飯に乗せたら出来上がり。

お手軽でボリューム満点。

なんと洗い物も少なくて済む特典付き。

弟達にも大好評。

秀瑚ちゃんだって言うのだ。

「和泉姉さん、お丼だけはお店で食べるのより美味しいわ」

だけは余計だよ、ヒデコちゃん。


勿論、分かってるのだ。

テストに出すのはどうだろう。

もう少し見た目や手間にコダわッたお料理が良いんじゃない。


でも食器だって何処にあるか良く分からないのだ。

調味料だって実家のとは違う。

多分味わいだって違うだろう。

ここは手慣れたモノで。

ご飯が炊きあがるまで45分。

もう夕方を過ぎてお夕飯時。

それまでに出来上がるモノ。

煮物なんて作ってられない。


それに玉江さんはニコニコと見ている。

何でも良いのよと言ってくれた。

肩肘張って、作るのに自信が無いお料理を出すのは違う気がする。


冷蔵庫には豚肉。

しいたけとタケノコもあった。

食材は何でも使っていいと言われてる。

中華風にしちゃおう。

キャベツとニンジンも使っちゃおう。

片栗粉と料理酒、鶏がらスープの素。

これで味付けは完璧。

フライパンに油を引いてと。





さて。

長尾家に男性がやって来る。

少し疲れた様子。

時刻は夕食時を過ぎて夏でも真っ暗。

仕事帰りらしきスーツの男性。


家の前に立ち、顔から疲れた表情を消す。

疲れた顔を見せたくないのだ。


玄関を開ける。

何故だろう、話声がする。

母親の笑い声。

家には母親一人しかいない筈なのに。

誰か知らない話し声もする。

親戚でも来ているのか。

そんな予定は聞いて無いけれど。


家の中に入って行く男性。


中では母親と若い女性が談笑していた。

二人とも楽しそう。

会話は盛り上がってる様子。


「あっ、六郎。

 帰ってきたのね。

 和泉ちゃん、紹介するわ。

 ウチの息子よ」

「は、初めまして」


と頭を下げたのは若い女性。

大学生位だろうか。

化粧っ気のない顔はもう少し若く見える。


「初めまして、えーと」


どちら様で、何故ウチに居るのです?

そう続けようとしたけれど。

母親が遮る。


「ご飯食べなさい。

 和泉ちゃんが作ってくれたのよ。

 お丼。

 美味しかったわよ~。

 お腹空いてるでしょう。

 ビックリする位美味しいから」


「そんな、玉江さん。

 大ゲサです。

 手抜き料理です」


「何言ってるの、和泉ちゃん。

 息子が作った物より美味しいわ。

 お店のモノより美味しいんじゃないかしら」


見ると母親の前には丼。

空になっている。

あまり食欲無いの。

最近は何を出しても、そう言って残してしまう母親なのだが。


母親に無理やり席に着かされる。

まだスーツを脱いでもいないのだけど。

若い女性が差し出したのは丼。

中華丼風。

ニンジン、タケノコの細切りを彩りに。

豚肉、キャベツが豊富に入ってとろみをつけてる。

確かに食欲をそそる臭い。


「失礼、長尾六郎です。

 貴方は?」

「ああっ、すいません。

 柿崎和泉です」


カキザキイズミ。

良し、名前は分かった。

分からないのはカキザキイズミが何故自分の家に上がり込んで夕食を作っているかだ。


「食べなさい、六郎」


母が言うので、良く分からないまま箸をつける。

ふむ、旨い。

少し濃い目の味付けはご飯とよく合う。

肉の旨味も感じられるし、野菜も美味しい。


チラリと母親の前の丼を見る。

やはり空だ。

全部食べたのか。

この丼を。


丼を置いて席を立つ。


「どうしたの、六郎。

 美味しいでしょ」

「はい、非常に美味です。

 驚きましたよ。

 せっかくですからちゃんと味わいたい。

 スーツを脱いできます」


顔はニコヤカに部屋を出る。


「少し良いですか? カキザキさん」


女性を呼び寄せる。

大学生位だろうか。

化粧っ気のない顔はもう少し若く見える。

母親に声の聞こえない所まで離れる。



和泉さんは男性に付いて行く。

呼ばれてしまった。

玉江さんの息子さんは優しい笑顔をしてた。

だけど今、廊下を歩く男性は少し怖い気がする。

まあそうだよね。

息子さんにしてみたら家に帰ったら知らない人間が母親と夕飯してるのだ。

不審に思ってトーゼン。


「あの、長尾さん。

 わたし表の貼り紙を見て来た者で。

 その、玉江さんがテストに夕飯作ってと言うので」


状況を説明しようとする和泉さん。


「貴方は何を考えてるんです」


冷たい顔。

振り向いた男性は冷たい顔をしていた。

怒ったりしかめ面な訳では無いのだけれど。


さっきまで玉江さんに向ける笑顔はとても優しかった。

男の人なのが信じられない様な柔らかい声、優しい笑顔。

ついそんな笑顔を向けられるなんて、玉江さんいいなぁと思ってしまう程だったのだけど。


現在、男性が和泉さんを見るマナザシにはその優しさが欠片も無い。

整った顔の男性。

奇麗な弧を描く眉。

能面の様。

感情の読み取れない顔。


「年寄りにあんな味の濃い食事を食べさせて。

 常識が無いんですか」


その声だけはとても柔らかい。

癒されるような声だったのだけど。


マナザシは冷たい。

男性は能面の様な顔でそう言った。


柿崎和泉さんと長尾六郎さん、出会いの場面である。

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