第51話 記憶画像
森の中は静かだった。
本来なら騒がしいハズの虫や鳥の声さえ、闇の中に吸い込まれてしまったかのように、深く、暗い静けさがのしかかってくる。
昼間は姿を見せないコウモリが羽を広げ、自分たちをあざ笑うかのように飛び回った。
「もう、やめようぜ」
誰かがそう言いだすのを、皆が待っていたと思う。
でも、その言葉を言う奴は誰もいなかった。
薄気味悪い森を彷徨いながら、ただ時間が過ぎるのを待っていた。
夜中の三時まで、罰ゲームはそう決まっていたからだ。
この森は昔から"出る"と噂で、子供の頃から森の周りはグルリとフェンスで囲まれていて、今では消えかかった《立ち入り禁止》の文字が印象に残っていた。
確かに、昼間でも近寄る事のない森は、夜中では本当に何かが"出る"といわれても不思議ではない。
そもそも、麻雀に負けたら罰ゲームに一時半から三時までの間、森を探索する。
と決めたのは紛れもなく自分、七瀬東夜本人なのだ。
東夜は元々麻雀に自信はあったものの、今日は何故かボロ負けしてしまったのだ。
結果、こうして同じく麻雀に負けた恵庭孝、真田茂と共に森の中を歩いている。
「なぁ、もう帰ろうぜ。どうせ何もねぇよ」
歩き疲れたように言ったのは茂だった。
肩まで伸ばした髪が気になるのか、さっきから女のようにひっきりなしにつついている。
「でもまだ三十分しか経ってねぇしなぁ」
東夜が答えた。
「すぐ帰るのはダセェよ」
孝が、タバコをくわえながらそう言った。
言っておくが、もちろん三人は未成年で、高校二年になったばかり。
バカな事をしても、それがカッコイイのだと思う年頃だった。
そして、無言で歩き続ける事更に三十分。
あの時、茂の言葉で帰っていればよかった。
と、東夜は思っていた。
思いのほか森は深く、歩いても歩いても灯りは見当たらないし、どんどん方向感覚が失われていく。
このまま遭難してしまったら?
この狭い持ちの中で、そんなバカバカしい不安が頭の中を行ったり来たりしていた。
「休もうぜ」
帰ろう、と言うのが恥ずかしくて、東夜はそのまま大きな木の根に腰を下ろした。
「あぁ」
二人も息をついてその場に座り込む。
足場も悪かったので、軽く息が切れて汗が滲んでいる。
「それにしてもデケェ森だよな」
孝が木で覆われた空を仰いだ。
「どこまで行っても木しかねぇよ。出るなんてデマに決まってんだろ」
茂が孝からタバコを受け取り、くわえながらそう言った。
「だよな。もう疲れたぜ」
「せめてこんなヤツでも出て来いよな」
東夜は持っていた懐中電灯で自分の顔を下から照らしながらそう言った。
「バカじゃねぇの」
軽く笑い飛ばす孝。
「東夜は素のままでも十分怖い顔だろ」
その茂の言葉に「なんだと」と睨む東夜。
そんな調子でしばらくの間三人はくだらない話を続けていた。
こうしていると森の静けさも気味悪いコウモリの羽音も自然と気にならなくなり、時間がたつのも早く感じる。
特に学校でもこの三人は何かと問題児で、最低一度は謹慎になったことのあるメンバーだ。
一人では心細くても、集まれば怖いものはないし、それよりも自分がこの中で一番でいたいと感じるようになる。
「けど、今日は賭けのの調子悪かったな」
話が一段落ついた時、東夜が不意にそう言い出した。
「あぁ、今までは東夜一番上手かったのにボロボロだったもんな」
孝がそう言い、思い出したように笑う。
孝は元々麻雀は得意ではないので負ける事は分かっていた。
ただ、仲間内で流行っているいるものを断っていると、会話からハブられるので渋々付き合っているのだ。
「茂も今日は調子悪かったよな」
東夜に言われ、「あぁ、なんかなぁ」と、タバコを地面に押し付けながら曖昧に答える。
「何だよ? わざと負けたとか言うなよ」
「さぁなぁ、ただ罰ゲームに興味はあったからな」
「興味?」
「なんとなくな」
答えを濁らせる茂に、東夜は首を傾げた。
茂はいつも自分に対して何か利益があることや、興味をそそるものに対してしか自分から何かしようとはしない。
「でもさぁ――」
何かを言いかけた茂が、突然ハッと両目を見開き、そのまま硬直してしまう。
「何だよ?」
聞き返す東夜に、二人は無言のまま東夜の後ろに視線を集中させた。
目を大きく見開き、口を半分開けた状態で固まる二人。
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