第40話 銀色のひだまり

「ね、どうしたの?」




何とか呼吸を整え、アリサにつかまれたままだった手を解く。



汗で生ぬるくなった手が少しふやけていた。



私はアリサの前に出て、その顔を確認した。



よく日焼けしていたハズの顔は青く、唇が微かに震えている。



「大丈夫?」



目の前で手振って見せると、アリサはようやく私を見た。



「鈴、見た?」



「へ?」



「見た? あの男」



「男?」



私は首をかしげ、それから「あ、あの白い服の?」と声を上げる。



走ったせいで、中年の髪の毛のように頭から抜け落ちていた。



やっぱり、あいつチカンだったのか!?



その考えが真っ先に来てアリサの体を確認する。



大丈夫。服は乱れていない。



だけど、アリサは私の肩を掴み、怒鳴った。



「ダメだよ。あいつが来ても、絶対に話しちゃダメ!」



「話? アリサ、あいつに何されたの?」



それが解からないことにはどうしようもない。



アリサは公園の方へ視線を向け、それからいつもの表情に戻った。



どうやら、質問に答えるつもりはないらしい。



「今日はもういいじゃん。学校フケよう」



それは解かっていたことだったけど、私は同意を求めた。



「あぁ……」



そして、私たちはどちらともなく目の前の公園へと向かった。



小さくて遊具の少ない公園はそこら中に雑草が生えていて歩きにくかった。



きたない公衆便所の隣にある水道で、アリサは力いっぱい顔を洗った。



私はそれを見ながら、随分使われていなかった水道のため、水のサビた匂いが漂ってくるのを必死で気付かないふりをした。



「落ち着いた?」



公園のベンチで私はアリサに聞いた。



サビくさい水で顔をあらったアリサはまだ少し青白かったけど、「大丈夫」と頷いた。



それから私は携帯で時計を確認した。まだ昼前だ。



「メールはあった?」



アリサがそれを見て聞いてきた。



「え? ないよ?」



「誰からも?」



「うん」



「センターに問い合わせてみな」



言われたとおりに、私はセンターに問い合わせてみる。



≪新着メールはありません≫



「やっぱりないよ」



どうしたの?



とアリサの顔を見る。また少し青白くなったように見えた。



「こっちから誰かに電話してみろよ」



「電話? 誰に?」



眉をよせる私に、「誰でもいいから!」とアリサはまた怒鳴る。



それに驚き、私はアリサの顔を唖然として見つめた。今日のアリサはおかしい。



普通じゃない。



「……ゴメン。鈴友達が少ないんだな。だから連絡が来ないんだ」



そう言い、アリサは乾いた笑い声を上げた。



「そうだね」



私はただ頷き、携帯画面を見つめていた。




家に帰ると真っ暗だった。電気がついていない。



「お母さん?」



私は誰もいないのかとリビングへ向かう。



しかし、ドアがあかない。



木製のドアは最近調子が悪くて、開けるときに力が必要だった。



だけど、今日はそれがびくともしなかった。



いくらなんでも開かなくなるまでほっておくワケがないし、



カギがかかっているハズはない。元々鍵穴自体ないドアなのだから。




「ちょっと、なによ」



何度引っ張ったり押したりしても、そのドアは開かない。



「お母さん? いないの?」



ドアの向こうへ呼びかける。が、返事はない。




私はしかたなく、二階の自分の部屋へ戻った。



なぜだか今日はお腹もすいていないし、それよりも眠りたかった。



妙なことが色々とあったせいで疲れたのだ。




私は制服を脱いで着替えると、そのままベッドに入った。



眠りにつくのも、いつもより早かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る