第38話 銀色のひだまり

ブレーキ音は短かった。ほんの、一瞬。



風圧でスカートがひるがえり、すぐに手のひらで押さえつけた。マリリンモンローそのままだ。



「でさぁ、むかつくよねあいつ」



友人の声で我に返った。



「あぁ、うん。調子乗ってるよね」



私たちは女子高に通う三年生。クラス内でも学校内でも向かうところ敵なしの無敵コンビだ。



相方は佐藤アリサ。



釣り目と胸まである髪が存在感を示している。



私は神谷鈴。



アリサとは逆のショートカットに短いスカートからワザト見せる短パンがお気に入り。



「おーっし、今度のターゲットはあいつだ!」



そう言うと、アリサは楽しそうに笑い、道端に生えている背の高い白い花を千切った。



それをブンブン振り回していたかと思うと、今度は首を簡単にへし折った。



イジメの合図だ。




私も意味なく白い花をちぎり、同じように首を折った。



ボキッ!



「へ?」



慌てて振り返る。



何もない、誰もいない。



「どしたぁ?」



アリサが離れた場所から声をかけてくる。



「なんでもない」



そう言い、慌ててアリサに追いつく。



今の音は何?



気のせい?



キョロキョロと辺りを見回してから、気味の悪さに身震いを一つ。



手に持っていた花はいつの間にか落としていて、もうどこにも見当たらなかった。



翌日、いつものように私たちは途中のコンビニで待ち合わせをして学校へ向かった。



学校へ行く途中に話すことといえば、今回イジメのターゲットになったクラスメイトのこと。



普段は何も気にせず友達として接していたが、ターゲットとなると次から次へと相手の悪口が出てくる。



大きなことから小さなことまで、まるで洗濯洗剤の泡のようにブクブクとあふれ出し止らない。




「ほんっとにむかつくよな。キモイし!」




また、アリサは昨日と同じ場所で花を千切り、振りまして首を切った。



私も同じことをしようとして手を伸ばし……やめた。




「キモイのは元からじゃん」



考えなくても、人を傷つける言葉ってのはすぐに出てくる。



アリサは腹を抱えて笑い「そっかそっか」と何度も頷いた。



とりあえず、ターゲットを決めてイジメて悪口を言っておけばアリサは終始ごきげんだ。



少し歩いたところで、ビンに立っている花をみつけた。



二つの牛乳ビンに花が一本づつさしてある。



誰かのいたずらだろうか?




「これいいじゃん!」



それに目をつけたアリサがビンを手に取り「これ、ヤツの机に飾ってやろうぜ!」とピョンピョン飛び跳ねる。



まるで幼稚園児のようだ。



「いいねぇ。葬式ごっこ?」



「チーンってか!」



大口を開けて笑うアリサに私もつられて笑う。



高校三年の夏がこれでいいのかと思うが、これからのことなんて考えてもいない。



今が楽しければいいのだ。



だから私はアリサのご機嫌を伺うのだ。



自分がイジメのターゲットにさえされなければ、そこそこ楽しい学校生活が送れるのだから。



ピシッ!



「へ?」



私は立ち止まり、振り向く。



「どした?」



立ち止まった私の目に移るのは残された一つの牛乳ビン。



一本だけ立った白い花。



そのビンに少しひびが入っていて、水がゆっくりと流れ出す。




その瞬間、背筋に冷たいものが這ったように鳥肌が立った。



「行こう!」



それを振り払うように、私はアリサの手を掴んで駆け出した。



走っても走っても、嫌な感覚が取れることはなかった。



「なんだよ鈴」



学校に付くと、アリサが私の手を振りほどき、肩で息をしながら睨んできた。



ヤバイ。




「ごめん。チカン男がいた気がしたんだ」



咄嗟の言い訳。




「なにそれ? チカンなら金とってやりゃいいじゃん。



意外と臆病なんだからぁ、かぁわいぃ」




肩を叩いてくるアリサにホッと胸を撫で下ろす。



よかった怒っていない。




階段を上がりながら、話題はまたターゲットの話に切り替わった。



今回は私が自分の話題から逃げるためにアリサに話をふったのだけれど。



相変わらずアリサの手にはしっかりと牛乳ビンが握られていて、中に入っている水が時々こぼれ出た。



けれど、本当になんであんな場所にあったのだろう?



昨日まであったっけ?



私は記憶をめぐらせるが、どうしても思い出すことが出来なかった。




教室へ入った途端、アリサが足を止めた。



下を向いていた私はアリサにぶつかってしまいそうになり、「何?」と仏頂面をした。



「誰もいないんだけど」



アリサが振り向いて一言いった。



「はぁ?」



眉をよせて、私はアリサを押しのける。見ると、アリサの言う通り教室には誰一人としていなかった。



もちろん、今日からイジメのターゲットになっていた生徒も。

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