第9話 ハンド

私は、誰もいない電車の中、記憶を辿る。



その後、何がおきたのか覚えていない。



思い出そうとすればするほど、記憶の扉は固く閉ざされ、激しい頭痛が襲ってくる。



「私は、ここで何を?」



電車の中を見回してみる。



椅子からはバネやスポンジが飛び出し、車内のあちこちがサビで茶色くなっている。



車両と車両のつなぎ目はなく、そこにはポッカリと外へと通じる空間が開いているだけ。



「ここは……」




窓の外へ目をやったが、そこの窓に映る自分の姿に絶句する。




見た目はどうみても四十代後半。白髪まじりの髪に、化粧気のない貧相な顔。



しかし、その姿はまさに女子高生そのものだった。



四十代の私は、小さくて体に合わない制服を身に付け、学生カバンを持っているのだ。



そうだ。私は毎朝電車に乗って高校まで通っていたんだ。



毎日毎日電車内でチカンにあい、それを親友の恭子に相談して……。




では、今の自分はなに?



窓へ近寄り、その中の自分に手を伸ばす。



ここは明らかに配車となった電車の中。



その証拠に、窓の外にはナンバープレートを外された車がいつくか同じように放置されている。



「私は、なにを……」



学生カバンが、右手から滑り落ちる。



制服の胸ポケットから少しはみ出してみえる生徒手帳。



「嘘でしょう?」



震える手でそれを取り出し、生唾を飲み込んでから最初のページを開く。



《岸辺恭子》



その名前の上に、学年と出席番号と、恭子の笑顔の写真がある。



思わず、それを投げ出した。



「こんなの……嘘よ!」



叫びながら、制服を脱ぎ捨てる。



間違いなく、恭子の制服だ。



乱暴に脱ぎ捨てたため、制服が所所破れてしまう。



けれど、そんな事気にならないほどに、その制服は汚れていた。




制服の、黒く固まった汚れにそっと触れる。



布に染み込んだその汚れは、主の死を意味しているのだとすぐに理解できた。



「あ……あぁぁっ!」



激しい頭痛に、頭を抱えてうずくまる。



蘇る……。



よみがえる……。



……ヨ・ミ・ガ・エ・ル……。

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