第7話 ハンド
デートの時間はお店が終ってすぐ。
いつも来るお客さんだから、両親にも隠さずにそれを伝えていた。
もし、本当に付き合うことが出来たら?
そう考えると、心臓がいつもの三倍の速さで動き、私の呼吸を荒くさせる。
「ないない、あり得ないから!」
どんどん欲張りになる私の妄想を、そう言って掻き消した。
そして、その日の夕方。
祐樹はいつのもスーツ姿ではなく、白いTシャツにジーパン姿で現れた。
スーツを着ていない祐樹はいつもより若く、無邪気に見えて私はポッと頬を赤らめた。
初めてのデート。
初めての食事。
初めての夜景。
祐樹と一緒にいると、経験したことのあるどれもが『始めて』になり、新鮮な気持ちを取り戻した。
もっと、ずっと一緒にいたい。
その気持ちとは裏腹に、祐樹は私と手を繋ごうとさえしなかった。
妹だから?
私は、ずっと自分が妹を演じていたことを、始めて強く後悔した。
きっと、祐樹にとってそれ以上の存在にはならないんだ。
私は、こんなにも好きなのに。
「加瀬さん」
夜景を見ながら、私は祐樹の手に自分の手を重ねた。
普通、こういうことは男からするものだけど、もう演じるのは嫌だったから。
私に手を握られて、祐樹は一瞬驚いた表情になる。
それから
「あ~、やっぱり無理だ」
と、声を上げる。
「無理無理。夏海ちゃんを妹だと思うなんて、無理」
「え?」
「こんな可愛い子目の前にして、理性保てると思う?」
ズイッと顔を突き出して聞いてくる祐樹に、私は首を傾げる。
平静さを装ってはいるけれど、かなり緊張して、握っている手に汗が出ていないかと不安になる。
「あのさ、夏海ちゃんの気持ちもわかってた」
「あ……」
「俺も、夏海ちゃんのこと好きなんだ」
後ろから抱き締められて言われて、胸が悲鳴を上げる。
愛しくて愛しくてたまらない。
ここが公園だとか、他のカップルが似たような行為をして淫らだとか、そんなものが全部頭の中から吹き飛んだ。
あとは、真っ白な快感への道を二人でひた走る。
痛くて痛くて涙がでたけれど、それでもそれが祐樹のものだと思ったら痛みさえも愛しい。
生々しくて、吐き気がするくらいの愛情。
私が祐樹の子供を産んだのは、それから一年後。
16歳で、私は一児の母となり、祐樹は私の夫となった。
ここまで何も問題なくこれたのは、きっと祐樹が両親と顔見知りの常連客だったからだ。
もちろん、それ以上の信頼関係があったからではあるけれど、祐樹がこのパン屋を好んでくれていたことに、感謝した。
「真美、行くよ」
その日、ようやく一人歩き出来るようになった娘をベビーカーに乗せて、散歩へ出かけた。
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