第77話 終焉の時

 学生部に望月の事をして1週間ほどが経過し、彼女は停学処分と期間中学内侵入禁止、俺への接触禁止になる事が正式に決定したとの連絡が学生部からあった。

 もし指示に従わなければ退学処分となるらしく、流石にもうこれ以上望月は迂闊な事を出来ないはずだ。

 現にあれから性懲りも無く何度か電話をかけてきていた望月からの着信も、諦めてくれたのか完全に消え失せていた。


「望月の件もとりあえずは解決したし、俺の就活も完全に終わったからやっと枕を高くして寝れそうだ」

 

 5月末で全ての企業の選考が終了し、四菱商事以外に四井USJ銀行と遠江銀行、野街証券の計3社から内々定を得ており、熟考の末に四菱商事の内々定を承諾すると決めたのだ。


「色々な問題が解決して良かったね、お兄ちゃんお疲れ様」


 紫帆も望月の件に関してはかなり心配をしていたらしく、安堵の表情を浮かべていた。


「紫帆も色々助けてくれて本当にありがとな」


「別にいいよ、全部大好きなお兄ちゃんのためだから。それよりもそろそろ実乃里さんの家に行こうよ」


 今日はこれから実乃里の家で俺の就活終了記念パーティーをする予定なのだ。

 このパーティーは紫帆と実乃里が2人でいつの間にか計画していたもので、前々から水面下で準備を進めていたらしい。

 最近、紫帆と実乃里がタイミングを合わせて何度か一緒に出かけているらしかったため不思議に思っていたが、ようやくその行動の謎が解けたのだ。


「今日は雨が降ってるからバイクだと結構危険だし、実乃里の家まではバスで行こうか」


「そうだね、前雨の日に乗ってたらスリップして転けそうになったって言ってたもんね」


「2人乗りだとバランスの関係で特に危ないし、俺もまだ死にたくは無いからな」


 お互いに外出の準備をすると俺が傘をさして2人で並んでバス停に向かって歩き始めた。


「今日は結構雨が降ってるな。この感じだと地元も雨か?」


「東京が雨なら浜松も雨降ってる可能性はそこそこあるんじゃない? それにもうすぐ梅雨も近いから今後は雨に注意しとかないとね」


「だな、昔から天気予報をあんまり見てなかったせいで結構ひどい目にあってきたし俺みたいな奴は特に注意が必要だな」


 バス停に向かいながら2人でそんなたわいも無い会話をしながら雨の音をBGMにして道を歩き続ける。

 以前の紫帆であれば相合傘中ならブラコンパワー全開でもっと俺にベタベタしてきてもおかしく無さそうな感じだったが、実乃里とファミレスで話してからはスキンシップが目に見えて減っていた。

 朝ベッドに潜り込んでくる事も無くなったし、過激なスキンシップも無くなったため普通に仲の良い兄妹くらいになったのだ。

 紫帆がブラコンすぎて将来を少し心配していたが、今の感じであれば大丈夫だろう。

 そう内心で考えなから紫帆と雑談しているうちにバス停へと到着し、2人でバスが来るのを待ち始める。


「今日は実乃里さんと一緒に料理とかを色々と作る予定だから楽しみにしておいてよね。あっ、実乃里さんもお兄ちゃんのために頑張るって言ってた」


「2人で作ってくれるのか、それは楽しみだ」


 そんな事を話しているとちょうどバスが到着したため、俺達は早速2人で乗り込む。

 バスの中は雨が降っているという事でそこそこ混んでおり、残念ながら座る事はできそうにない。

 そのため仕方なくつり革を持って目的のバス停に着くまで通路へ立つ事にした。

 しばらくバスで揺られているうちに目的のバス停へと到着したため精算機にICカードをかざしてからバスを降りる。


「後はこの道をまっすぐ行けば実乃里のマンションが見えてくるはず」


「この間も1回行ったから何となく道は分かるよ」


 それから2人で道をまっすぐ進み続けると、俺にとってはもうすっかり見慣れた実乃里のマンションが見えてきた。

 そしてマンションの真下に到着した俺達は傘をたたむとエレベーターで実乃里の部屋がある階へと向かい始める。


「楽しみだな、一体何を食べさせてくれるんだろ?」


「それは着いてからのお楽しみだけど、多分お兄ちゃんが喜んでくれる料理だと思うよ」


 その話を聞いてますます就活終了記念パーティーを楽しみに思っていると、エレベーターが実乃里の部屋のある階へと到着した。

 実乃里の部屋へ歩いて行こうとする俺達だったが、彼女の部屋の前には大きなダンボールを抱えた宅配業者のユニフォームを着た男女2人組の姿が目に入ってくる。

 恐らく実乃里が何か注文したのだろうと思い、荷物の受け渡しが終わるまで離れたところで待つ事にした俺達だったが、彼女が扉を開けた瞬間なんと2人組はダンボールを放り出し嫌がる彼女を無視して部屋の中へ押し入ろうとし始めたのだ。


「おい、あいつら宅配業者じゃ無いのかよ!?」


「お兄ちゃん、それ貸して」


 紫帆は俺が持っていた傘を奪うように手に取ると、無理やり扉を開けようとしていた大柄な男に向かって振り下ろす。


「うげっー!?」


 頭に傘が直撃して悶絶している男を、俺は全体重を乗せてタックルする。

 すると男はそのまま吹き飛んで壁に頭を思いっり衝突させ、完全に気絶してしまった。

 だが、小柄な女の方はそんな男を完全に無視して実乃里の部屋の中へと入っていく。


「おい、待て」


 開いたままになっていた扉から玄関に入ると、そこには実乃里へ馬乗りとなり首を絞めている女の姿があった。

 実乃里も必死に抵抗をしている様子だがかなり苦しそうな様子であり、かなり危険な状態だ。


「辞めろ、今すぐ実乃里を離せ」


 実乃里を助けるために例え相手が女であったとしても容赦無く胴体に向かって渾身の力を込めた蹴りを入れる。

 女は堪らず実乃里の首から手を離して横に倒れ込むが、衝撃で帽子が外れて素顔が見えたその時、彼女の正体が誰であるかか判明した。


「望月、お前こんなところで何やってるんだよ!? どうして実乃里を殺そうとしてるんだ」


「決まってるでしょ、めちゃくちゃ苦労して住所を特定したのも全部この邪魔な女を殺して春樹を奪い返すためよ。だから今すぐ死ね」


 望月は素早く起き上がってポケットから折りたたみ式ナイフを取り出すと、実乃里の心臓目掛けて振り下ろそうとする。

 だが、玄関に入ってきていた紫帆が後ろから傘で強烈な突きを望月の右手に向かって放ち、手からナイフを弾き飛ばす。

 手からナイフが無くなったタイミングを見計らって俺は望月の頭を思いっきり壁に叩きつけて彼女の意識を朦朧とさせた。

 その隙を見て紫帆は実乃里の部屋から持ってきたロープで望月の手足を縛り、スマホでどこかへ電話をかけ始める。

 恐らくは110番して警察に通報しているのではないだろうか。


「春樹君、怖かったよぉぉ!」


「もう大丈夫だから」


 涙で顔がぐちゃぐちゃになった状態で駆け寄ってきた実乃里を俺は力強く抱きしめて、頭をゆっくりと撫でる。

 こうして望月と大柄な男は住居侵入罪と殺人未遂罪で警察から逮捕される事になった。

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