第59話 散策2日目

「……もう朝か」


 貸切露天風呂から出て部屋でしばらくの間くつろいでいた俺達だったが、普段はあまり飲まないアルコールを久々に飲んだことで色々と羽目を外してしまい、気付けば朝を迎えていた。

 後ろから抱きついてすやすやと眠る実乃里を起こさないようベッドからそっと起き上がると、窓に向かって歩き始める。

 酔ってそのまま寝てしまったせいで昨晩入り損ねてしまった各部屋に設置されている露天風呂に、今から目覚ましがてら入るつもりなのだ。


「朝からお風呂に入るってちょっと贅沢な気分になるな」


 俺は着ていた浴衣と下着をその場に脱ぎ捨てると、ゆっくり窓を開けてそのまま浴槽の中に入っていく。

 朝になりはっきり見えるようになった露天風呂からの景色を楽しみながらしばらく入浴していると、突然窓が開かれる。


「……おはよう、春樹君」


「おはよう、実乃里」


 窓を開けて現れたのは眠そうな表情をした普段よりもテンションがかなり低めな実乃里だった。


「思ったよりも起きるのが早かったな、後1時間くらいは起きないかなと思ってたのに」


「……抱き枕にしてた春樹君がいなくなったから寝心地が悪くなって目が覚めちゃった」


 朝がめちゃくちゃ弱い実乃里にしては早起きだなと思っていたが、どうやら俺のせいらしい。


「どうせなら実乃里も一緒に入ろうぜ、目が覚めるかもよ」


「……うん、そうする」

 

 相変わらず眠そうな表情で目を擦りながら頷いた実乃里は、浴衣と下着を脱ぎ眼鏡を外して全裸になると俺の隣へ入ってくる。

 最初は眠そうな様子だったが、次第に目が覚めてきたのか徐々にテンションが高くなっていき、露天風呂から上がる頃にはいつもの明るい実乃里になっていた。

 露天風呂から出た後はそれぞれ朝の準備を終えて食事処で朝食を食べ、荷物をまとめて宿をチェックアウトすると2日目の散策を始める。

 まずは家族や友人に買って帰るお土産を探すために温泉街の売店を2人で巡り始めた。


「へー、九相津くそうづ温泉って温泉まんじゅうが定番で人気のお土産なのか」


「こしあんが甘くて美味しいし、これならみんな喜びそうだね」


 試食を食べてすっかり気に入った実乃里は温泉まんじゅうの入った箱を手に取っている。


「こっちには地酒が置いてある。父さんが喜びそうだし、父さん用の土産はこれで決まりだな」


 俺の地元にある地方銀行、遠江とおのうみ銀行で支店長として働いている父さんは昔からめちゃくちゃお酒好なため地酒を買って帰れば喜ぶに違いない。

 俺と実乃里はお土産を買ってあちこち歩き回っているうちに疲れてしまったため、温泉街の外れにあった足湯で休憩する事にした。


「これで足湯は5箇所目だね、後は最後に残ったバスターミナルの所に入ればコンプリートだよ」


「そこは帰る前に入ろう」


「そうだね、バスの待ち時間とかに入ろう」


 しばらく足湯で雑談をしながら休憩した俺達は、引き続きお土産探しを続ける。

 そんな中実乃里が何かを見つけたようで突然足を止めて俺の方を向く。


「ねえねえ、射的場があるよ。ちょっと気になるし入ってみない?」


「面白そうだな、よし行こう」


 建物の中へ入ると広い射的場にズラリと並べられた景品と、他の観光客達が射的して盛り上がっている様子が目に入ってきた。


「結構難しそうだけど楽しそう」


「ゲームセンターのシューティングゲームで鍛えた実力を見せてやる」


 店員から一通りの説明を聞いた俺達は早速コルク弾を買って2人で射的を始める。


「あっ、やった。見て見て、春樹君的が倒れたよ」


「おめでとう、この調子でどんどん倒していこう」


 倒した的の点数で景品が貰えるとの事なので、積極的に配点の高い的を狙ってコルク銃を撃っていく。

 コルク銃のため中々狙い通りに弾は飛んでいかず的も中々倒れてはくれなかったが、的が倒れる度にお互いに盛り上がる事ができたので日頃のストレス発散にもなり結構楽しめた。

 射的の景品を貰った俺達は大満足で射的場を後にし、今度は昼食を食べるためにガイドブックに乗っていた人気の洋食専門店へと向かう。

 人気店という事で果たして待ち時間がどれくらいになるのかと心配する俺達だったが、到着すると予想以上に空いていた。


「平日に来て正解だったね、昨日だったら絶対混んでたよ」


「だな、真面目に単位を取って全休にしておいて正解だったな」


 席に案内された俺達はガイドブックに乗っていた、この店で一番人気メニューであるハンバーグ定食を注文する。

 流石人気店の一番人気という事で熱々のハンバーグは非常に美味しかった。

 昼食後は今回の旅行最後の目的地である、とんぼ玉作り体験の工房へと足を運ぶ。

 到着した俺達はインストラクターの指示に従ってガスバーナーでガラス棒を溶かして形を整えていく。


「だいぶ形が整ってきた」


「私の方もだいぶ丸くなってきたよ」


 俺は緑、実乃里は青のとんぼ玉をそれぞれ作っていて、丸い形となったそれにガラス棒で柄を加え始める。

 この辺りの作業は性格がでるらしく、割と大雑把な俺に対して実乃里は丁寧に柄を刻んでいた。

 それから熱を冷ましすために除冷剤の中に作ってきたとんぼ玉を突っ込みしばらくの間待つ。

 その間に俺達はとんぼ玉に付けるアクセサリーパーツを2人で選び始めて俺はストラップ、実乃里はネックレスを選んだ。


「結構綺麗だな、早速リュックに着けるか」


「私もせっかくだし着けて帰るよ」


 完成した世界に一つだけのとんぼ玉にそれぞれアクセサリーパーツを取り付けた。


「っと、もうこんな時間か。そろそろバスターミナルに行こう」


「名残惜しいけど、そろそろ帰らないとね」


 工房を出てバスターミナルへ到着した俺達は、まだ入っていなかった最後の足湯に入りバスが来るまで時間をつぶし始める。


「今回の旅行は楽しかったよ、ありがとう春樹君」


「どういたしまして。俺こそ実乃里と旅行できて楽しかったぜ、ありがとう」


 こうして実乃里の誕生日祝いである今回の九相津温泉旅行は幕を閉じた。

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