第44話 修羅場の予感

 今日はバイトも何もない完全にオフの日曜日、連日のインターンで疲れていた俺は、家でゆっくりと休んでいた。

 昼間っから着替えもせずパジャマ姿のままリビングに寝転がってタブレットで映画を見ていると、だんだん時間の無駄遣いをしているような気分になってくるが、たまにくらいは許して欲しい。

 ちなみに紫帆は朝早くから大学に行っていないので、家の中は俺1人となっている。

 今日は平成大学が夏休みに数回開催しているオープンキャンパスの第1回目であり、紫帆は所属している剣道サークルの紹介で行っているのだ。


「……そう言えば実乃里も参加するって言ってたっけ」


 今日のオープンキャンパスには実乃里も文学部の学部紹介スタッフとして参加しているらしい。

 本当は今日どこかへ一緒に遊びに行きたい気分だったのだが、夕方まで忙しいと断られていた。

 昔から実乃里はボランティアなどへは積極的に参加しているらしく、今日のオープンキャンパススタッフもその一環なのだろう。


「夏休みも公務員の対策講座とかあって忙しいだろうに、実乃里は凄いな」


 そんな実乃里のボランティア精神溢れる優しい性格に感動しつつ映画を見ていると、床に置いていたスマホから突然チャットアプリの通知音が鳴り響く。


「メッセージ? 一体誰からだろう」


 俺はゆっくりと起き上がりスマホを手に取りロック画面に表示された通知を見ると、どうやらメッセージの送り主は実乃里らしい。

 またいつも通りの世間話やら雑談やらが送られてきたのかなと思いつつスマホのロックを解除してチャットアプリを開いた俺は、その内容を見た瞬間に全身が凍りつく。

 メッセージには短く”ねえ、春樹君。もしかして浮気とかしてないよね?”と書かれていたのだ。


「えっ、なに。これってどういう意味!?」


 全く身に覚えのない浮気を疑われた俺は、軽くパニックとなり激しく取り乱してしまう。


「と、とりあえず一旦実乃里に電話してみよう。今のままだと状況が全く分からないし」


 このまま悩んでも埒があかないと思った俺は思い切って実乃里に電話をかける事にした。


「はい、朝比奈です」


「もしもし、春樹だけど……」


 電話をかけると実乃里はすぐに出てくれたのだが、その声のトーンは普段よりも明らかに低くい。

 普段とは違う実乃里の雰囲気にほんの少し圧倒される俺だったが、このまま黙っていても問題は何も解決しそうにないため、思い切って話を切り出す。


「メッセージの内容に全く心当たりが無いんだけど、何かあったの?」


「私さ、今日見ちゃったんだ。背が高くて茶髪でショートヘアの女の子と春樹君が仲良さそうにツーショットしてる写真を……」


 そこから実乃里は出来事の一部始終についてを俺に対して一方的に語り始めた。

 黙ってその話を最後まで聞いた俺は、その話を頭の中で簡単ではあるが要約してみる。

 まず、実乃里はオープンキャンパスのお昼の休憩時間中、昼食を食べようと学食へ行くと椅子の上に誰が忘れたであろうスマホが置きっぱなしになっているのを見つけた。

 このままでは持ち主が困ると思った実乃里は、スマホを学食のスタッフへ忘れ物として渡そうとする。

 そんな時、スマホと透明なケースの間に写真が挟まれている事に気付いた。

 持ち主の手掛かりになるのでは無いかと思い写真を見ると、なんとそこには見知らぬ女性と俺がまるで恋人のように映っていたのだ。

 それを見た実乃里がスマホを持ったままショックで固まっていると、写真に映っていたスマホの持ち主と思わしき長身で茶髪でショートヘアの女性が現れる。

 そしてスマホを持っていた実乃里に気付くと一言お礼の言葉を述べた女性は、予定があって急いでいたのかそれを奪い取るようにして去って行ったらしい。

 以上が実乃里が俺に話してくれた内容の簡単な概要である。

 長身で茶髪でショートヘア?そんな奴俺の知り合いにいたっけ……そんな事を実乃里の話に相槌を打ちながら考えていると、その正体に気付いてしまう。


「……あっ!?」


 よくよく考えれば特徴全てに合致していて、なおかつ平成大学に通っている奴がめちゃくちゃ身近に1人だけいた。


「それって絶対紫帆じゃん!?」


 紫帆は平均身長の実乃里よりも10cm高い168cmあって女性としては長身の部類に入るし、髪型も茶髪でショートヘアだ。

 そう言えば、新しいマンションに引っ越したばかりの4月に、ショッピングモールで恋人のデート中にしか見えないプリクラを紫帆と撮った記憶がある。


「あいつ、ハートマークの中にデートnowとか書いたやばいプリクラを、よりにもよって透明で透け透けなスマホケースの内側に挟んでたのかよ……」


 誤解されるから絶対人には見せるなと言っておいたはずだが、まさかあんな丸見えな所に挟んでいるとは思いもしなかった。

 とりあえず紫帆は帰ってきたらキツいお仕置きをするとして、今は一刻も早く実乃里に説明するのが先決だ。

 俺は実乃里の誤解を解くために、プリクラ映っている人物が正真正銘の妹だと必死に説明し始めるのだった。

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