第29話 いつか必ず

 疲れて2度寝したい気持ちを抑えて大学へ行き、1限の授業を終えた俺は空きコマである2限の時間帯に大学の図書館へ来ていた。

 目的は夏休み辺りから始まる企業の夏インターンの情報収集をするためだ。

 図書館には就職四季報やエントリーシートや面接対策本など、就活関係で役立ちそうな書籍が多数置いてある。

 俺は本棚から四季報を引っ張り出すと、近くの席に座って読み始めた。


「やっぱり書類選考と面接、筆記試験があるよな」


 四季報に乗っていた総合商社や都市銀行、外資系など、俺の志望している有名大企業はインターンシップの段階から本格的な選考があるようで、対策は必須と言えるだろう。

 俺は四季報の該当ページを印刷するために図書館内に設置されたコピー機へと向かい始める。

 図書館の中にはスーツ姿の学生がちらほら座っている姿が確認でき、恐らく彼らは就活中の4年生ではないかと俺は感じていた。

 そんな事を思いながらコピーしていると、前からチャラそうな格好をした見覚えのある人物が歩いてくる。

 そいつは俺の存在に気付くと、面倒な事にこちらへと向かってきた。


「ストーカーカンニング男の綾川じゃん」


 そう、俺が大学内で会いたく無い人物ランキング、1位の秋本だ。

 広いキャンパスの中でよりにもよって1番会いたく無い秋本と遭遇してしまった俺は最悪の気分となっている。


「お前のせいで代表の俺が学生部に呼び出されておっさんから説教されるし、反省文書かされた挙句1ヶ月活動停止になるし、マジで最悪なんだけど」


 秋本は苛立ったような表情でそんな事を話しながら俺に詰め寄ってきた。

 一瞬何のことを言っているのかと思ったが、この間学食で起きた一件について文句を言ってきているらしい。

 どう考えてもコップを投げつけた加藤が悪いと思うのだが、どうやら全て俺が悪い事になっているようだ。


「ふーん」


「次何か大きな問題を起こしたらサークルの公認を取り消して解体するとまで言われたんだぞ、お前って本当疫病神だな」


「あっそ」


 まともに話していても時間の無駄だと分かっている俺は適当に相槌を打ちながらコピーを続ける。

 すると俺の態度に苛立った秋本はコピー機の排紙トレイに出ていた用紙を勝手に掴んできた。


「さっきから何をコピーしてんだよ、ストーカーとかカンニングのやり方か?」


「おい、返せ」


 俺は取り返そうとするが、その前に秋本はコピーした中身をジロジロと見つめる。


「四菱商事に四井USJ銀行、シルバーマンサックスのインターンシップ……? お前馬鹿か、うちの大学から総合商社とか外資系なんて行けるわけないだろ、成績優秀者のくせに頭悪すぎかよ」


 秋本は俺を見下す様な、馬鹿にする様な表情となり、そう口を開いた。

 一応毎年内定者のいる都市銀行とは違い、西洋大学から総合商社や外資系に内定する学生は今までの長い歴史の中でほんの僅かしかいないらしく、世間では学歴フィルターがあるから絶対に入れないと思われているかもしれない。

 だが、就職課の資料を見ていると、内定には至らなかったもののエントリーシートや筆記試験を突破して面接に呼ばれた学生が存在している事を俺は知っている。

 もし学歴フィルターが存在しているならエントリーシートの段階で落選となるため、面接に行けた学生がいる時点でそれはあり得ない。

 つまり、内定は狭き門ではあるが、俺にも十分チャンスがあると言えるのだ。


「余計なお世話だ。それより全然就活してるように見えないけどお前は大丈夫なの? ひょっとして諦めてるんじゃないだろうな」


 秋本から煽られた俺だったが、特に興奮する事もなく冷静に煽り返す。

 ちなみに就活をしていないように見えた理由は単純で、髪型や髪色がずっと派手なままだったからだ。

 面接を受けるために髪を就活仕様にする4年生は多いのだが、秋本は全く変わった様子が無い。

 俺の言葉を聞いた秋本が怒り狂う事を密かに期待していたのだが、予想外の反応が返ってくる。


「残念だったな、俺は親のコネで電報堂でんほうどうに入れるから他の奴らみたいに必死こいて就活なんてする必要ないんだわ」


「……えっ!?」


 ”電報堂案件”という言葉がSNSのトレンドに入るくらい世間をたびたび騒がせているが、電報堂は日本最大手の広告代理店であり、毎年就職ランキングの上位に位置する大企業なのだ。

 そんな電報堂に秋本が何の苦労もなくコネで入社をするらしく、俺は理不尽に感じると同時に怒りが込み上げてくる。


「せいぜいインターンシップに参加して企業のおっさんの機嫌を取る事だ。そしたら総合商社の雑用とか、外資系のトイレ掃除のバイトくらいで採用して貰えるかもな」


 秋本はそれだけ言って満足したのか、先程までサークルの件で怒っていた事などすっかり忘れ、勝ち誇った様な顔をして去っていった。

 俺の初めての彼女を寝取った挙句、冤罪をふっかけてサークルを追放するような人間の屑である秋本が順風満帆の人生を歩むのは本当に許せない。


「秋本め、いつか絶対に後悔させてやる……」


 俺は秋本を必ず地獄に落としてやると強く心に誓った。

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