第27話 行き過ぎた紫帆の落書き

 新しいマンションに住み始めてから約1週間が経過した日曜日の昼下がり、俺は紫帆と近くのショッピングモールへ買い物に来ていた。

 2人で生活しているうちに必要な物が色々と出てきていたので、今回の機会に調達をするつもりだ。

 大学生となり新しい環境で疲れているであろう紫帆を家でゆっくりと休ませるために最初は俺1人で行くつもりだったのだが、私も行きたいと言い始めたため一緒に行く事となっていた。

 ただの買い物のはずなのだが、紫帆のテンションは異様に高く、楽しそうな様子に見える。

 少し前まで落ち込んでいた紫帆が元気になったのは嬉しい事だが、あまりにも高いテンションを不思議に思った俺が理由を尋ねると……


「お兄ちゃんとのデートなんだよ?テンションくらい上がるよ」


 との事らしい。

 気付けば俺は紫帆にショッピングモール内を連れ回され、買い物そっちのけで遊ぶ羽目になっていた。

 だが受験勉強で忙しかった紫帆とはしばらくの間遊ぶ機会が無かったので全然嫌ではなく、むしろ楽しいとすら感じている。


「あっ、お兄ちゃんプリクラ撮ろうよ、プリクラ」


 あちこち回った後にゲームセンターで遊んでいた俺達だったが、プリクラ機を目にした紫帆がそんな事を言い出した。


「プリクラって兄妹で撮るもんなのか? 俺の中では恋人同士でやるイメージがあるんだけど……」


「兄妹で撮るくらい別に全然普通だよ、じゃあ行こっか」


 正直俺はあまり乗り気では無かったのだが、紫帆に手を引っ張られプリクラ機の中へと入る。

 俺はプリクラを撮った事が無かったので何をどうすればいいか全く分からなかったが、紫帆は手慣れた様子で機械を操作していき、あっという間に撮影直前になった。

 撮影のカウントダウンが始まったので適当にポーズを取っているとカウントが0になる瞬間、紫帆から抱きつかれる。

 突然の事に驚いた俺は変な表情となってしまうが、直す間も無くシャッター音が辺りに響き渡った。


「おい紫帆、変な顔になったんだけど」


「えへへ、ごめんね」


 一切心のこもっていない謝罪の言葉を口にする紫帆に対してそう抗議するが、次のカウントダウンがすぐに始まったので、気を取り直してポーズを取る。

 それから5回ほど撮られたところで撮影が終了し、画面に撮った画像の一覧が表示された。


「うわ、やっぱり最初に撮った奴、めちゃくちゃ変な表情になってる……」


「本当だ、こんな表情のお兄ちゃんとか今まで見たこと無いよ」


 ニヤニヤとした表情で俺にそう話してくる姿を見て文句を言いたくなるが、紫帆は昔から悪戯好きな性格だったため、言っても無駄な事を悟り諦める。

 そんな事を考えていると、紫帆はタッチペンを使ってプリクラに落書きを始めた。

 その様子を俺は後ろからぼんやりと眺めてみていると、紫帆はとんでもない落書きを始める。


「ちょっと待て、この落書きはダメだろ」


 なんと紫帆はプリクラに大きなハートマークを書き、さらにその中に”デートnow”という文字をデカデカと書いていたのだ。


「えっ、何がダメなのよ?」


「ハートマークだけならまだしも、デートnowって文字は流石にまずいだろ。これだと色々と誤解を受けそうな気がするんだけど……」


 何言ってるのか分からないと言いたげな表情をしている紫帆に、俺はそう話した。

 ハートマークだけであればまだギリギリセーフな気がするが、そこにデートnowという文字が加わる事で、カップルのプリクラにしか見えなくなる。

 もし道行く人にこのプリクラを見せたとしたら、恐らく多くの人が俺と紫帆の事をカップルと思うに違いない。


「なんだ、そう言う事か。別に私は誤解されても全然気にしないから大丈夫」


 俺の説明に納得した紫帆は、心なしか嬉しそうな表情でそう答えた。


「紫帆が良くても俺が困るんだよ」


 もしこのプリクラを実乃里に見られてしまったら大変な事になりそうな予感がする。

 万が一そうなってしまったら妹だと説明して誤解を解く必要があり、色々と労力がかかってしまうだろう。

 俺がそんな事を考えていると、目の前に立つ紫帆は膨れっ面となる。


「お兄ちゃん、今彼女の事を考えたでしょ? デート中に他の女性の事を考えるのはマナー違反だよ」


 紫帆は少し拗ねたような顔をして、俺にそう捲し立ててきた。

 その勢いに圧倒された俺は、つい反射的に謝罪をしてしまう。


「ご、ごめん」


 謝罪の言葉を聞いた紫帆は言質を取ったと言いたげな顔になり、ゆっくりと口を開く。


「お兄ちゃんが悪いと認めて謝るんなら許すしかないよね、その代わりこのプリクラの事も認めてよね」


 反射的に謝ってしまった事を俺は激しく後悔するが、今更取り消しにできそうな雰囲気ではない。


「……分かったよ、でも他の人には絶対見せるなよ」


「やったー、ありがとう。お兄ちゃん大好き」


 俺が渋々プリクラの落書きについて認めると、紫帆はあざとい表情となり、そう言ってきたのだ。

 口は災いの元だと、俺は改めて実感させられた。

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