烏は翔ける 小話

星河未途

小話一、広瀬姉妹のクリスマス

「茉実、クリスマスにサンタさんからもらいたいものある?」

 十月某日、私は居間のソファで毛布とぬいぐるみに戯れている茉実にそう聞いた。

「くりすます?」

「そう。何かプレゼント欲しくない?サンタさんに手紙を書いて伝えるから」

去年まではプレゼントとしてほしいであろうものが送られてくる方式だったため、戸惑いの方が大きいようだ。少しばかり視線が中空をさまよった後、

「かんがえとくー」

と返ってきた。日を見て、また話しかけようと思っていたら、思わぬタイミングで決まった。


  ◇


 十一月十六日、奈緒と高宮君との勉強会の翌日、保育園の帰宅中、唐突に、

「おねえちゃん、ぷれぜんと、ままごとがしたい」

と言われたのだ。

「ままごと?おままごとのセット?」

「うん。さんたさんに、くださいって、いって」

「う、うん。分かった、伝えておくね」

何の心境の変化があったのか、あっさりとクリスマスプレゼントは決まった。


  ◇


 それからは頻繁に茉実がプレゼントのことを口にするようになった。十一月の後半のある日は、夕ご飯の準備をしていると、茉実が台所にやってきた。私がまな板で玉ねぎを切っている様子を観察しながら口を開いた。

「りょうりしたいな」

「まだ危ないから、もう少し経ってからね」

「ええー、さんたさん、くれるんじゃないの?」

「ああ。うん。もう少しだね」

まな板の上の玉ねぎを見ながら会話をする。手元が狂うと大変だ。今火は使っていないけれど、茉実が何かを弄って怪我をしないようにしないといけない。

「おにいちゃんとも、おままごとするのー」

「じゃあ、また家に来てもらわないとね」

「…」

「茉実?」

急に茉実が黙ったので声のしていた方向を見ると目を押さえていた。

「いたい…」

「ああ、玉ねぎで目が沁みたんだよ。ソファの方に行ってて。玉ねぎのそばにいると沁みるから」

「はあい」

かくいう私も多少やられている。トコトコと居間に移動する茉実の小さな背中を見送った後、水道水で簡単に眼を洗った。玉ねぎの中に含まれる目を沁みさせる成分は水に引っ張られるらしい。前に情報番組で知った。眼を洗って少しは楽になった。髪を洗うときに目にお湯が入ることすら嫌う茉実には、使えない荒業である。茉実が好きなハンバーグを作るには必要な工程ではあるけれど、好物にしている本人が、その材料である玉ねぎの汁に一番弱いのはいかんともし難い。


  ◇


 そんなこんなで訪れた十二月二十五日、クリスマス当日の朝。プレゼントはサンタクロースやクリスマスツリーの描かれた赤い包装紙に包まれ、茉実の布団の枕元に置かれていた。保育園がある日でありながら、起き抜けに茉実は枕元にあるそれを見つけて、目を見開き、歓声を上げた。眠気も飛んだようだ。昨日の夕ご飯でも鳥の足にから揚げ、ジュースなどの御馳走でハイテンションになって、そのまま寝付くのが遅くなったのに。四歳児の体力が無尽蔵なのか。それとも茉実が、特別体力があるのか。姉である私は寝不足と疲労と、今日の高宮君との読書会に対しての緊張で、朝から満身創痍なのに。

「さ、さんたさん、ぷれぜんと、あ、あけていい?」

「いいよ。でも今日も保育園あるから、ゆっくりはできないからね」

「うん」

幼児でも感動すると語彙力が著しく落ちるらしい。それ以外の支度をしながら、プレゼントに感動している茉実を盗み見る。布団の上にびりびりに破かれた包装紙とままごとセットの箱、箱の周りに広がるおもちゃのフライパンや包丁、まな板、トマトなどの野菜。また一つ、おもちゃの鍋と取り出しながら、輝いた笑顔で観察するパジャマ姿の茉実。あんなに喜んでくれるとは思わなかった。胸のうちにじんわりと温かさが広がっていく。朝の忙しい時間ではあるけれど、この様子をもう少し、じっくりと見守りたい気持ちでいっぱいだった。

 横に気配を感じると、茉実の様子を覗き込んでいる人影がもう一つ。

「良かった、気に入ってくれたみたいだ」

父はそう言って、支度に戻っていった。

「そうだね」

私も、静かに台所に戻った。朝ご飯ができたらさすがに着替えるように促さなくてはいけないのを心苦しく思いながら。


  ◇


 保育園に行く時間になり、姉妹揃って家を出る。道すがら茉実は、

「おままごとね、おねえちゃんと、おにいちゃんがふうふね。まみはこども。いいでしょ?」

と言った。

それはどういう意味なのか、茉実の中で高宮君はどういう存在になっているのか。詳しいことは分からなかった。多分理由を聞いても私には分からない。でも一言、これは言えた。

「お父さんと奈緒は?」

「あ、そっか。えっとね…」

冬の朝は暗い。特に当時を過ぎてすぐの居間の時期は殊更暗い。その暗い景色を太陽が優しく照らし始めていた。

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