87)あの時の約束

 「……! どくんだ、仁那! どんな理由が有ったとしても薫子さんがした事は許されない事だ。仁那が許しても利用された小春はそうじゃない!!」

 「わたしは、構わない!! 今のわたしは小春よ! 玲人君!」

 「……今度は、小春、なのか!?……」


 目まぐるしく変わる、小春の状態に玲人は驚愕しながら問い掛ける。


 「うん……今、目が覚めた。そしたら、玲人君が薫子先生を打とうとしてたから……びっくりして慌てて仁那に替って貰ったんだ。ねぇ、玲人君。わたしは……薫子先生がわたしを仁那の為に利用する心算だった事は途中から分ってたよ……」


 「小春ちゃん……貴方……」

 「小春……君は何故……?」


 小春の言葉に驚いたのは薫子だ。玲人にすれば如何して分っていて利用されたのかが分らなかった。小春はそんな二人の様子に構わず続ける。


 「流石に分かったよ……だって入院とか色々おかしい事ばかりだから。それに何より、薫子先生のわたしを見る目が、その……普通じゃなかった。 だけど、逆に薫子先生が仁那の事を強く思う必死さが伝わって、その気持ちは玲人君と同じだって分った。

 玲人君、薫子先生はね……仁那を助ける為、自分自身をずっと犠牲にして来たの……そしてそれは玲人君と同じよ。

 だから、わたしが“そんなの、終わらせよう”って自分で決めた。薫子先生は最初からわたしを使う気だったけど、きちんと選ばせてくれたわ。

 今のわたしが“こうなった”のはわたしの意志なの。だから薫子先生は悪くない」


 

 小春の言葉を聞いた薫子は目を瞑り、涙を零した。そして軽く首を横に振り、静かに答えた。



 「……有難う、小春ちゃん。だけど私の罪深さは自分で分ってる。それでも私は自分がした事に後悔は無い。今日の事は仁那ちゃんが生きる為、絶対に必要な事だったから。

 だからと言って私達の都合で小春ちゃんを巻き込んだ事は許されない事よ。本来なら仁那ちゃんの事は、私達の中で解決すべき事だった筈なのに……

 だから、妹の早苗が望んだ通り私は小春ちゃんに残りの人生を掛けて償う事を誓うわ」


 薫子の誓いを聞いて、玲人は薫子を責める気が薄れていくのを感じた。小春の事を案じる余り薫子を責めようとしたが、薫子の言う通り、仁那の問題は間違いなく大御門の問題だ。対して自分は如何だったのか? 


 仁那のを守る為、戦って来たのは確かに事実。


 しかし仁那自身を助けるという事では任せっきりだった自分に薫子を責めるのはお門違いだ、と気付いた玲人は自分の気持ちを薫子に伝えた。

 


 「……薫子さん……俺は貴方が小春に対し行った事については正直腹に据えかねる気持ちだ。だが俺自身、仁那の体については貴方に頼り切りだった事から俺も貴方と同罪だ。貴方が言う様に仁那の件については俺達皆で解決すべきだった。そんな俺に貴方を責める事は出来ない」



 其処まで薫子に語った、玲人は小春の方を向きその黄金の瞳を真っ直ぐ見据え、話を続けた。



 「俺が今、やるべき事は君に侘びる事だ、小春。仁那の事で君には、とんでもない迷惑を掛けた。大御門に連なる者として、深くお詫びする……本当に、申し訳なかった」


 そう言って玲人は小春に深く陳謝した。そして小春の目を見て語る。



 「小春、君に俺や仁那の事で大きな負担を掛けた。そして自らを犠牲にしてまで、俺の母さんである早苗と、姉である仁那の命を救ってくれた……その事が切っ掛けで俺の父の修一にも会う事が出来た。

 君には途轍もない借りが出来てしまった。どう償っていいか分らない程の大き過ぎる借りだ。だからこそ、あの時の約束を果たそう」



 そう言って玲人は小春の手を握る。対する小春は玲人が語る“あの時の約束”に期待で胸が一杯になった。


 「……れ、玲人君……“あの時の約束”って……」


 玲人は小春の問いに頷いて答え、次いで声を上げて小春に誓う。


 「今、此処に俺は誓う。俺は、大御門玲人は君の為、共に生涯を生き、君を守る事を誓う」


 「…………」



 小春に対して、そう誓った玲人は、小春が俯き震えている事に気が付いた。



 「……小春……?」


 “ガバッ”


 感極まった、小春は涙を流しながら玲人に思いっ切り抱き着いた。その勢いで薫子が掛けたシーツがふわりと床に落ちてしまったが、小春は気付かなかったのか構わず玲人の胸に顔を寄せた。

 

 「嘘みたい……まさか……まさか、こんな日が来るなんて……ねぇ、玲人君……本気で言ってるの……?」


 小春の真剣な問いに玲人は真摯に答える。


 「無論、本気だ。君と共に生きる事は君の中に居る母の早苗と姉の仁那と共に生きる事だ。それは俺の中に居る父の修一も強く望んでいる。此れまで姉の仁那の為に生きてきた俺にとって、君と、いや君達と共に生きる以外の道は無い。

 俺の、俺達家族の都合に巻き込んでしまって済まない……その、イヤとは思うが……是非、そうさせてくれ」


 玲人の願いに小春は玲人に一段と強く抱き締め、その胸に顔を埋め玲人に囁く。


 「……イヤな訳無いよ……わたし達こそ、玲人君……いえ、玲人君達と一緒に生きたい。その為に、わたし達は長い、長い旅を続けて……来たの……わたしは、エニとして、マセスとして、そして小春として……貴方と悠久の時を共に、生きて……行きたい」

 


 玲人は小春の言っている事で意味が分らない事が有ったが、取敢えず小春の事を抱き締める事が正しい事だと思い、そっと優しく抱き締めた。


 小春の胸には、あのシャンパンガーネットのネックレスが輝いていた……



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