85)母

 玲人は大御門総合病院から、タテアナ基地に入るまで玲人は焦る気持ちを押さえられなかった。


 その理由は坂井少尉から基地の方に連絡は来ていたが、複数の認証は免れる事は出来ず、病院から基地内に入るまでに幾分か時間を浪費した為だ。

 

 シェルター構造であるタテアナ基地自体は大御門家が全額負担して建設した設備であり自衛軍は間借りした形で駐屯していた。


 その為、タテアナ基地の幾つかの重要な施設は大御門家の人間による生体認証により利用出来る様になっていた。特に大御門家のプライベートルーム関連は例え自衛軍であっても入れない様、厳重に作られていた。


 玲人は仁那と自分の部屋に到着し、中に居るだろう薫子にインターフォンで呼び掛ける。



 「薫子さん! 俺だ、玲人だ。確認したい事が有る、中に入れてくれ!」



 しかし、薫子からの返答は無い。玲人は併設されている認証装置に複数の生体情報を入力し、ドアを解除した。


 仁那の自室である20畳位の部屋の中心には直径1.5m位の皿状のトレイが有り、何時もなら其処に仁那が居る筈だが……何処にも居ない。玲人は思わず呟く。


 「仁那……一体何処へ……うん?」


 玲人が部屋を見渡すと、何時の間に設けられたのだろうか、部屋の奥に地下へ続く階段が見えた。

 

 玲人は迷う事無く階段を降りようとした。すると、


 “ガシャーン!!”


 何かが倒れる音が聞こえた。


 (何かが起こっている!)


 そう感じた玲人は油断なく急いで階段を駆け下りた。



  階段を下りて見たものは、急ごしらえで作られたであろう、武骨で仕切りも何も無い広い円形の部屋だった。部屋の中心に巨大な台座があり、それを取囲む様に太い柱が6本、円状に並んでいた。



 その部屋で玲人は驚くべき光景を目にした。



 小春が仁王立ちしており、右手を前方に差し出している。その恰好は全裸で何も羽織っても無い。


 差し出された右手の先には薫子が居た。但し空中に浮かび、体中にケーブルでグルグル巻きにされている。ケーブルは蠢き生き物の様に薫子を今も締め付けている。


 部屋の脇には机が有るが、机に乗っていたであろう様々な機材や書類が床に散乱している。音の原因はそれらが落下した為だろう。

 

 玲人は小春の様子を一目見て分った。小春が能力を発動させ、ケーブルを操っていると。


 (止めさせないと!)


 そう思った玲人は、小春に大声で呼び掛ける。



 「小春!!」



 玲人の声を聞いた小春は、ゆっくりと振り返り、小晴らしくない笑みを浮かべた。


 何というか、妖艶な笑みだった。そしてその瞳は、仁那と同じ金色に輝いていた。一糸纏わぬ体には玲人があげたネックレスが光っていた。


 小春は面倒臭そうに薫子を床に放り投げた。其れにより、ケーブルが絡まって動けないみたいだが、息が出来る様になった様で苦しそうに咳き込んでいる。


 一先ずは無事な様で玲人は安心した。



 玲人が小春の方を見ると、小春は全裸で有るにも関わらず恥じらう素振りも見せず、ゆっくりと近付いてきた。そして小春は玲人の首に両手を絡ませ、抱き着いて玲人の顔を引き寄せた。


 慌てたのは玲人の方だ。何せ小春は全裸であり、しかも抱き着いてくる等予想が出来ない行動だった。沈着冷静な流石の玲人でさえ焦った。



 「……こ、小春……此れは一体?…」



 玲人に問われた小春は心底嬉しそうに金色になった美しい瞳に涙を浮かべながら微笑みを浮かべ、そして突然口付をして来た。


 驚いた事に小春は舌を玲人に唇の中に絡めてきた。困惑して無抵抗の玲人の唇を一頻り堪能した小春は少し残念そうな顔をしながら玲人を間近に見つめて小さく呟く。



 「……修君……玲君……やっと、やっと会えたよ……」



 そう言って、我慢ならないと言った様子で小春はその美しい輝きの両目に涙を一杯溢れさせ、もう一度玲人に情熱的な口付をした。

 

 乱暴で官能的な口付に戸惑い驚いてされるがままの玲人だったが、小春が“修君”と呟いた事に、心の世界で会った父に言われた事を急に思い出し、小春の小さな肩をそっと掴んで小春を引き離して問い掛けた。


 「もしかして……母さん……なのか!?」



 玲人に引き離された小春? は一瞬残念そうな顔をしたが満面の笑みを浮かべ、玲人の首に両手を絡ませながら答えた。


 「そうよ! 流石私の玲君だわ! 仁那ちゃんと同じでとっても頭がいいのね」

 「……父さんが言った通りか……初めまして、母さん。会えて嬉しいよ」

 「ええ! 私もよ!! 所で玲君……修君、修君は如何してるの?」


 「……不思議な話だが母さん、父さんは俺の心の中で元気にしていた。俺もさっき初めて会って母さんの事を聞いたんだ」



 「ああ……修君……本当に……本当に良かった……」



 そう言った小春、いや小春の体を借りている早苗は大粒の涙をボロボロ零す。そして再度玲人を強く抱き締め、自らの顔を玲人の胸に埋め摺り寄せた。


 玲人は早苗が落ち着くまで暫くされるがままだったが、小春と仁那の事が気になって早苗に問い掛ける。


 「母さん、教えてくれ。小春は、仁那はどうなった?」


 玲人に聞かれた早苗は満面の笑みを浮かべ安心させる様に、手を伸ばして玲人の頭を優しく撫でながら答えた。


 「大丈夫! 二人とも無事よ! 小春ちゃんの体に貴方のお母さんである私と、仁那ちゃん、そして小春ちゃんの3人が一緒に居る形になっているわ。これからはずっと私達3人は一緒よ!」


 早苗の返事を聞いた玲人は正直安堵したが何故、突然に“こうなった”か気になった。


  何故3人は一緒になったのか? 

  自分と修一は何故突然に会える事になったのか? 


 恐らく全ての事に小晴と、そして薫子が関係していると思った玲人は早苗に聞いた。


 「……母さん、薫子さんと何があった!?」



 玲人に問われた早苗は、にっこりと玲人に笑みを向け思い出した様に返答した。


 「ああ……そう言えばゴミの後始末の途中だったわ、もう少し待っててね。私の玲君」


 そう言って早苗は薫子に右手を向けた。途端に薫子の体は宙に浮き上がりケーブルが薫子を締め付ける。


 「ううぅぐぅ!」


 薫子は声にならない声を上げ苦しそうだ。その様子を見た玲人は慌てて早苗を制止しようとした。


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