68)過去編-14(脱獄)

2088年2月、中部地方のとある医療刑務所に捜査一課の徳井警部補と黒田刑事がある重罪犯罪者の護送の為に訪れた。


 その犯罪者の名前は元自衛軍の新見宗助である。


 彼は二年半ほど前、臨時国会議事堂を爆発物で国会議員ごと、爆破しようとした内乱罪に問われ、裁判の結果無期懲役刑となり、刑務所生活を送っていた。

 

 しかし無くした右腕の影響か、未来のない刑務所生活の影響なのかは不明だが重度の精神疾患を患い、錯乱状態になって自傷行為や奇声を発する様になり、一年ほど前にこの医療刑務所に搬送された。


 漸く、精神疾患の改善が見られた為、刑務所に護送される事になっていた。


 「……ここか」


 捜査一課の徳井警部補と黒田刑事は新見の個室病棟に来た。本来医療刑務所は共同部屋が多いが、重度の疾患や伝染病の場合、新見の様に個室病棟が充てられる。


 新見は狭い個室の中で、壁の一点だけを見つめ、何やらブツブツ呟いている。


 徳井はかつてこの男を留置所の取調室で見た事がある。担当捜査官が新見を取調べする様子を見ていた。


 担当捜査官の厳しい取調べに対し、全く意に介せず冷静に対応し、逆に担当捜査官の意見に対し説教する場面も見られ、ふてぶてしさと狡猾さを持ち合わせている印象を新見に対し徳井は抱いた。だからこそ、目の前の状況が信じ難い状況だった。


 新見は食事を摂っていないという事で痩せこけ、留置所で見せた面影は一遍もない。目は虚ろで首を不自然なほど傾け、壁の一点を微動だにせず見つめている。


 右手は事故で無くしたとの事だが、残った左手は自分の髪の毛を、クルクルと何度も巻き上げている。口元は何を言っているのか分らないが、同じ単語を繰り返している様だった。


 ……どう見ても健康とは思えない。

 

 「大丈夫ですかね、刑務所にアレ戻して」


 目の前の新見の状況に、黒田が思わず心配し口にする。


 「信じられんな。かつて留置所で見た時は切れ者で狡猾な男と感じたが……あまりこの医療刑務所に預けるのは危険と判断しての判断だろう。まぁ、俺達の目的は護送中の警戒作業だ。準備が出来次第、出発しよう」


 新見の様な重大犯罪者は、護送中の襲撃を警戒し、通常の護送車以外に複数台の捜査車両で厳重警護の中、搬送する事になっていた。


 その為、前方車両は徳井と黒田の車両で先導し、護送車には刑務官と共に新見が乗り込み、後続車両に別な捜査官が乗って、県道をを通り30キロほど離れた収容先の刑務所に向かう予定だった。


 護送予定時間は、医療刑務所での引継ぎ作業が遅れ、予定より半時ほど経過してからの出発となった。県道を一時間ほど走ると到着する行程だ。


 「さあ出発だ。予定通り、俺と黒田が先導するので後を付いて来てくれ」


 徳井は刑務官と後続車両の捜査官に告げ、出発した。



 15分程走行した所で道路交通量が少ない、一車線の県道に入った。この辺りは田畑が多く、人家も離れていた通る車もこの時間帯はほとんど通らない。


 最短ルートを選んだ為、この県道に進んだのだが、県道を入ってすぐに工事の為車線規制が行われていた。


 「……おかしいな、昨日の運行情報ではこの県道で工事は無いはずだが」

 「どうします? 車列を止めて確認しますか?」

 「いや、予定通り進もう。停止したり、Uターンする方がリスクが大きいだろう」


 徳井と黒田はそんなやり取りをして、後続車両に携帯で指示をする。


 車線規制の為、ガードマンの指示に従い反対側車線側を走行する。三角コーンにより仕切られた工事中の道路には大型のウイングトラック車が複数台止まっていた。


 「……やたら長い規制範囲ですね。何の工事して……」



 “ドガガァァ!!”



 黒田が言い終わる前に、突如激しい轟音と共に衝撃が走り、気が付けば自分が逆さの状態になっている事に気が付いた。


 (車が横転した!? な、何故だ……)


 徳井は自分の状態に整理が付かず混乱のまま、横にいる黒田を見ると頭から血を流して意識がない。どうやら気を失っている様だ。


 (……何とか黒田を助けないと)


 徳井は逆さの状態ではあったが、バックミラーとサイドミラーで、車外の様子を確認した。目に入ったのは軍服を着た大柄の男が小銃を片手に指示をしている姿だった。

 

 「早く、新見大佐を開放しろ。刑務官と刑事は一人残らず殺せ」


 やがて小さな発砲音が繰り返され、静かになった辺りに、一人の男の声がした。



 「ずいぶん掛かったな。藤堂大尉、待ち侘びたぞ」

 「申し訳ありません、大佐殿。万全を期す為段取りに手間どりました」


 ミラーにはあの男がいた。


 新見だ。先ほど医療刑務所でみた、あのおぼろげな様子など微塵もない。痩せて無精ひげを生やしてはいるが眼光は鋭い。


 徳井は一目で分った。あの時、留置所で見たふてぶてしさと狡猾さを備えた、あの新見が其処に居る事を。


 「まぁ、いい。状況は?」

 「あの事件後、大半が捕縛され残ったのは別働隊であった我々のみです。ですが大佐殿が確保されていた資金を元に活動を続け、此処に来て漸く外部からの協力も得る事が出来ました」


 「皮肉だな、かつての敵が最大の味方とはな……まぁ、望みはマルヒト、マルフタだろうな」

 「はい、それを充てにしての支援と思われます」


 「ハハッ あの時奴らを蹴散らしたのがこの俺だ、と知ったら連中どんな顔するかな。ククク、今から楽しみだよ。まぁ利用出来るものは上手く利用させて頂く。最後に総取りするのは我々だがな。詳しい事は後に聞く。移動するぞ。車両を焼き払い痕跡を消せ」


 「「「「ハッ」」」」


 徳井はぞっとした。この連中は人を殺す事など何とも思っていない。危険だと徳井の本能が叫んでいる。


 「……うう」


 そんな時、横で気絶していた黒田が目を覚ましそうな様子を見せた。徳井はふと思い出した。黒田は最近結婚したばかりだ。


 (こいつを殺させる訳にいかないよな)

 

 徳井は、携帯していた拳銃を握りしめ、行動を開始した。車外から抜け出し、新見達に仕掛けて陽動となる為に。

 

 「お前達! 銃器を下に置け!!」


 徳井は絶望的な状況の中、叫ぶ。新見の部下達は一斉に徳井の方へ向き、銃を構えた。


 「地雷原でくたばって無かったか。しかし無駄な事をする男だな」


 新見は部下達を手で制し、徳井に話し掛ける。徳井の事を歯牙にも掛けていない、そんな様子だった。


 「……まさか、医療刑務所の様子が演技とはな。アカデミーものだな」

 「何でもするさ、目的を果す迄はな」

 「その目的とは何だ!?」


 徳井は出来るだけ、時間を稼ぎたかった。奴らの意識を自分に向ける為だ。


 一方、黒田は漸く目を覚ましたが、強く胸を圧迫されている為か声が出せないし、身をよじる事は出来たが動く事もままならない。


 状況的に徳井が極めて拙い状態なのは聞き取れて分っていたが、如何にも行動を起こせなかった。そんな中、新見の声が続く。


 「目的? 決まっている! この国を腐らす暫定政権をつぶし、この国を取り戻す!」


 徳井は新見の叫びを聞いて、認識を改めた。


 (この男はやはり狂っている)


 「無駄な事は止めて、投降しろ!」

 「無駄はお前だよ、暫定政権の家畜が。いい加減目障りだ。殺せ」

 

 黒田は必死に身をよじって脱出し徳井に加勢しようとしていたが、サイレンサー付小銃の乾いた発砲音が数発響き、徳井は仰向けに倒れた。


 仰向けに倒れた徳井と、車内に居た黒田は互いに目が合った。徳井は指先を震えながら口元に持っていき、そして……

 

 (静かに)


 と黒田に促したのであった。


 (徳井さん!!)


 黒田は声を出そうとしたが無駄だった。


 「全く無駄な時間を過ごしたな」


 新見は絶命し、息絶えた徳井の亡骸を足で小突きながら興味なさげに呟く。


 「他の刑事達は始末したか?」

 「ハッ。初めに確認しましたが、この刑事と共に同席していた若い刑事は、地雷による攻撃で即死した模様です。その他の刑事、刑務官は先ほど全員銃殺しました」


 「念の為、車両に火を掛け痕跡を消せ。車両乗り換え地点まで脱出する。準備に取り掛かれ」

 「「「「ハッ」」」」


 「……待っているがいい。奥田! 安中! 目にもの見せてくれよう!! そしてマルヒト! マルフタ! 右腕の借りは返して頂く!!」


 こうして脱獄した新見元大佐は、襲撃した護送車及び捜査車両を焼き払うよう指示した。そして偽装工作の車線規制を解き、トラックに乗ってその場を離れた。


 トラック内部には逃走用の車両が用意してあり、適当な所でトラックから乗り換え脱出する予定だった。


 生きたまま車ごと焼かれようとしている、黒田は脱出しようともがき、間一髪のところで捜査車両から脱出できた。目の前には護送車や後続の捜査車両が燃え盛っていた。本当に間一髪で、脱出出来たのは運が良かっただけだった。


 黒田の足は骨折し、尚且つ出血していた。顔や体に酷い火傷も受けた様で、痛みが酷かった。


 (徳井さん……)


 黒田は何とか、徳井の傍まで這いずり、そのまま意識を失った。


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