6章 始まりの時

48)入院

そうこうしている内に坂井梨沙少尉の運転する軍用車は大御門総合病院に到着した。


 安中大佐が言ってた通り、病院には既に受け入れ態勢が出来ており、白衣を着た薫子が小春を出迎えてくれた。小春は薫子により診察を受けた後、念の為数日入院する事になった。


入院する程でもない、と思ったが薫子の指示もあった様で半ば強制的に入院の運びとなった。


薫子は大御門総合病院の非常勤務医でもあったが極めて優秀な医師であり、尚且つ病院の経営者の妹という事で、多大な影響力を持っている様だった。

 

 小春には防犯上の理由により個室が与えられた。小春は内心“大げさすぎ!”と思っていたが診察をした薫子によると、生死にかかわるような危険を体験して、小春の様に不安症状が大きい場合はPTSDが発症しやすいとの事だった。


 「玲君がお母様に連絡してるから、もう間もなくお見えになると思うわ。それから学校の方には私の方から連絡しておきます。それに……玲君も事後処理が終わったら駆けつけるって言ってたわ……良かったわね」

 「はい、有難うございます、薫子先生……」

 

 個室に1人残された小春は、自分が入院しているこの、大御門総合病院に玲人と仁那の家がある事を思い出した。“入院中会いに行ったら薫子先生に怒られるかな……”そんな事を考えている内に眠くなり、意識が遠くなっていった。


 「小春!!」


 そんな大きな呼び声で目を覚ました小春の前には、酷く心配そうな顔をした母、恵理子と妹の陽菜が居た。


 「小春、あんた大丈夫!? 玲人君から連絡があった時はビックリしちゃって……慌ててTV見たら、あんな大きな事件に……うぅ、本当に……ぐすっ……心配、したのよ……」


 そう言って恵理子は大粒の涙を流す。感極まった様だった。隣の陽菜も涙目だった。


 「ママ、わたしは大丈夫よ。玲人君が助けてくれたの……そして軍の人がわたしを此処に運んでくれた」

 「ええ、さっき玲人君の電話で自衛軍の人に聞いたわ。そして叔母さんの薫子先生から小春の症状について教えて貰ったの。先生、ここの病院の先生でもいらしたのね。小春のショックが大きかったから、様子を見る為入院された方がいいって言われたわ」


 「ちょっと大げさ過ぎると思うんだけど」

 「まぁ先生にお任せしなさい。所で玲人君にお礼言いたいんだけど、何処に居るの?」

 「玲人君は、その、人助けに貢献したからなんか、軍の人と話が長引いてるみたい……」

 「そう……会いたかったのに残念ね。でも此処に住んでるんでしょう? また会えるわね」


 小春はまさか玲人が軍で働いている事は母には言えないと思い、内心母に謝りながら少し誤魔化して玲人の事を伝えた。


 「そ、そう言えば玲人君からママと陽菜にプレゼントがあったんだ!」


 そう言って小春は玲人が買ってくれたエプロンを恵理子に、可愛らしい財布を陽菜に渡した。


 「まぁ! ……有難う! 今度玲人君に会ったらお返ししないとね」

 「王子一族には世話になりっぱなし……このままでは石川家は、懐柔されてしまう……手を打たないと……」


 妹の陽菜の中では玲人は残念男子から王子まで昇格していた。偉そうな事を言っている割には、手には玲人から貰った財布と肩には先日真紀から貰ったショルダーバックが装備され、顔はだいぶご満悦だった。


 「……そして……これ、わたしから」


 小春は恵理子に自分が選んだリードディフューザーを渡した。


 「小春……無理しなくて良かったのに……有難う。でもね、この為に危険な目には合って欲しくないわ……ママね、パパの事件の事思い出したくなかったけど、今日の事は嫌でも思い出してしまって……本当に怖かったわ」 

 「心配かけて、ゴメン……」

 「……小春が、悪い訳じゃないのは分ってる……ただ、お願いだから気を付けて……」


 恵理子は小春が無事な姿を見て漸く安堵し面会時間ギリギリまで病室に居た。


 晴菜からも小春の身を案ずるメールが何度も来ていたが気付かず、恵理子達が帰ってから漸く返信して晴菜を安心させたのだった。


 玲人が来たのは、面会時間をかなり超えてからだった。薫子の立会いの下で短時間だけ、面会が許されたのだった。


 「小春、来るのが遅くなった」

 「……うん……いいよ、ご苦労様……」

 「大丈夫か?」

 「全然、大丈夫だよ? いきなり入院なんて言われたからびっくりだよ……」

 「薫子さんに任せておけば大丈夫だ。無理だけはしない様に……まぁ思ったより元気そうで良かった」


 「あら、それは違うわ。玲君と違って小春ちゃんは繊細なのよ。安中さんに聞いたけど随分派手に、悪い人やっつけたみたいね。そんな修羅場小春ちゃんには、ショックが激しすぎるわ」

 「……そうかな? ……いつも皆に言われてる通り、俺は誰も殺して無いよ」


 「……玲君? それ、中学生が言うセリフじゃないわ……今の発言と玲君に対する軍の仕事させ方に関係が無いか、後で安中さんに納得出来る迄お話聞かせて頂きます。 はぁ……とにかく仁那ちゃんや小春ちゃんの様な女の子は皆、男の子と違って繊細で傷つきやすいの。だから心身ともに乱暴に扱うのは絶対ダメだからね!」


 「あぁ……分った。そうか、小春怖い思いをさせた様だな」

 「ううん、もう大丈夫……それに玲人君があの時、助けてくれなかったらもっと大変な事になっていたと思うから……本当に有難う」

 「……本当は奴らに突入される前に気付いて処置できれば、良かったんだが……」


 そう言って玲人は考え込む。その様子を見た薫子が口を挟む。


 「それは……仁那ちゃんの検知能力が働いて無かったって事ね」

 「……認めたくは無いが、ここ最近……仁那は休眠する時間が特に多くなった。それに比例する様に昔の様な強力な検知能力や支援能力は期待出来なくなっている」

 「……そう……休眠間隔が長くなって来ている事は気になるわね……とにかく私の方でも仁那ちゃんの様子は十分注意しておくわ」


 「ああ、お願いする。小春、仁那が気になるし、今日はもう遅いから帰るよ」

 「玲人君…….あの、今日は本当に有難う! 助けてくれたり、その、コレも……本当に嬉しかった」


 そう言って小春は赤くなって俯いて、“コレ”と言ったガーネットのネックレスを握りしめる。


 「いつも言っている通り、礼を言うのは俺の方だ。それじゃ、また」


 そう言って、玲人は小春の頭をポンポンとはたいて病室から出て行った。どうやら玲人の中では無関心の対象から小春は、愛玩動物程度の関心は芽生えた様だった。


 「素敵なプレゼントを貰った様ね……良かったわね、小春ちゃん」

 「はい……有難うございます」

 「明日は検査を沢山して貰いますから、今日の所は早く眠ってね」

 「はい、薫子先生」

 

 小春はその後、疲れの為だろうか。すぐに眠ってしまった。


 首には玲人から貰った美しいシャンパンガーネットのネックレスと手元には一つ目ちゃんを抱きながら……


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