41)師匠

 微妙な回答に真紀と弘樹が小声で話し合う。


 「……これは、想像以上に手強いわね……」

 「真紀、玲人には恋愛感情がまだ、分らないんじゃないか?」

 「弘君? 玲人君はもう14歳よ……って、そういえば弘君も中学生の頃は、こんな感じだった様な……そうか……なるほど……」


 ここで真紀はずっと考えていたが、何かを思い付いた様で小春に急に振り向いて小春にだけ聞こえる様に小声で言った。


 「小春ちゃん」

 「はっはい真紀(お師匠)さん」

 「……辛かったわね……でも、もう大丈夫。玲人君の攻略法が分かったわよ」

 「本当ですか! ししょ、いえ真紀さん!」

 「ししょ? ……まぁいいわ。玲人君は、昔の弘君と同じで基本、今はお子様の様ね。だから小春ちゃんはお母さんになって、玲人君の心を掴むのはどうかしら?」

 「お、お母さん? 何か違う気が……」


 「良く聞いて。玲人君は当時の弘君と同じ様に色々抱えて余裕が無いと思う。玲人君の場合は、仁那ちゃんを守る事で頭が一杯なの。このままだといずれあの時の弘君みたいに色々辛くなると思うわ。だからこそ小春ちゃんがお母さんにみたいに色々支えてあげれば、何れ小春ちゃんの大きさに気付くと思うわ」

 「……流石です、真紀師匠」


 小春は拳を握りしめ熱い眼差しで真紀を見つめる。


 「し、師匠?」

 「はい。真紀さんはわたしのお師匠さんです。真紀さん。わたし、やります。玲人君のお母さんになって玲人君を支えて見せます!」

 「その意気よ! 私は全面的に小春ちゃんを応援するわ。立派なお母さんになってね」

 「はい! 真紀師匠!」


 小春と真紀がさっきから“お母さん”と連呼しているのを聞いた弘樹は、酷く誤解して“一体どういう事だ! 玲人!”と盛大に先走って詰め寄り、真紀に怒られるのであった。


 弘樹の先走り暴走によって混乱が生じたりそれを真紀によって鎮められたりと色々あったが、皆で真紀の豪華な手作りディナーを堪能した後、お茶をしながら今度の土曜日についての話になった。


 きっかけは真紀の“二人でデートとかしないの?”という質問に小晴が、マゴマゴしている様子から真紀に誘導尋問され小晴が自白した次第だった。


 「……玲人くんがデートにどんな格好で行くか決めれない?」


 尋問の結果、現状の問題点を白状した小春の言葉を信じられない、と言った様子の真紀が聞き返す。


 「真紀さん、決まっていない訳じゃない。俺は制服で行くって言ったら怒られたんで、相方のカナメに紋付き袴を勧められたんだ。だから其れで行く」


  玲人は真顔で胸を張る。小春は大樹を抱っこしながらため息を付く。大樹は小春の持つ一つ目ちゃんと、自分が玲人に貰った人形で小春と遊んでから、すっかり小春に懐いていた。真紀は盛大にため息を付いて片手で額を押さえて弘樹に問いかける。


 「ねぇ弘君、やっぱり安中さんと奥田さんに一度きっちりと玲人君の事について、話した方がいいと思うわ。玲人君がこうなっちゃったのも絶対無関係じゃないと思うの」


 「そうだな、玲人もちょっと面白い考え方するからな。安中さんと奥田さんに一度相談してみるよ。以前お会いした時安中さんは玲人の為に時間を作れるよう環境改善する、と約束頂いたが……それに、紋付き袴を勧めたカナメ君か ……間違いなく、東条さんちのお孫さんだな」


 小春は弘樹がカナメの事を知っている事を不思議に思い聞いてみた。


 「……東条君の事を知ってるんですか?」

 「ああ、彼はさっき夕食時に僕が言った、大御門家を助けて頂いた遠縁の親戚筋に当たる東条家のお孫さんでね。小学校に玲人が入った時からの付き合いになる。あの子は玲人の事が好きすぎて色んな悪戯をしちゃうんだよ……」


 そう言って弘樹は苦笑いする。


 「だけど、あの子も可愛そうな子でね。実はあの子のご両親が父の命令で事故の際、急に本家に呼ばれて、そのまま亡くなられたんだ。幸いにしてカナメ君は別な所に預けられてた様で、無事だったんだ……」

 「そうだったんですか……」

 「生き残った僕や薫子はカナメ君の面倒を見ようと思ったんだけど、東条家の御爺さんが断固反対されてね、御爺さんと御婆さんがご両親となってカナメ君を育てているんだ」


 ここまで話を聞いた小春はある嫌な考えが浮かんでしまい、恐る恐る弘樹に聞いてみる。


 「……あの、もしかして、東条君は、玲人君の事、恨んで……」


 そう言いにくそうに言った小春を見て、弘樹と真紀は二人顔を見合わせて笑いあった後、小晴に伝えた。


 「あははは、石川さん、カナメ君に限ってはそんな複雑な考えは持っていないよ。あの子は天然に明るくてね、人を恨むとかそんな考えは持ってないんだ。それに恨まれるなら、玲人でなく僕や薫子だろう。玲人や仁那もカナメ君と同じく被害者だからね。

 カナメ君はむしろ、玲人を守らなくてはと思っている様だ。しかし一緒に居る内に玲人の面白みを発見してしまった様で、玲人は面白い事を無意識に言ってしまうだろ?

 あれがカナメ君の中では放置できないみたいでね。……どうも彼の中では玲人の事を芸人の相方だと思っている感じがする」


 小春は、学校の生活と何も変わらない一貫したカナメの行動に安堵すると同様、玲人のおかしな言動を助長するのは止めて欲しい、と思った。そこに真紀が割って入った。


 「弘君、玲人君は安中さんや奥田さん達の様な大人達に混ざって仕事をする事が多いから、どうしても同年代の子供達とのギャップが出るわ。其処を面白がっているカナメ君については悪ふざけが過ぎると思うの。後日私の方から注意してきます」


 真紀は満面の笑顔だが目が笑っていない。小春はエライ事になってしまったと、心の中でカナメに謝ると共に、せめて晴菜にだけは先に伝えておこうと思った。


 「……ところで小春ちゃん?」

 「はっはひ!」


 小春は内心動揺している所に真紀から呼ばれて大いに焦った。


 「土曜日のデート前に、私と一緒に玲人君の服を選びに行きましょう。丁度玲人君の夏物も無かったし、小春ちゃんのも一緒に選んじゃいましょう」

 「ええ!? そんなわたしの分もだなんて悪いです!」

 「いいえ、小春ちゃんには大樹に人形を貰ったし、何て言ったって玲人君の未来の御嫁さんになるかも、って事で先行投資です。ちゃんとお母様にも言っておくから安心してね」


 小春は“よよ嫁だなんて、恐れ多い!”と恐縮しまくりで何度も断ったが、真紀の断りがたい圧力で結局好意に甘える事になった。


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