39)真紀

 大樹は非常にキラキラした目で一つ目ちゃんを見つめている。視線は全くぶれず、全身で欲しいアピールを醸(かも)し出していた。


 その様子を見ていた玲人は胸に手をやり、目を瞑(つむ)って暫く無言になった。心の中で誰かに聞いている様だった。そして目を開いた時、小春に聞いてきた。


 「小春、また君にこの一つ目ちゃん人形を俺に作ってくれないか?」

 「う、うん。幾らでも作るよ」

 「そうか、有難う」


 そう言った玲人は、大樹に向かい自分の一つ目ちゃん人形を渡してこう言った。


 「大樹、このモンスターは動かないけど本物だ。ここに居ないけど俺の姉の仁那と、お前の前に居る小春が二人で育てたモンスターだ。大切に、いつも持っていてくれるか?」


 「……!! うん!! うん! れい! はしもん、こぶにすゆ!」


 弾かれたように喜びはしゃいだ大樹は、玲人から渡された一つ目ちゃんを大切そうに抱きしめてクルクル回って喜んだ。


 その様子を見て苦笑した弘樹は玲人に問い掛けた。


 「いいのか、玲人。あの“目”は仁那がお前に渡したものなんだろう?」


 「いいんです。俺はまた仁那から貰う事も出来るし、それにさっき仁那から渡して欲しいと伝わりました。仁那も俺と考える事は同じで、大樹に何かしてあげたかったんだと思う。あの目は本物だ、俺と仁那が意識を互いに配れば、大樹をこれからもずっと守ってくれると思います」


 玲人の話を聞いていた真紀が、玲人の手を握り目を見てお礼を言った。


 「有難う……玲人君。仁那ちゃんにもまた会いに行ってお礼を言わなくちゃね。それと小春ちゃんも本当に有難う……」

 「い、いえ人形はまた、作れるから問題ないです……」


 そう言いながら、内心では小春はほんの少しだがチクリと悲しい思いを抱いていた。玲人と仁那が心の中でも深く繋がり、小春に入り込めない様に感じてしまったからだ。


 少し落ち込んで俯いていると、真紀が気が付いて小春にそっと囁(ささや)いた。


 「心配しなくてもいいのよ、小春ちゃん。玲人君は今、仁那ちゃんの病気の事で一杯だけど、貴方が前向きな気持ちで諦めない限りその内貴方を見る様になるわ。これ、私の実経験だから」


 そう言って真紀は小春に向かって、微笑んだ。少しだが小春は気持ちが楽になった。


 「さぁ! 食事にしましょう」


そう言って真紀は夕食の配膳を始めた。


 「急だったから大した御もてなしは出来なくて御免なさいね」


 そう言って用意された夕食は小春にとっては豪華そのものだった。


 牛肉の赤ワイン煮ブフ・ブルギニョンに大きなエビやムール貝がふんだんに使われた豪華なパエリアや美しく盛られたサラダ、大きなミートパイもある。


 小春は並べられていく夕食の豪華さに目を白黒させていた。


 夕食を囲みながら、互いの日常について談笑が続く。小春は母の恵理子から大御門家の“良くない噂”について聞いていたので、玲人の叔父弘樹について無意識に警戒してしまったが全くの杞憂だった。

 

 弘樹が小春に向かって語りかける。


 「食事、君の口に合うかな。急に君達を連れて行くって真紀に言ったら悲鳴を上げながら罵詈雑言を言われたから、夕食の内容が心配だったんだ」

 「……弘君?……それ、此処でいう事じゃ無いよね?……」


 そう言った真紀は凄い笑顔だったが、目が笑ってなかった。それどころか背中に般若を幻視した小春はこの家で誰が一番怖いか分った。しかし言われている弘樹は……


 「夕食が心配だったけど、さすがは真紀! あの短期間でこれだけのモノを用意するなんて! まるで魔法みたいだよ!」

 「ちょっと……弘君、皆居るのにそんなに褒めるのやめてよー! ……弘君に言われて頑張るの当然じゃない!」


 弘樹にべた褒めされた真紀は物凄く嬉しそうで、うまく弘樹に転がされていた。


 夕食をしながら弘樹は真紀との出会いについて語る。小春が興味ありげに見えたからだ。


 「真紀と僕は高校時代からの付き合いで、僕達は陸上部に所属してたんだ」

 「あの頃の弘君は自暴自棄になっていて、家にも居場所が無いみたいで色々見てられなかった。当時は戦争が始まった頃でね、学校も休みが多かったんだけど、弘君だけは毎日学校に来て一人で走ってた」


 「当時の僕は、その、色々抱えててね。家には居場所が無くて、走る事だけが楽しみというか、逃げ道だったんだ。用も無いのに無理やり学校に来て走ってた……そんな時、彼女に声を掛けられたんだ」


 「ほんとは中学時代から弘君の事、知ってたんだけど、声を掛ける機会が無くて。中学時代から弘君は陸上部の中距離走選手で頑張っていたの。でも無理やり走ってた、あの頃の弘君だけは本当に見てられなくて思わず、って感じかな……」

 「……」


 話を真剣に聞いていた小春はある事が気になって真紀に聞いてみた。


 「……あの、真紀さんは中学校でも、陸上部だったんですか?」

 「いいえ、吹奏楽部よ」

 「……どうして高校は陸上部に入ったんですか?」

 「さぁ、どうしてでしょうね? 答えは貴方になら分るんじゃないかしら」


 小春は真紀が自分に言った“私の実経験だから”という言葉を思い出していた。真紀も小春と同じ様に想い人が振り向くのをずっと待っていたのだと理解したのだった。

 

 「高校時代に恋人となった真紀だったが、僕との関係は前途多難だったんだ」 

 「……どうしてですか?」


 さっきの続きについて話だした弘樹に小晴が質問する。


 「もう死んでしまったが僕の父は、余りいい人では無くてね。僕と真紀は会う事すら許されなかった……僕は大御門家の三男という事で歳の離れた有力議員の娘と政略結婚する事を決められていた。無論僕の意志など聞かずにね。だから、僕は大学を卒業したら真紀と駆け落ちするつもりだったんだ……」


 「……」

 「そんな時にある事故が起きて僕の父、そして年の離れた兄達や大御門家の名だたる親戚達も皆死んでしまった。詳しくは言えないが、それは僕の父が図らずも引き起こした事故だった。其処からが大変だったんだ」


 小春は弘樹の言うある事故が、薫子が言っていた玲人と仁那の力が暴走した事を指しているのだと察した。


 「父や兄達、いやそれ以前の大御門本家の人達は昔から色々良くない事をして来てね、僕はその後始末と、崩壊した大御門家の立て直しをする羽目になったんだ。想像以上につらい仕事で、環境的にも金銭的にも大きなマイナスからの再建だった。本当は逃げ出したかったけど、今度こそ逃げないって決めたから頑張る事にしたんだ……」


  弘樹は其処まで話すとチラリと、自分の前に居た玲人を見た。小春はその様子を見て、何となく弘樹は玲人達の為に頑張ろうとしたと分った。弘樹の話は続く。


 「それに僕だけじゃなく、妹の薫子も残された仁那の為に人生を掛けて尽力していたから、これ以上兄として妹達に恰好悪い所見せられないと思ってね」

 「……弘君は昔から格好悪い所なんて見せて無いわ」


 「有難う真紀。だけどあの頃の僕は妹達の事を、薫子や死んでしまった早苗の事なんて考えず自分だけが悲劇の主人公の様に考えていた。薫子は生きているからまだいいよ。でも死んでしまった早苗の方は……妹を見殺しにした兄なんて格好いい訳無い」


 そう言って弘樹は悔しそうに唇をかむ。


 「「「「…………」」」」


 楽しげな夕食が重い沈黙に支配されそうだった時、ずっとボーとしていた玲人が口を開いた。


 「……弘樹叔父さん、叔父さんは俺や仁那の為にいつも尽力してくれている。その事を俺の母である早苗や父である修一が知ら無い筈はない。例え死んでいても俺や仁那を通じて見ている筈だ。だから、恰好は悪くない」

 「……玲人……お前……」


 弘樹はそれ以上、声が出ず上を向いて必死に涙を堪えた。真紀も大粒の涙を流し、玲人の言葉を喜んだ。小春も詳細な背景は分らなかったが、玲人の父や母の事を言っているのだろうと思い、玲人の言葉に感動した。


 そして弘樹や真紀と同じく涙を零すのであった。


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