3章 運命の選択

19)疑問

 それから暫くは穏やかな日常が続く。小春の中間テスト結果は玲人のお蔭で、苦手だった数学は予想以上の成績を確保できた。小春に便乗して東条に教えて貰った晴菜もお蔭で成績向上が図れた。

 

 あのテスト勉強の日以来、玲人はたまに石川家に寄らせてもらう事があった。世俗に疎すぎる玲人の状況を酷いと思った晴菜や東条に指摘され、最近流行の音楽やTV番組等を小春に教えて貰う様、指示を受けた為だ。もっともそれは、小春と玲人の仲を進展させる為の口実だった。


 特に趣味らしいものが余りない玲人は、時間がある時に、晴菜や東条に言われた通りに小晴の家に行って一緒に音楽を聴いたり、映画を見たりした。晴菜や東条達が来て4人で一緒に遊ぶ事もあった。


 今までそういった経験が殆ど無い玲人は、新鮮な思いで其れなりに楽しんでいる様だった。そして玲人と小春の傍らには一つ目ちゃんが必ず置かれていたのであった。

 

 基本朴念仁で軍人脳である玲人は、小春と二人きりで居ても特段、本能に任せて行動することも無く、彼女の要望通りに見たり聞いたりと言いなりだった。


 小春も基本お子様なので、玲人と一緒に居れればそれで良かったので今の二人の関係は彼女にとっては心地いいものだった。


 たまに妹の陽菜が小春の部屋に乱入し、二人の邪魔をしたりする時は、流石に彼女もイラッとする時もあったが。


 そして今日も小春の家に行く予定だった。今の時期は梅雨の時期であり、雨が多い日が続いた。学校を出た後、玲人と小春は傘を差しながら、彼女の家に向かっていた。

 

 「この前、あげた曲どうだった?」


 小春が玲人に感想を聞く。ちょっと前、玲人の携帯端末に彼女がお勧めアーティスト曲を入れて上げたのだった。


 「小春に言われてプロモーションビデオなるモノを生まれて初めて見たが、ちょっと落ち着きが無いな。あの連中は」

 「連中って…… あのアーティストはダンス系のボーカルグループなの! 男の子なら好きそうだと思って紹介したんだけど」


 「ああいう仕様なのか」

 「そうだよ、ダンスを見ながら曲を聴くと何ていうか、入り込み易いでしょ。ほら、その、一体感みたいな」

 「そういうモノなのか。小春に言われた情報サイトで自分なりに合いそうな曲を探してみた。これは中々いいと自負している」


 そう言って玲人が携帯端末に表示させた曲は、詩吟だった。


 「これ音楽なの、かな……こんなの良く見つけたね……」

 「聞くと何か、落ち着く。しかもこの曲にもダンスがある」


 自信ありげに玲人が端末表示させた詩吟は日本刀を抜いて舞う剣詩舞だった。


 「確かにこれを見ると入り込み易いな」

 「……玲人君、それうちのお婆ちゃんが好きそうな奴だよ」

 「そうか、君の祖母とはこの件についてゆっくり話したいな」

 「……玲人君、すこーしで良いから違うのも試してみるのもいいと思うよ」

 「少し違うと言えば、扇で踊る曲も見た」

 「……いや、だからジャンルを……」


 玲人との付き合いが長くなった小春は、東条同様、玲人の扱い方が分かってきた。玲人は基本冗談を言わないが、その言動が笑えない冗談になる時があるので、その時は遠慮せず突っ込む事にしている。

 

 そんな会話を続けていると、玲人の携帯端末からあの音が聞こえてきた。


 “チチ・チーチチ・チーチチチ”


 玲人の顔から笑顔が消え、同時に感情も消えた。彼が纏(まと)う空気が一変したのだ。


 「……小春、済まない。今日は小春の家には寄れそうにない」

 「……ううん。いいよ。また今度必ず来て」

 「ああ、約束しよう。取敢えず小春の家までは送ろう」

 「有難う。いつもごめんね」


 そうして歩き出そうとすると、背後から来た黒塗りの大型の車が一台、猛スピードで追い越して玲人と小春の前に停車した。


 中から黒服でサングラス姿の大柄な男たちが数人、玲人と小春の前に立ち塞がった。小春は突然の事に怯えて震えている。玲人はそんな様子の小春を見て安心させる為に話しかけた。


 「大丈夫だ、小春。何も心配はいらない」


 男の一人が玲人に声を掛けた。


 「准尉殿、お迎えに上がりました」

 「迎えなど不要です、といつも言っている筈ですが?」

 「大佐殿に早急に准尉殿をお連れする様に言われています。我々は准尉殿を支援する為付近で待機しておりました」


 「はぁ、分りました。一緒に行きますがこの子は民間人です。巻き込む訳には行きませんので自分だけ連れて下さい」

 「ハッ 了解致しました」

 「……小春、済まないが今日の所は此処でお別れだ」

 「……うん。また明日ね」

 「ああ。気を付けて帰ってくれ」

 

 そうして黒服の男達は小春の事を見向きもせず玲人を車に乗せて猛スピードで走り去った。目の前で起きた状況に戸惑いながら小春は一人帰路についた。


 歩きながら、小春は何が起こっているのか自分なりに整理してみる。


 (玲人君、あの怖そうな男の人に“准尉殿”って言われてた。どういう事なんだろう。玲人君は何処に連れてかれたんだろう)


 こんな日には小春は、仁那と会いたくなった。いつも一つ目ちゃんに話しかけたりして、小春の方から会える様お願いしてたが、仁那とはあれから夢で会えていない。


 (仁那も、あれからどうしてるんだろう。ああ、玲人君と仁那に会いたい……)

 

 小春はその日の晩は悶々と過ごす羽目になった。願ってはいたが仁那にも会う事は出来なかった。そして玲人は次の日も、その次の日も学校に来なかった。


 放課後、小春は考えた末に玲人と仁那の状況をある人に聞いてみようと保健室に向かった。玲人の叔母で、保険医の薫子先生の所だ。


 「失礼します」

 「あら、いらっしゃい石川さん」


 薫子は満面の笑顔で小春を迎えた。


 「あの、その薫子先生……」


 小春が言いにくそうにモジモジしていると薫子の方からニコニコしながら小春に話しかけてきた。


 「いつも石川さん、玲君と仁那ちゃんと仲良くしてくれて有難うね」

 「……先生、その玲人君と仁那の事について教えて下さい」

 「どういう事かな?」


 小首を傾げる薫子先生を前にして、小春は勇気を振り絞って聞く事にした。


 「玲人君はいつも何をしているんですか? 学校も知っているって聞きました。そしてその事に仁那は関係があるんですか? 今、仁那はどうしているんですか?」

 「ふふふ、質問ばっかりね」

 「先生!」


 小春の真剣な質問に対し、受け流そうとする薫子の態度に小晴は憤りを隠せなかった。


 「……御免なさいね。確かに私は石川さんの質問に答えられるけど、ここではちょっと話せないわ」

 「何処に行けば教えてくれんですか」

 「私達の家なら、教えてあげれるわ」

 「でしたら、わたしを連れて行って貰えませんか」

 「いいわ。私の知っている事を教えてあげる。その代り……」


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