14)タテアナ基地

 そんな事を考えつつ玲人は大御門総合病院の正面玄関に向かう。この時間夜間受付口しか入れない為、そちらから病院内に入った。


 病院内を進みエレベータホールの右横に備え付けられた暗号キーロックの作業員用ドアに、8ケタの暗号を入れてドアを開けると作業用エレベーターが設置されている。


 玲人はそのエレベーターに乗り込む。右横に階床液晶表示器と行先階ボタンがあるが行先階ボタンは地下2階までと上層は10階までのボタンがあった。


 玲人が階床液晶表示器に右手をかざすと指紋を読み取り、暗号入力画面が表示される。入力画面に暗号を打ち込むと、本来表示され無い筈の地下6階までの階床が階床液晶表示器に表示された。



 玲人は表示された階床の内、地下6階を液晶表示器から選択すると、エレベーターは地下2階より更に下層に降りていく。


 エレベーターを降りると、其処には頑強なゲートがあり、頭上には監視カメラが設置され、ゲート内部では軍服を着た屈強な兵士たちが警備をしていた。


 「大御門玲人特技准尉、只今戻りました」

 「ご苦労様です、准尉殿。恐れ入りますが念の為、認証確認を受けて下さい」


 その様に兵士に言われ、玲人は顔認証と、網膜認証と指紋認証を受けて、漸くゲートの中に入る。


 ゲートの先は水平に伸びた長いコンクリート製の通路だ。其処にも監視カメラが上部に仕掛けられ、今は開いているが、必要に応じ緊急用鋼鉄製シャッターが幾重にも設けられていた。


 500m位の長い通路を過ぎるとまたゲートが有り、同じ様な複数の認証を受けて内部に入る。ここが、“大御門総合病院敷地内地下特別隔離施設分隊駐屯基地”通称タテアナ基地であった。


 通称タテアナ基地は、分厚いコンクリートの隔壁を持つ地下シェルターであり、円形の部屋が20層程垂直に並ぶ円筒形のシェルターで、丸い高層ビルが地中に埋まっている様な形状だった。


 シェルターは何層にも分かれており、各層には住居施設や研究施設、教育訓練施設や自衛軍駐屯施設があり最下層に、玲人と仁那の部屋があった。このタテアナ基地は玲人と仁那の為に作られたのであった。

 

 何故こんな大掛かりな地下シェルターが玲人と仁那の為に必要だったのか。



 このシェルター建造当初の目的は彼らを守るモノでは無かった。目的はその逆だった。それは彼らのある能力から第三者を守る為だった。


 彼らが生れた時、そして新見が彼らを兵器として扱った時、それは起こったのだった。


  ――未曽有の大破壊が。


 玲人には所謂、“念動”の能力以外に、エネルギーを集約できる能力があった。そこに仁那が持つ、増幅能力を加えると、エネルギー保存の法則など、まるで無視した想像を絶する破壊エネルギーを生むのだ。

 

 その破壊エネルギーは低威力核兵器に匹敵するものであった。


 この地下シェルターは玲人と仁那のそうした能力を懸念して建造されたのであった。その能力により、新見宗助という男はかつてこの国を脅かした侵略軍を何度も殲滅させた。


 一人や二人では無い。何千人もの人間を、玲人と仁那に殺させたのだった。



 玲人や仁那の自我が芽生え自覚した時は、幼い彼らは他人の血で血塗れだった。その事実により仁那は恐怖と自責の念に駆られ、自らの増幅能力を封印した。


 玲人単体では念動の能力や力の集約が出来ても、増幅能力は無い。圧倒的な破壊を起こす為には仁那が増幅させる必要があった。


 しかし仁那はこの能力の発動を拒否し、封印した為二度と破壊的な力の発動は起こらなかった。従ってこのタテアナ基地は本来の目的よりも仁那の存在を秘匿し防衛する事に変わってきた。そして仁那自身もそれを強く望んでいた。



 玲人はタテアナ基地の最下層、つまり仁那と自分の部屋に帰ってきた。自分の部屋に寄らず、すぐに仁那の元に向かった玲人は円形のトレイの中に居る仁那の頭をそっと撫でる。


 「帰ったぞ、仁那」

 「……ぐるぅうい」


 仁那が目を覚まし一言発すると表示端末に文字が示された。


 “……おかえり、玲人”

 「調子はどうだ? 仁那。大丈夫か?」

 “うん……今日はだいぶマシ。ごめんね、玲人にも心配かけて”


 「謝る事などない。所で今日は小春と会えた様だったな? 任務中にも“目”を通じて仁那の感情が伝わったぞ」


 そう言って玲人は仁那の頭を優しくポンポンと叩く。


 “うん! 久しぶりに繋げる事が出来たからとっても嬉しかったの! それでね、聞いて! 小春も、小春も私と同じ気持ちだったよ!”


 小春の事になると大はしゃぎの仁那だが、仁那の外套膜の端部が崩れ、また再生する。


 「仁那、落ち着け」 


 そう言って玲人は仁那の頬を軽くつねる。


 “……玲人? 分ってる? 私がお姉ちゃんなんだよ?”

 「ああ、分っている。どう見ても姉に見えないが」

 “分かってない! 全く玲人は……”


 表示端末に仁那が玲人に小言を言い続けている。玲人はその様子を微笑みながら見ているが、たまに仁那のおでこを小突いて反論するのであった。


 ひとしきりお互い言い合った後、仁那は疲れたのだろうか目を瞑り眠そうにしている。そんな仁那を玲人は傍に居て頭を撫でていた。


 “……ねぇ 玲人? 私はこの世界に生きてていいのかな?”

 「いいに決まっている。世界が仁那を拒絶するなら俺が変えてやる」

 “ふふっ 玲人なら本当にやりそうだね。今日思ったんだ。小春みたいに生きてみたいって”


 「……いつか、なれるさ」

 “無理しなくていいよ、玲人。自分でも分ってる。もう私は持たない”

 「馬鹿な事を言うな! お前は死なせない」


 “……ありがと。でもね、私達余りに多くの人達を死なせてしまったね。小春のお父さんもきっとそう……”

 「何を言っている? あの殲滅作戦は新見が率いた結果だ。あの時俺たちは2、3歳で自我が無かった。それに小春の父親の件も新見が率いる真国同盟がやった事だ」


 “うん、分ってる。でも今、その新見を動かしてるのきっと私達の所為”

 「だったら仁那は余計に関係ない。新見を殺し損ねたのは俺だ。あの時、右腕で無く頭を狙っていれば……」


 “ダメよ玲人、殺すのは。それに私が言ってるのそういう事じゃないよ。新見だけじゃない。私達の力、皆欲しがる。新見の後ろに居る人達もきっと同じ事考えてる”


 仁那が強く恐れていたのは、新見の様な人間達に自分達の能力を利用される事だった。仁那には分っていた。新見が暗躍しているのは玲人と仁那の能力を奪う為だと。


 そして新見は迷わず、この破滅的な力を喜んで使うだろうと。仁那が新見に対して感じている激しい恐怖と嫌悪感は正に其処にあった。そして玲人はそんな仁那を守る為、戦う事を決意したのであった。


 「大丈夫だ、仁那は俺が守る」

 “……いつも有難うね、玲人。私が居なければこんな事にはならないのにね…… もう少しだから我慢して?”


 「怒るぞ、仁那。俺達は一緒に生まれたんだ。死ぬ時も一緒だ」

 “……さっきも言ったけど私お姉ちゃんだよ? その言葉、小春に言ってあげて“

 「何で其処に小春が出てくるか分らん。小春は一緒には生まれて無いぞ」

 “……これはダメだなー。やっぱり私がお姉ちゃんだ”


 互いに笑いながら会話を続ける二人。もっとも表示端末越しではあったが二人は楽しかった。


 “もう、ダメ……今日は力を……使い……過ぎた……お願い玲人、小春、小春を……”


 そう言ったが最後、仁那は意識を落とした力を使いすぎて眠ってしまった。こうなると暫く仁那は起きない。玲人はそんな仁那の頭を撫でると、隣室の薫子の部屋に向かうのだった。


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