強くて弱い
灰色の海と灰色の空が混ざってしまうような水平線だった。僕と先輩は自殺をしに九十九里浜まで来たのだけれど、軽自動車の運転席で先輩が泣き出してしまったので、僕はただぼうっとしながら外を眺めていた。相も変わらず先輩はハンドルにもたれかかって謝罪の言葉を虚空に向かって口にし続けていた。
僕は嗅覚が鋭い。夏のすべてが腐ったような匂いは好きじゃないけれど、この砂浜から漂う、どこか古くてしょっぱい匂いはべつに嫌いじゃなかった。車の窓を開けて深呼吸をすると、肺が塩くさい空気で満たされる。早朝だというのに日はてりてりとしていて、鼻を通り抜ける風が生温いのは癪だった。
生きていれば腹が減る。先輩はずびずびとした声と伏せた顔で僕に五千円札を握らせて、「これで何か買ってきて」と言った。先輩は偏食家だ。おむすびは塩むすびしか食べないし、パンに何か味がついているだけで戻してしまう。偏食家で、左利きで、AB型。先輩は、自分の抱える程よい生きづらさをどこか誇りに思っている節があった。そんな言動を見せるたびに僕は少しむず痒いような腹立たしさに見舞われるのだが、そこを指摘したらなにかが終わる気がしたので、黙っていた。先輩とのコミュニケーションはいつもこうだった。触れてはいけないのか、いけなくないのか分からない琴線のようなものが張り巡らされていて、僕は臆病なので傷付けまいと立ち回るのだった。
「死にたいなあ」
「でも、今日も死ねませんでしたね」
「俺はおれとおまえが可哀想で、仕方なくなって」
朝日のひかりが強く射し始めたコンビニの駐車場で、そんな話をぽつりぽつりとした。自殺旅行の締めはいつもこうだ。先輩がずびずびになって終わる。僕はというと、ただ曖昧な顔と感情をしながら、周囲を張り巡らす文学的な状況と風景に陶酔していた。だから、まったくの無意味だとは感じていなかった。多分先輩もそうなのだろうと、勝手に思っていた。
「帰ろうか」
「どこにですか」
「そりゃもちろん、おれの家」
「また学校に欠席連絡入れろってことですか」
怪訝な顔をしてそう言うと、先輩は涙でぐちゃぐちゃな顔のままははっ、と笑った。先輩の笑っている顔は、特別すきだ。
「ほら。目ぇ見て。これ飲んで」
「はい」
僕と先輩は目を合わせながら、コンタック1シートを飲み干した。結局僕らを救うのは酩酊感しかなかった。ぴちりと喉にカプセルが張り付く感覚が嫌で、また水を飲んだ。また水を飲んだ。曖昧になった。ネットフリックスを見て、その日は終わりになった。
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