第24話 役割

「さっきの話を聞けばわかるだろうけど、私はアンリを利用している」


 フィオは淡々と言って、ぼくの顔色を窺った。動じたつもりはなかったものの、ぼくはいつの間にか唇を噛んでいる。


「私は先代の失踪と、自分の存在について知りたい。もちろんそれは自分のため。知っているべきことを知らないのが怖いから、何か大層な出来事が絡んでいればと望んでいる。妹さんの死が、その大層な出来事のようにはまだ思えないけど、ここに来た理由はどうであれ、アンリの出自には期待できるから引き留めた。と言われても否定できない。実際にそうだとも思う。でも、はじめからそんなことを考えていたわけじゃない」


 フィオは数秒黙り、言葉を探すように天井を仰ぐ。


「何を思ってアンリに声をかけたのか、自分でもわからないけど」


 思わずフィオを見た。彼女はさりげなく自分の髪を撫で、「そういうものじゃない?」と、困ったように笑う。


「今となってはわからないだけかもね。というのもここ数日、私の中でのアンリの印象が、かなり変化しているから。初めはもっと純朴で情に厚くて、年齢相応に軟弱なんだろうと思ってた。でも実際はまあまあ冷めているし、脅しに屈しないくらいにはしたたかだし、自分の弱さを自覚する冷静さがある。だけど、初めの印象も勘違いではなさそう」

「褒めてる?」

「印象を述べてるだけ」


 フィオが手を組み、小さくため息をつく。


「あれは、兄としての顔なんでしょ」


 数日前に見た夢を思い出した。やけに鮮明な、雪の日の記憶だ。「そうかもね」と、曖昧に頷く。


「アンリは何かを知りたいというより、役割を探してるんじゃないの? 兄という役割に代わる、価値のある何かを。だから目的がぶれる。でもそれは、悪いことではないでしょ? 私だって同じだし。私は魔女のはずだけど、まだ確信が持てていない。だけど魔女という肩書きを失えば、私は何者にもなれない。私たちは、そこが似ているのかもしれないね」


 妹の死によって、ぼくは兄という立場を失い、息子という立場も危ぶまれ、自分の存在価値を見失ったような気分になった。それを考えると、役割を探しているという指摘にも頷ける。


「それはともかく、あなたに声をかけたことに理由はないし、あなたを留めている理由も後付けでしかない。だけど別に、近くに留めておこうという気はないんだよ。アンリが望むのであれば、家に戻るという選択肢だってある。諸々の事情を考慮して、勧めないだけでね。でも私は、今の形がお互いのためになることを信じている。それがお互いにとって、一時的でも役割になる気がするから。アンリはどう?」


 実の母親と先代の魔女との関連が明らかになれば、フィオの望みは叶い、ぼくの疑問も解消されるかもしれない。たとえそのふたつが交わらなかったとしても、フィオの協力がなければ、そう気づくところにすら辿り着けないだろう。それはフィオにとっても同じなのだと信じることができれば、このどうしようもない虚しさを満たせるだろうか。


 無理だろうな。そう決めてかかる冷めた思考を、仄かな感慨で包み隠す。


「どうかな。まだ、自分の望みがわからないから。だけど、自分の意思でここにいることは確かだ」


 フィオは小さく頷き、「じゃあ問題ない」とだけ言った。


 話が一段落した直後、玄関扉が勢いよく開く。


「あ、戻ってたんだ。今日はご馳走だよ。シカは好き?」

「シカですか? あまり食べたことがないですけど、たぶん好きです」

「じゃあ手伝って」


 そう来るだろうとは思っていたが、居候させてもらっている以上、疲れているからと断ることはできない。なんとか立ち上がり、重い足を引き摺って歩く。


***


「で、王室の目論見について察しはついたわけ?」


 食事中、肉を切り分けながらローザが尋ねる。


「教会を通している書簡だから、匂わせるようなこともしたくないのかも。というかそれ以前に、用件は直接会って話すと断言してる。こちらも言い分を考えなくて良いという点では、ありがたいけどね」

「じゃあ、とにかく会いましょうってこと? 今さら教会が文句を言うとも思えないけど、ずいぶんと威勢が良いんだね」

「書面に残したくないほど重要な話なのか、魔女との接触を目的にしているのか。くだらない話だと受け取られて断られたくないというのも考えられるけど、それは勘弁してほしいところ」


 王室側が用件を隠したがる理由はいくらでも想像できたが、魔女との接触を期待してのこととは考え難い気がした。東方教会が魔女を出すなんて、誰も予想していないだろう。


「王族は、魔女と会っても問題ないんだ?」

「顔を見られて問題があるのは、東の魔女だけなんだよ。どっちにしろ誰彼かまわず会える相手ではないけど、たとえば北の魔女と王族は、それなりにやり取りがあるらしいから。まあ、何かの折に挨拶する程度だろうけどね。今回の婚姻でも、祝言くらいは寄越したんじゃない?」


 北の魔女は北方教会の主席にあたる。名目上、教会は王室直属の組織なのだから、挨拶程度の交流は無い方がおかしかった。


「祝言くらいなら、南の魔女も寄越してるんじゃない? それでも各教会がざわついているということは、祝言の返礼では疑問が解消できなかったということでしょ。慣例の範疇なら、特別歩み寄ることにもならないし。半ば礼儀のような便りでも物珍しくなった点で、東方は有利だったかもね」


 そういった儀礼的なやり取りには、西の魔女も参加していないようだ。当然、教会の役人が代理しているのだろうけれど。


「それにしても、東方教会が魔女を表に出すなんてね。前代未聞じゃない? 知らないけど」

「王室相手なら問題ないんでしょ。出して利益があればの話だろうけど。とにかく会ってみないことには話が始まらないから、早く機会を作るように頼んでおいた。雁首揃えて対談しろってルフェは勧めていたけど、どうする?」

「雁首揃えて? アンリもってこと?」


 他人事としてぼんやりと聞いていたが、唐突に自分の名前が出て背筋が伸びる。


「そういうこと。下手に手の内を隠すのはまずいって」

「なんでぼくまで? 事情を知られるほうがまずいと思うけど」

「事情は言わなくていいんじゃない? だけど王室とのやり取りが増える以上、こちらの人員がばれるのも時間の問題でしょ。隠したことを怪しまれて追究されるほうが面倒なのは事実だし、ルフェの言い分は一理ある。ということで、アンリとローザも参加してね」


 ローザと顔を見合わせ、「まあ、断りようがないし」と、渋々承諾する。


「で、会場はどこ?」

「ここ。世話役をルフェにできるし、誰かに邪魔される心配もない。ローザは追加の結界をよろしく」

「こんなところに王族を来させるの? 怒られそうで嫌なんだけど」


 ローザは文句を言いつつ、何気ない仕草で灯りを点けた。すると、曇天のせいで行方不明となっていたオニキスが、ひょっこりと姿を現す。


「せめて掃除くらいはしなきゃいけないよね。あんたも手伝ってよ」


——了解。


 オニキスが微笑み、指で丸を作る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る