第20話 手を変え
「それで、お母さんを探すのはやめるわけ?」
昼過ぎに起きてきたローザが、外で何かを煮詰めながら尋ねる。どうやら料理ではなさそうだ。
「中断はしますけど、やめるというわけでは。誰かと一緒なら、ひとまずは安心ですし」
「まあそうかもね。アンリが会いに行っても、お母さんは帰って来ないと思うし」
「それもそうですね」
ローザが振り返り、訝しげに目を細める。
「何か吹っ切れた? お母さんを探すことに積極的でないことは、前からわかってたけど」
「急いで母を探す必要がなくなって、安心してるのかもしれません。母を見つけても連れ返せないだろうとは、ぼくも思っていたので。ところで何を煮てるんですか?」
「脂。蝋燭にするの。暇なら手伝ってよ」
そう言われて、蝋燭作りを手伝うことになる。ローザたちの自給自足の生活にも多少は慣れてきたが、はじめての経験ばかりで新鮮だった。
「ローザさんは、ずっとここに住んでるんですか?」
「ここではないけど、近くの森で父と暮らしてた。生活としては、ずっとこんな感じだけどさ。アンリは町育ちだから、物珍しいだろ」
「そうですね。田舎と言っても、生活に必要なものはひと通り手に入りますから」
「家も裕福なほう?」
裕福と聞くと、真っ先にクロエの家を思い浮かべてしまう。おかげですぐに肯定できなかったが、「貧しくはないですね」と頷く。
「親戚付き合いは皆無なんだっけ。近所で仲の良い人とかいないの? 家族ぐるみでさ」
「特別仲良くしていたといえば、ぼくの幼馴染ですかね。両親が多忙な家なので、家族ぐるみというわけではないですが」
「ああ、あの手紙の子ね。いやちょっと、不思議に思ってさ」
ローザは言いにくそうに視線を外したまま、「状況だけを聞けばの話だけど」と前置きする。
「妹さんが亡くなったとき、まず人為的な理由を疑うのが普通じゃない? アンリは精霊を見たから、こちら側の事件だってわかっただろうけどさ、魔術とは何の関わりもなくて、しかも医者という科学者寄りの人だったら、誰かの仕業だと思わないものかなって。お父さんは、妖精の泉の噂を信じきってたわけ?」
「どうでしょう。それについて話したことがなくて」
確かに、父が妖精の泉の噂を鵜呑みにしていたとは考えにくい。しかしそれよりも、誰かが妹を手にかけた可能性のほうが考えにくかった。
「精霊のことを差し引いても、誰かがやったことだとは思えません。近所の人であっても、夜中に妹を連れ出すのは難しいですし」
「連れ出すというか、誘拐を想定してるんだけど。難しいと言っても、絶対にできないことではないでしょ。変な話、魔術師ならできるかもしれない。とにかく妖精なんて曖昧なものより、人間がやったことだと思うのが無難じゃない? お父さんはその辺りに関して、何か言ってなかった?」
「いえ、まったく」
脂を糸にまとわりつかせて冷やし固める工程を繰り返し、蝋燭を太らせていく。その単調な作業をこなしながら、ぼくはぼやけた記憶を辿り、父の言動を振り返ってみた。フィオが言っていたことだが、やはり父には心当たりがあるのだろう。
「そういえば、例の女性の話ですけど」
「実の母親で、アンリのお母さんと一緒にいるかもしれない人?」
「どちらも仮定ですけどね。もしかしたらその人には、魔術師の素質があったかもしれないという話を聞きました。この前会った、孤児院出身の人から。それが本当で、父がそのことを知っていたのだとすれば、何かの因果を感じていても不思議じゃないですよね」
「ふうん?」
ローザが手を止め、煮詰められた脂を見つめる。
「その話は確かかもよ。母親が魔術師だと、子どもも魔術師になる可能性が高いんだ。アンリにその手の能力があるんだから、母親が魔術師でも不思議じゃない」
「じゃあその女性は、魔術師の家に引き取られる予定だったのかもしれませんね。それがどうして
「魔術師の血は貴重だからね。女なら余計に。だけどもしかしたら」
ローザがしばらく黙り、思案顔で視線を上げる。
「教会がその人を囲い込みたかったのだとしたら、孤児院に置いておくのが不都合だったのかもしれない。死んだことにするのは、さすがにやりすぎだと思うけど」
孤児院はあくまでも孤児を預かる場所であり、里親が見つかるまで一時的に養育することが本来の目的だ。基準を満たした里親が現れた場合、孤児院側が引き渡しを断る権利はない。
「孤児院でなければ、どこに置くんですか?」
「魔術師として見込みがあるなら、教会が費用をもって魔術学校に入れたのかも。キールの学校には寄宿舎があるんだ」
里子として公開されているも同然の孤児院より、寄宿舎のほうが確実に囲い込める。魔術学校なのだから、教会の管理下であることは訊くまでもない。
「その女性が死亡したことになったのは、魔術学校に移された後でしょうか」
「わざわざ記録を残してから消していることを考えると、学校で何かあったか、囲い込むうえで必要な手続きだったかだね。教会ならやりかねない」
前者だとすれば、魔術学校に手がかりがあるかもしれない。ここでも隠蔽が行き届いていそうなものだが、隠蔽するほどの何かがあったのであれば、痕跡が残っている可能性はある。
「魔術学校となると、聞き込みも孤児院のようにはいかないだろうね。ほとんど教会の一部みたいなものだし」
「ルフェさんに訊くのは?」
「そんな焦臭い隠蔽を調べさせるなんて、さすがに不憫だよ。今度は同期の生徒に当たってみるとか?」
その女性が何期生なのかもわからないというのに、無茶な話だった。「教会に勤めている人かも知れませんね」と返しつつ、こっそりため息をつく。
***
やるべきことを失ったぼくは、またもキールを訪れていた。もちろん魔術学校に突撃するような無謀なことはせず、図書館で古い新聞を調べている。適当なことを言って新聞を借り、目ぼしい情報が目に止まることを祈りながら、ぱらぱらとめくって目を通していたのだった。
教会が隠蔽していることであれば、新聞に情報が載っているとは思えない。しかし例の女性が死亡したことのほうは表向きの記録であり、公にされている可能性は捨てきれなかった。それが新聞に載るとも限らないわけだが、キールのような都市で起きた事件か事故なら、取り上げられていないほうがおかしいはずだ。
数年分の新聞をめくり続け、目が霞んでくらくらし始めた頃、小さな記事が目に止まった。
行方不明となっている女子学生の持ち物が、川で見つかったという内容だった。女子学生の身元については情報が無いが、現場は魔術学校の近くにある川のようだ。連日捜索したにもかかわらず遺体が見つかっていないため、数日前の大雨によって流されたものと結論付けられている。
遡って記事を探してみると、大雨についての情報が一面に載っていた。漫然と眺めていたせいで気に留めていなかったが、数名が濁流に流されて行方不明になっている。しかし、キールでの被害については情報が少ない。
魔術学校の寄宿舎は、校舎と並ぶようにして敷地内にある。洪水が起きた記録もないので、わざわざ敷地の外に出て川を覗きにでも行かない限り、大雨の被害に巻き込まれる恐れはなさそうなのに。
日にちを確認する。ぼくが生まれる一年ほど前の話だった。
この女子学生が例の女性なのであれば、あらゆる点が仮説と符合する。爽快感に似た悪寒を感じ、新聞を掴んだまま身震いした。
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