生きること
眠る時、また目覚めることを誰も約束してくれはしない。どれほどの沈黙の中でも騒がしくも聞こえる音がある。その音が誰の音なのか僕にはまだ分からずにいた。まぶたの裏、疑問符の羅列を見詰め続けていた。
目を覚ますとどこかに痛みを感じる。こればかりは確かに私の痛みだろう。
「おはよう」という音を必要とせず世界は進んでいく。
その言葉で何かが変わる訳でもない。それなら僕から出る音に意味などあるのだろうか。それともこの声は僕の中でだけ響いているのだろうか。
例えばこの身体が僕のものだとして、それならどうしてこの苦しみも痛みも誰かに伝わることもないのだろうか。
この命が僕のものだというのなら、なんで上手く息ができないのか。
間違っているだろうか。僕はずっと僕として正しくあろうとしていた。どれだけ振る舞っても、他の誰かと同じじゃないんだと訴えても、世界は正しさなどどうでもよくて、誰が誰であろうと関心がない。
この世界の中、僕が僕であると証明出来るのは僕だが、その判断が正しいといったい誰が言ってくれるだろうか。ねえ。僕の独断で決められるほど僕は強くない。
今日「おはよう」と言ったところで、君たちが返事をすることはない。今日「おはよう」と言わなくても、君たちが訪ねることはない。今日たすけてと。
何をしようと、何もしなくとも、君たちは変わらない。
それはどうしようもなく私など居ない説明にならないだろうか。
それならどうして、この身体が自分のものだと言えるだろうか。
代わり映えしない言葉の宛先が私だと思えるのだろうか。
反応の無い世界でどうやって自分に気付けばいいのだろうか。
消え入りそうな苦しみの中、爪を立て腕に刻んだ痛みだけが微かにこの心と身体のどちらもが私のものなんだと証明してくれた。
不明確な存在。終わらない不安。手に入らない実感。否定することでしか説明できない事実との相違。否定されていく私の全て。納得するためには私を私が否定するしかなかった。乖離していく心と身体、理性と感情。
「苦しみや痛みなど誰しも味わう」と言った。
それならどうして僕は君たちのように平気でいられないのだろうか。
眠るのが怖くて、起きたとき身体は動かなくて、腕の痛みなくして自分が在るのかわからない。時折、苦痛が恐怖が不安が歩み寄ってくる感覚がある。
みんな同じだろうか。違うと分かっていても、僕が違うことを誰も分かってはくれない。どこで違えたかな。
この苦痛を分かち合おうと、分かり合おうと、分かってくれとは思わない。ただ、この苦痛が恐怖が不安が違いがあることを認めて欲しかった。そうでないと、苦しんでいる僕が何なのか分からないから。
でも、君たちが分かることはない。僕とは違うから。
他者の苦痛に気付くことなど、違いを理解することなどないのだろう。
僕は僕を証明しよう。例え間違っていようと、正しさなど曖昧なのだから。
僕だけが知る世界があるんだ。それを描くこと、この世に在るものにするこが、理性と感情のズレを正してくれる。それはどうしようもなく僕の存在の証明になってくれる。頁に刻んだ文字が言葉が物語が僕は僕だと、僕は居るのだと確かに教えてくれた。それが生きることと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます