第20話
「と、意気込んだのはいいですけど、……まずどうすればいいんですか?」
「じゃあまず、トゥイッター開いて」
「はい」
武富さんの指示通り、僕はスマホに初期設定時からインストールされていたトゥイッターのアイコンをタップする。
そうして最初に開いたのはアカウント登録設定画面だった。
名前の設定か。
まあ本名でいいよね。
「柊アオト……あっ間違えた。えっと……」
慣れないフリック操作でもたつきながらも名前を入力する。
「アオ君、名前の記入ミスあるよ」
「えっ、どこですか?」
「シスコン王子が抜けてる」
「もしかしなくても喧嘩打ってますね」
真面目に聞き返して損した。
「いやだなぁ、冗談だって」
「ハァ、本当にやめてくださいよ」
これからもシスコン王子でいじられ続けるのだろうか。
常時ふざけている武富さんだけならまだしも、他の人にいじらあれるのは嫌だ。
なんてちょっとした危惧を残しつつも、アカウント登録を進める。
「——……よしっ、これで全部できました」
意外と簡単に登録を済ませることができた。
最近のSNSは簡略化が進んでいるんだなぁ。
「じゃっ、何でもいいからトゥイートしてみて」
「そんな漠然と言われても……」
こちとらトゥイッター初心者なのだから、もっと正確なアドバイスが欲しいものだ。
「最初だし「初めまして」とか「こんにちは」とか、挨拶みたいなやつでいいんじゃない」
「挨拶文ってことですか」
「まあそんな感じかな」
「なるほど、やってみます」
1分後。
「できました」
「ん、どれどれ」
一応武富さんにチェックしてもらおうと報告すると、彼女は顔を近づけスマホの画面を覗き見る。
その行動に一瞬ドキッとするも、すぐに平時に戻る。
「えーっと、[初夏の折、草木の緑も深くなり、輝かしい夏の訪れと共に健やかな日々をお過ごしのことと存じます。本日はわたくしの初めてのトゥイートを御目にかけていただき誠にありがとうござい]——って、マジメかッ!?」
「いってッ!」
真面目にやったら怒られた。
しかも脳天にチョップ付きで。
「マジメにやるな!」
「そ、そんなぁ……」
あまりに理不尽な叱責に、不満を通り越してショックを受ける。
こんな怒られ方生まれて初めてだ。
「じゃ、じゃあどう書けばいいんですか」
「もっとフランクな感じでいいのよ。社交辞令じゃなくて、仲良くなりたいという意思を見せるような文を作るの」
「仲良く……ですか」
抽象的なアドバイスだなぁ。
まあとりあえずやってみるか。
と言っても、中学生まで友人と呼べる人間がほぼゼロだったし(いじめられ引き籠っていたから)、最近ようやく白浜さんとかノノさんと話すようになったくらいである。
他人と仲良くなる方法を全く知らない僕にとって、文章だけで仲良くなりたい意思を見せるなんてレベルが高すぎる。
と、とりあえず、記号とか顔文字とか一杯使ってフランクな感じを演出してみよう。
3分後。
「できました」
「どれどれ」
武富さんは再び顔を近づけ、スマホを覗き見る。
「なになに[初めまして☆彡(^o^)/ 柊アオトです‼♡♪ みんなと仲良く(*´▽`*)なりたくてトゥイッター始めました♡♡♡ フォローしてくれるととっても嬉しいです♪♪♪(*^_^*)]…………」
「どうですか?」
「キモイおっさんかッ‼」
「いっでッ‼」
ゴッ! と脳天を殴られた鈍い音が痛みとともに脳に響く。
肉体的にも傷ついたが、それよりツッコミのような罵声の方が僕の心に深い傷をつけた。
キモイおっさんは流石に酷すぎる……。
「ふざけずマジメにやれ!」
「いや、さっき真面目にやるなって言ってましたよね!」
さっきとは真逆の叱責を受けた。
もうどうすればいいのかわからない。
「今回はふざけ過ぎなの! どうしてこうなるのよ!」
「ちゃんとフランクに書いたじゃないですか」
それに「仲良くなりたい」とも書いたし。
「書けてねえよッ‼」
「い˝っでッ‼‼」
再び拳骨。
しかも前のより威力が強い。
「な、なにも殴らなくても」
「これはボケ役の私にツッコませた罰よ」
なんたる理不尽。
暴君ここに極まり。
「もう私がやるわ」
武富さんが僕のスマホをひったくり、僕になりすましトゥイートをする。
「はい、こんなんでいいのよ」
返してもらったスマホの画面には、
[初めまして、柊アオトです! よろしくお願いしますm(__)m]
と二文でまとめられた僕の初トゥイートが記載されていた。
「短くないですか?」
「これくらいがちょうどいいのよ」
「そうなんですか——あっ、返信来た」
「ピコン」という通知音に反応し、画面を見る。
まだ送って一分も経ってないのに、こんなに早くコメントがくるものなのかな。
「おっ、早速食いついたね。なんて書いてある?」
「……それが」
「ん? どうしたの」
「なんか、……炎上しています」
「え! 嘘!?」
武富さんが慌てて画面を覗くと、そこには、
[初めまして、柊アオトです! よろしくお願いしますm(__)m]
➡[出たよwこういう輩ww]
➡[流行りに便乗するな]
➡[なりすまし乙w]
「……」
「……」
……トゥイッター嫌いになりそう。
「もしかして僕じゃなくて武富さんが書いたことバレてます?」
「そんなわけないでしょ。流行りに乗ってなりすます輩と思われているだけ——」
「「ピコン」あっ、また返信来た」
話し合いを止め、二人でまた画面を見ると。
➡[文章の書き方がアオト様じゃない]
「バレてる‼」
名探偵もびっくりの鋭すぎるコメントに武富さんは素で驚く。
す、すごいな。一体何者なんだろう……。
好奇心で名前の欄を見てみると「nonoさん」というハンドルネームの方だった。
……偶然………だよな?
——でも、この人以外は書き方の癖には気づいていないようだ。
「ま、まあ、このコメントは無視するとして。ちゃんと本人である証拠を見せないとね」
話を戻し、武富さんはそう提案する。
「証拠といっても、何を送れば本人だと信じてくれるんですかね?」
「まっ、自撮り写真とかでいいんじゃない? 二、三枚トゥイートすれば信じてくれるでしょ」
「僕、自撮りやったことないんですけど」
加工とか遠近法とかいろいろ駆使すると、テレビの特集でやっていた。
スマホ自体あまり使わない僕にとって、最新の機能を使いこなすのは至難の業だ。
写真自体そんな撮らないし。
「ただ自分を撮るだけだし、そんな難しくないよ」
「あっ、そうなんですね」
それだけでいいなら僕にもできそうだ。
スマホのカメラ機能を立ち上げ、カメラを内側に向けようとする。
えっと、内側にするのってどのボタンだっけ、……あっ、これか。あ、あれ? なんかフラッシュオンになっちゃった。
と、悪戦苦闘しながらもなんとかとる準備が整う。
僕はカメラを正面に向け、真正面で写真を撮ろうとすると、
「いや、証明写真撮るんじゃないんだから」
「えっ、ダメなんですか?」
「ホントにスマホダメなんだね。アオ君」
何故か呆れ半分で言われる。
武富さんは僕の後ろに回り込み、手を取り自撮りの撮り方を享受する。
「いい? カメラは右上から自分を見下ろすように、自分はカメラ目線で見上げて」
「あ、あの、み、密着しすぎて、その、む、胸が……」
「ん? 何?」
「……何でもないです」
黙っておこう。
何故か僕の心が本能的にそう訴えた。
「それで顎は引いて、そうそういい感じ。——じゃっ、シャッター押して」
武富さんがすべての手順を教え終え、僕は何故か若干の名残惜しさを抱く。
本当に何故かはわからない。
…………本当だよ。
———「カシャ」
僕はその後少し角度を変えたりピースをしたりして変化をつけ、三枚ほど写真を撮り、トゥイッターにあげる。
すると、たちまち返信が舞い込んでくる。
[(画像)]
➡え、マジで本物?
➡フォローしました! ドラマ見てます!
➡俺は最初から信じてたし
「……手のひら返しがすごいですね」
「ネット民なんて所詮こんなもんさ」
まあでも、信じてくれたことに変わりはないし、返信もイイネの数もうなぎ登りだ。
それによってフォロワーも徐々に増え、既に七十人に達している。
ものすごい反響だな。
……それよりさっきからフォロワーの半分を占めている「nonoさん」「nonoさん2」「nonoさん3」という量産型みたいな集団は何者なのだろう。
まさかとは思うけど一人が捨て垢ばかり作って、八百長みたいなことしているわけではないよね?
そうでないことを祈ろう。……あの人だったらやりかねないけど。
「じゃ、良い感じに盛り上がってきたわけだし、なんかトゥイートしてみたら?」
「そうは言ってもトゥイートするネタがないですし」
「そんなんテキトーでいいのよ、テキトーで」
「[マネージャーが無能now]っと」
「待て貴様」
ガシッとフリック操作をする手を掴まれ、トゥイートを阻止される。
「あっ、すいません。nowじゃなくてforeverでしたね」
「仏の楓子と言われたこの私も、堪忍袋の緒が粉々に四散しそうだぞ」
まさか緒が切れるどころか爆発四散するとは。
日々の仕返しのつもりでちょっとやってみただけなのだが……。
「じゃあもっとちゃんとアドバイスをください」
「ハァ、しょうがないなぁ……」
え、なんで武富さんが教えてあげるみたいなスタンスになってるの? 最初に言い出したの武富さんだよね?
「まだほぼ無名とはいえアオ君も芸能人なわけだし、芸能人の日常とかそういうのは結構食いつかれるんじゃない?」
「僕の日常なんてドラマ撮影以外何も面白いことないですよ。芸能人なんて名ばかりで、生活は一般人と何ら変わりませんし」
「それでいいの。そういう一般人と何ら変わらないっていうのが見てる人の共感を誘うのよ」
「な、なるほど」
あまりにちゃんとし過ぎたアドバイスに思わず感心してしまった。
「じゃあ早速トゥイートしてみますね」
「まあ物は慣れさ。やるだけやってみな。……あっ、でも一応トゥイートする前に私に確認させ——」
「「ポチっ」……え?」
トゥイートのボタンを押してから、僕は武富さんの方を振り返る。
「……」
「……」
何かをやらかした時、そこには沈黙のみが残る。
「って黙ってる場合じゃない! まさかまたキモイおっさんみたいな文体で送ってないでしょうね!? ちょっと見せて‼」
今まで見たことないくらい焦った様子で僕のスマホをひったくり、画面を見る。
そ、そんなにさっきの文体で送ることを恐れていたの?
流石にショックだ。
「……[今朝の朝食はトーストです。おいしかったです]、…………」
「えっと、……ダメですか?」
「いや、まあ、その、ダメじゃないけど。…………つまんなっ」
「ちょっ‼ それはあんまりですよ!」
「だってなんも面白くないし。何この小学生の日記みたいなトゥイート。毒にも薬にもならないただのぬるま湯のような無利益かつ無害なトゥイートね」
「うっ!? い、今までのどんな罵声や理不尽よりも傷ついた……」
「だってそうでしょ? こんなの誰が見たってそう思——」
と、武富さんが言いかけた瞬間だった。
「ピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコン!」
スマホがまるでピンチな時のウル●ラマンのカラー●イマーみたいに鳴り響く。
「わっ! な、なに?」
驚きながらも武富さんは画面に目を向け、僕もまた彼女の後ろから覗き込むように見る。
[今朝の朝食はトーストです。おいしかったです]
➡なにそれ可愛い笑
➡私もトースト食べたーい
➡逆におもろいw
➡【朗報】柊アオトの朝食はトースト
➡キュン死しました。誰かAED持ってませんか?
「か、過去一の返信数ですね……」
「………………マジか」
——僕の朝食トゥイートは見事にバズり、その日のうちに僕のアカウントのフォロワーは千人を超え、翌日には僕のトゥイートがネットニュースに載ることとなった。
ネットって何が流行るのか全く分からん。
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