第2話 五十一位
私は一位ではなかった。会場は少しざわついたものの、リリィが一位の席に座り、私は安っぽい椅子に戻らされた。
本当に奇跡が起こったのだと思ったが、世の中はそんなに甘くはなかった。ダメで元々。強がりではなく、本当に一位を取れるなんて思っていなかった。
私の家系は代々踊り子を生業としている。踊り子は、昔は踊りによって人々を元気づけ、力を与えてきたらしい。力を与えるというのは比喩ではない。踊り子が特定の振り付けで舞うと、周囲の仲間の力を増強させることが出来るのだ。戦場の後ろで踊り子が舞っているというのが一昔前の戦争の風景だったらしい。
だがそれも魔法使いの台頭によって変わってしまった。魔法使いは、魔法によって味方の力の増強が出来る。それに加えて魔法で攻撃も出来る。一方、踊り子の能力は味方の力の増強に特化しているため攻撃手段を持たない。
それ故に、より便利な魔法使いに立場を奪われていき、踊り子は徐々に戦場での役目を失っていった。あっという間に踊り子は、水商売として性的に男を元気づけるだけの仕事となった。今では根強い差別意識が蔓延っているため、踊り子の私に投票するもの好きは少ないだろう。
これは踊り子に限った話ではない。ここ五十年くらいで自分の専門にプラスして魔法を使う事が一般的になってきているため、戦士は魔法戦士、武闘家は魔法武闘家、治癒師は魔法治癒師と在り方が変化している。
何らかの理由により魔法を使わない戦士、武闘家、治癒師などの人々も徐々に立場が悪くなりつつあるのだ。彼らは彼らにしか出来ない前衛や肉弾戦、治癒といった仕事があるため戦いにおいて踊り子ほど無用扱いではないが。
魔法は誰でも使える、というのが世間での触れ込み。だが、世の平均から並外れて出来る人がいるのと同じように、世の平均から並外れて出来ない人もいる。私は後者だ。だから、私は魔法が使えないただの踊り子として生きていく他ないのだ。
お母さんから何度も聞かされた愚痴にも似た踊り子の苦難話。それを思い出しているうちに、暫定の順位発表は粛々と進んでいた。
残る椅子は五十位のみ。どうやら私の席はあそこらしい。踊り子ということを考えれば当然だろう。自分のルックスに自身が無い訳ではないが、ここに集まっている人と比べたら差別化の要素にはならない。
「あれ? 私とリリーさんが残ってるのに椅子が足りないですね。数え間違えかな?」
私の横には巨乳のメリアが座っていた。確かにおかしい。一位の椅子から四十九位の椅子まで空きはない。つまり、ここには勇者候補生が五十一人いる事になる。だが、司会は開会宣言で五十人と明言していた。
自分にとって最悪な想像を膨らませてしまう。嫌な汗が全身から吹き出してくる。
『では……五十位です。メリア・ラエリア』
司会の合図を受けてメリアが私の方をチラチラと振り返りながら申し訳無さそうに前に出ていく。お願いだからそんな目で見ないでほしい。
一位から五十位までの席が埋まった。私は安っぽい舞台と向い合せに並べられた椅子に座っている。周りにいた五十人は全員が舞台に上がった。
つまり、私は五十一人目。椅子は五十個でしっかりと足りていた。一体これは何の嫌がらせなのだろう。
舞台の上の五十人も、私が何者なのかとざわつき始めた。
先ほど椅子を借してくれた係員が私に近づいてくる。
「あのぉ……部外者の方がどうやって入ったのか分かりませんが、ご退場願えないでしょうか」
「い……いや。私にも招待状が届いているんです」
鞄から招待状を取り出し、係員に渡す。係員は下っ端で判断が出来ないのか、その招待状を持って司会のところへ行ってしまった。今度は司会が係員を伴って私の元へやってくる。
「リリー・ルフナ様。第三回勇者オーディションの責任者を務めているヒース・グレイと申します。此度の失態、大変申し訳ございませんでした」
ヒース・グレイは白髪のおじいさんだった。遠目で見るともう少し若く見えたのだが、この感じだと年齢は私のお婆ちゃんといい勝負だろう。
年の功なのか、思ったよりも丁寧な対応をしてくる事に驚いた。責任者というくらいだし、貴族の端くれなのだろう。私のような平民にもきちんと接してくれるあたり、成り上がり貴族ではないのかもしれない。
「えぇと……私は一体どうなるのでしょうか。このまま失格、というか退場ですかね」
「いえ。結論から申し上げますと、五十一位として参加いただきます。それで良いでしょうか」
「あ……はい。大丈夫ですが……サプライズとかではないんですよね?」
ヒースは眉を下げて困り顔をすると、声を落とし目にして周囲に聞こえないように私に告げてくる。
「舞台に上がったら口裏を合わせてください。建前はマンネリ防止のために取り入れたサプライズです。実際は手違いによって一位のリリィ・ルフナ様に送るものをリリー様にも送っていた、という事かと。今回は辞退者が多かったせいで事務局も少々バタついていたので……」
あくまで私は事務局のミスでここに連れてこられたという事らしい。実際は連れて来られたというより、招待状を貰ってウキウキしながら自分の足で来た訳だが。
ヒースは明言しなかったが、勇者オーディションに参加させる代わりにこの失態の事を黙っておけ、と言いたいのだろう。
多分だが、ミスを認めると責任者として方々への謝罪や説明が発生するのだろう。サプライズという事にした方がヒースにとっても都合が良いのだろうと勝手な理解をする。
私としても、本来は参加できなかったはずのオーディションに参加できるのだから断る理由はない。大きく頷いてヒースに返事をする。
「分かりました。私はサプライズで参加する五十一人目の勇者候補生、リリー・ルフナですね」
「話が早くて助かります。ちなみに魔法はお使いになりますか?」
「いえ……体質的に使えないので」
「承知致しました。では、少しお待ちください」
ヒースは係員に耳打ちすると舞台の上に戻り、拡声器を使って話し始めた。
『では、ここで発表します。第三回目となる今回はレジェンド枠を設けます。レジェンド枠では魔法を使わない旧来のスタイルを貫く方の中で、最終選考に入らなかった一名を選抜いたしました』
どうやら私に魔法を使えるかと聞いたのは、適当な理由付けのためだったらしい。旧来のスタイルを貫くと言えば聞こえはいいが、ただ使えないだけなのだ。
ヒースが口八丁のでまかせを並べている傍らで急ごしらえの五十一位用の椅子が用意された。数字を書いた紙を貼り付けただけのものだ。五十位ですらきちんと木製の背もたれに数字が彫られていたので、そこと比べてもみすぼらしさが残る。
だが、そんな事に文句をつけるいわれもない。粛々と前に進み出て、舞台に上がり、五十一位の椅子に座る。
『レジェンド枠。リリー・ルフナ!』
こうして私は飛び入りで勇者オーディションに参加する事になった。
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