第14話・食後にするには消化に悪い話
そろそろ東京も梅雨前線の上下動が気になる季節の、とある夜。
お嬢さまは食事の済んだ後、住み込みのメイドに切り出した。
「じゅぎょうさんかん、といいますとー…あの授業参観?」
「他にあるんなら教えて欲しいけど、多分それ」
「…おじょーさま学校ってけったいなことするんですね。高校生にもなって授業参観なんかやる学校があるとは思いませんでした」
わたしだって考えてもみなかったわよ、と篠は「第一回」と大々的に銘打たれた、授業参観のお知らせのプリントをダイニングのテーブルに置いて麻季に差し出す。
「…ふーん。けっこー真面目そうな企画じゃないですか。保護者だけじゃなくて寄付してるひと向けの催しっぽいですけど」
「なんか去年、学園祭で校外の招待者が問題起こしたらしくてねー。今年から外部のひと入れる催しはこれになっちゃったみたい。迷惑な話だわね」
頬杖ついてため息をつく篠に、他人事としか捉えていない麻季。
キッチンの片付けも済み、住み込みメイドはあと風呂を沸かせば仕事が終わり、という時間帯に、そして爆弾は投げられた。
「でね、麻季。わたしの授業参観に来てちょうだい」
「……………─────………、────…はい?」
長かったわね、とお嬢さまは、麻季の反応がいたくお気に召し、かつ感心もしたようなのだった。
「………あのー、お嬢さま。こーいうのはご実家の旦那さまや奥さまにお声かけするものなのでは。家族ですらないあたしに頼むよーなこっちゃないでしょ」
「えーとね、麻季。旦那さまとか奥さまとかってあなた会ったことないでしょうに。だから教えてあげるけど、わたしが学校で何してるかなんて興味ないからね、あのひとたち」
「旦那さまうんぬんはメイド的に正しい発言だと思いますが。あとあたしが言えた義理じゃないのは承知の上で言いますが、親に向かってその物言いはないんじゃないすか」
「ほんとに言えた義理じゃないわね」
と、先日、従姉妹に散々なクチを利いてたことを引き合いに出してやり込めようとしたが、さて言われた方は馬耳東風の呼吸する見本のような顔をしていたのだから、これ以上ツッコんでも無駄というものだろう。
「…とにかくね、誰でもいーから連れて来い、って話なの。迷惑なことに。誰でもいいなら麻季に来てもらうのが一番穏当かな、って」
「あたしが顔出して穏当で済むわけないじゃないですか。このナリですよ?通報されるのがオチですって」
と、もみあげのところに下ろした髪を摘まみながら言った。
それはまあキンパツ髪に、背中におわす龍も猛々しいスカジャン。いつぞやの日曜もそうだったが、仕事と関係無い日は大概そんな格好をしている麻季である。
流石に篠の学校に行くのにヤンキースタイルはあり得ないだろうが、歩き方から口調まで、言動の全てがお嬢さま学校にそぐわないのだから、通報はともかく門前払いくらいは普通にありそうだ。
…と、麻季は思ったのだが。
「だいじょうぶなんじゃない?」
お嬢さまの方は、なんとも気のない風に指先のささくれなんかを気にしてる様子なのだった。
「…えらい気楽に言ってくれるじゃないですか。いーでしょ、あたしを納得させれるくらいに大丈夫な理由があるんでしたら、授業参観でも三者懇談でもなんだってやってやろうじゃないすか」
「え、三者懇談もいいの?じゃあお願いするわね」
「あたしを納得させれば、とゆーたじゃないですか。言っときますけどね、髪を黒く染めて清楚系の化粧でもすりゃいーじゃん、とかいうのはナシですからね。昔やってひでー目にあったんすから」
「それはそれで興味あるけど、でもそんな必要ないわよ。だって麻季、その髪地毛でしょ?」
「……………え?」
もみあげを指でくるくる弄んでいた指は、凍り付いたよーにピクリともしなかった。というか、睫毛の一本すら微動だにしなかった。
「………えーと」
それでも、辛抱強く再起動を待つお嬢さまの努力に応え、どうにか口を動かすことだけには成功した。
「……その、根拠…は?」
「根拠もなにも」
それはそれなりに必死の努力の結果だったのだろうけど、篠の方はというとこれがまた、特に驚きも歓びもせず、麻季のもみあげをぴしっと指さし、
「だって二ヶ月も染色だか脱色だかしてないでしょ。それなのに色変わらないんだから地毛なんだろうな、って。……ねえ、そんなにショックだった?わたしは別に麻季がねーてぃぶの白人だからってどうとも思わないわよ」
「…いえ、あたしは根っからの日本人すけど…その、何代か前に北欧人がいたらしくて、隔世遺伝だとかなんとか…」
「ふーん。金髪って劣性遺伝じゃなったっけ?」
「あ、いまは劣性とか優性って言わないらしいです…確か顕性とか潜性とか」
「…うん、まあどうでもいいわ。それで、納得したんなら、授業参観の方お願いね」
「あー……あ、はい。わかりまし……た?」
何をどう納得したのか分からないままそういう形にされてしまったということに気付いたのは、その夜布団に入ってからのことだった。うっかりにもほどがあるというものだろう。
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