村を焼いた極悪領主に復讐したいので、クラウドファンディングで復讐資金を集めます!

劉度

少年が復讐を始めるまで

 雨が降っていた。分厚い黒雲から無数の雨粒が村へと降り注いでいた。否、それは既に村ではない。残骸の集まりだ。かつては村だった廃墟は、20軒ほどあった家も、刈り取った麦をしまっておく倉庫も、日曜日にミサを行う教会も、麦畑も、豚小屋も、全て燃え尽きていた。

 人も同じだった。どれもこれも黒焦げで、男の人か女の人かもわからなかった。ただ、家の前に転がっている焼死体は、その家の住民だろうということが辛うじてわかるだけだった。


 唯一灰ではないのは、歩いている少年だった。小さな少年は、金髪も、色白の肌も泥まみれだ。青い瞳は涙で濡れている。少年が背負うカゴには薬草が入っていた。少年の名はフィン。この村に住んでいた。

 フィンだけが助かったのには理由がある。彼は薬草を取りに、姉と一緒に山に入っていた。その途中、領主の軍勢とすれ違ったので、見つからないように森の中に隠れた。領主に目をつけられたら、何をされるかわからなかったからだ。

 領主をやり過ごし、薬草を集めていると、村から煙が上がっているのに気付いた。姉は様子を見てくると言って、フィンを山小屋に置いて村に戻っていった。一晩経っても戻ってこなかったので、少年は1人で山を降りて村に向かった。


 そこで見たのだ。この惨状を。村は焼き尽くされ、人は殺し尽くされていた。フィンの顔は青い。この先にある、あって然るべき光景を見たくなかった。しかし、足が自然とその方向へ向いていた。

 そしてフィンは辿り着いた。自宅に。他と同様、黒焦げになって崩れ落ちていた。そして家の前には黒焦げの死体が3つ並んでいた。父と、母と、それに姉か。


「……あああぁぁぁ!!」


 悲鳴、あるいは慟哭。フィンの喉から声が絞り出された。


「どうしてっ……なんでっ、こんなっ!」


 誰も悪いことはしていなかった。領主に納める税も欠かしたことはなかった。こんな無残に全滅させられる謂れはなかった。


「返してよ……お姉ちゃんを! お父さんも、お母さんも、村の皆を返してよぉ!」


 泣き叫ぶ少年の声が響き渡る。だが、村に生者は誰もいない。大地も木々も黙するばかりで、少年の悲鳴には答えない。


 しかし、天はその声を聞き届けた。

 不意に雨が止んだ。フィンが顔を上げると、厚い黒雲に穴が空いていた。そこから陽の光が差し込み、フィンを照らしていた。フィンは眩しさに目を細める。

 雲間に何かが見えた。見間違いかと思い、フィンは目をこするが、それは確かに存在していた。光に目が慣れてくるにつれ、それが人影であり、なおかつフィンに向かって降りてきていることがわかった。

 やがて人影はフィンの前へと降り立った。綺麗な女性だった。艷やかな長い黒髪、長いまつげの下の赤い瞳。体は白い簡素なローブで覆っていて、背中には一対の大きな一対の大きな黒い翼が生えている。その手には、麦の収穫で使う大鎌を握っていた。


「死神……!?」


 死神は命を刈り取る鎌を持つ。昔話を思い出したフィンは、怯えた顔で後退りする。

 女性は首を横に振り、口を開いた。


「違う。我が名はエリニュス。汝の慟哭を聞き顕界した、復讐の女神である」


 神は神でも、女神だった。


「フィン。汝の無念、我が聞き届けた。復讐せよ、力を振るえ。神が、我が許す。汝が何を成し、いかなる殺戮を行おうとも、その魂を天へと導こう」


 堂々たる宣言。復讐を促すその言葉に、フィンは暖炉の側で姉に聞かされた話を思い出していた。


 遥かな昔、百の魔族を討ち、世界に平和をもたらした、ハルムートという勇者が居た。彼には愛する者がいたが、悪い王にその人を殺されてしまった。ハルムートは復讐のために、人殺しの禁を破って恋人の仇を討った。殺人の罪を犯したものは、地獄で永遠の責め苦を受ける。ハルムートはそれを覚悟して復讐を遂げた。しかし、復讐の女神エリニュスによって罪を赦され、天国へ昇っていったのだ。


 そのエリニュスがフィンの前に現れ、復讐を促している。ならばフィンの復讐も赦されるのだろう。しかし。


「できません……」

「何?」

「無理なんです。この村を襲ったのは、睡蓮公女のアヤ様なんです……」


 山の中ですれ違った領主の軍。その旗印をフィンは覚えていた。交差する剣と鉾、細やかな意匠が施された盾、その下に彩られた白い睡蓮。睡蓮公女アヤの旗印だ。

 彼女は王国最大の領地を有する睡蓮公の一人娘である。跡継ぎに恵まれない睡蓮公にとって唯一の後継者であり、絶大な権力を持っている。

それに文武両道、若くして政治でも軍事でも結果を残し、学問も多数修めている、万能の才女だ。皇太子との結婚も決まっており、いずれは王国の最高権力者になるだろう。


「一度だけお城に行ったことがあるんです。大きいお城で、すっごいたくさん兵士の人がいて……。公女様も遠くから見たけど、凄い綺麗で、凄く立派で、強そうな人でした。僕なんかじゃ、復讐したくても力が足りない……」


 うなだれるフィンに対し、エリニュスは言った。


「力は買える。金で」

「お金……? でもお金なんてないです!」


 フィンはただの農民の少年である。財産など無い。あったとしても、全て灰になってしまった。だが、エリニュスは動じない。


「ならば、集めよ」

「どうやって?」

「クラウドファンディング」

「クラウドファンディング」

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