(二)-13

「社長、今回の件、誰かに話しましたか?」

 豊永晴雄は、会社に戻り社長室で社長の波川凡人に会うやいなや、挨拶も抜きにそう尋ねた。

「今回の件?」

 社長は丸い輪郭の顔を満面の笑みで飾った。無邪気な笑顔だった。初めて見る人は、まるで恵比寿天や大黒天のモデルといえば信じてしまうかもしれない。実際性格も良い人で従業員にも親切だった。

 社長のその答え方は、一般の人間であればとぼけている、もしくはウソをつこうとしていると受け取ったかもしれない。しかし、豊永には、それは社長らしさの一端であることをよく知っていたので、腹は立たなかった。本当に「今回の件」で何のことを指しているのか、すぐに思い出せなかったのだろう。


(続く)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る