Tale25:その姉には、愛おしい弟と妹がいます

 転移してくると、急に視界が白く霞んでしまった。


「おっ? なんだ、これ」


「お先真っ白ですね、お姉様」


 ホワイトドラゴンのいる森に来たはずなのだけれど。

 そこまでホワイトになっちゃったのかな?


「やっほー、リリア、スラリア」


 悪い視界で気づかなかったが、近くにオーリがいたようだ。

 その辺の道ばたでばったり会ったみたいな軽い感じで声をかけてくる。


「たぶん、俺がここを離れたら霧も晴れると思うよ」


 ああ、なるほど、霧が出ていて先に進めないということか。

 オーリからのメッセージを読んだときはなにかシステム的な遮断をされているのかと思っていたけど、世界観を壊さない良い演出だね。


「うわっ、その装備かっけえ!」


 霧が濃いとはいっても、近くに来れば着ている装備も見えてしまう。

 このファンタジー満点の装備は、オーリにとってはグッとくるものだったようだ。

 いや、私も気に入っているんだけどね……透け透けじゃなければ、って感じかな。


「ちょっと、あんまりじろじろ見ないでよ」


 近かったオーリの顎をぐいっと押して、透けから遠ざける。

 素直に離れるオーリだが、興味まで失うことはなく。


「クリエイターの生産装備か、いいなぁ……誰に作ってもらったの? どんな性能?」


 わんわんとまとわりついてくる子犬みたいに、いろいろと聞いてくるのだ。

 ワクワクしすぎでしょ、可愛いんだから。


「もう、今度紹介してあげるから――ハウスっ、お家に帰ってなさい」


 はぁい、としゅんとする姿は愛おしくて、思わず笑ってしまう。

 背が高いというところ以外は、まだまだ子どもみたいなところがある。


「帰ったら勉強するんだから、お利口さんにして待ってるのよ」


「こんなときでも勉強するの? 俺、ドラゴンの方を応援しようかなぁ……」


 そう言い捨てて、オーリは転移していった。

 まったく、もしお姉ちゃんがデスしたら、現実の方で勉強させるだけなんだからね!



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 オーリがいなくなってしばらくすると、徐々に霧が晴れていく。

 完全に晴れるよりも早く、遠くにドラゴンのいた岩山の影だけが見えた。

 待つ必要もないので、そのごつごつとした影の方向に歩きはじめる。


「スラリアは、リリアが“ママ”だっていう感覚はないの?」


 緊張しているわけではないけれど、なんとなく気を紛らわせたい。

 そう思って、隣を歩くスラリアに話しかける。


 あのホワイトドラゴンは、おそらくリリアが自らの創造主だと知っているのだろう。

 だから、“ママ”という親しみを持った呼称を使う。

 それに対してスラリアは、人型を模倣して声を発することが可能になった際に、リリアを“女神様”と呼んでいた。

 もちろん呼び方は自由であるが、それにしたって認識の隔たりは感じる。


「うーん、“ママ”ってお母さんのことですよね? そうであるなら、私にとって“ママ”はお姉様ということになります」


「ん? どういうこと?」


 いまのスラリアの言葉には代名詞が多すぎて、理解が及ばなかった。

 ただでさえ、私とリリアが同じ名前でややこしいのに。


「私の記憶は、お姉様が笑っているところから始まりました。まだお姉様がなにを喋っているのかはわからなかったけど、嬉しそうに抱きしめてくれて、すごく安心したことを覚えています」


「それって、一番初めのチュートリアルのときか……なるほど、あなたはあのときに生まれたのね」


 だから、刷り込みのようなもので私のことを“ママ”だと思ったということかな。


「はい、それからしばらく私はぷにゅぷにゅでしたが、少しずつお姉様が言っていることがわかってきて、少しずつこの世界のことを学んでいきました……さっき、“ママ”はお姉様のことだと言いましたが、あれは強いて言うならって感じです」


「ふふっ、いっしょにいるうちに、こいつは頼りないから母親から姉に降格だーって思った?」


「違います違いますっ! お姉様はいつだって頼もしいですっ」


 ちょっとからかってみると、スラリアは面白いように慌てる。

 うん、そんな表情も可愛いな。


 はて、こういうところが母親に至らない原因なのだろうか。


「ただ、なんとなく……お姉様は“お姉様”だと、そう思うようになったんです」


 残っていたわずかな霧も完全に晴れ、岩山はもう目前まで迫ってきている。

 ちらりと横に顔を向けると、ちょうどスラリアもこちらを向いたところだった。


 目が合って、気持ちが通じる。

 そのぐらい、ずっといっしょに歩んできたのだ。


「まあ、私もわかるよ。スラリアは、“娘”っていう庇護の対象じゃなくて、“妹”っていうパートナーの方がしっくりくるから」


 スラリアとは、状況が異なる。

 私にとって、この世界は『テイルズ・オンライン』というゲームの世界だ。


 しかし、それを考慮したとしても。

 スラリアが私の妹だと、胸を張って言うことができる。

 ない胸を、とか思ったやつがいたらぶっ飛ばすよ?


「えへへ、妹はパートナーなのですか?」


 嬉しさを隠そうともしない、スラリアはぽわぽわと聞いてくる。

 気持ちが伝わって私もぽわぽわになっちゃいそうになるが、なんとか堪えた。


 これから絶対的な強者と戦うのだから、気を引き締めないといけないのだ。


「そうよ? いっしょに生きる時間は親よりも長いし、助け合わないといけない機会も多いんだから」


 でも、可愛いスラリアと手を繋ぎたい。

 そんな矛盾した想いは、すぐに“手を繋ぐ”という方に天秤が傾いた。

 まあ、同調のスキルの効果を高めるために、触れ合っておくということは大事だからな(仲良し度で効果に変化はない)。


 そうして、私とスラリアはいちゃいちゃと手を繋いだまま。

 ついでに多くの人の願いや想いを背負って、ホワイトドラゴンのもとに向かうのだった。

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