第62話 ハルシュタット騎士団と風竜

「何だよ……これ?」


 森から草原に出た俺は恐ろしい光景を目撃してしまった。


「立っているの五人しかいないじゃん⁉︎」


 百二十メートル程先で苔狼トカゲと戦っている五人の姿が見える。

 そこから七十メートル程手前の離れた場所——俺から見て五十メートル地点に、二十人以上の鎧を着た人達が点々と倒れている。


「どうなってんだよ? 何で倒れているだよ?」


 急いで駆け寄って、倒れている人達を見て回った。

 着ている銀色の鎧、落ちている剣や盾には、騎士団の三日月と剣の紋章が付いてある。

 倒れている人達は役立たずの一般人じゃなくて、間違いなく騎士団の兵士達だという事だ。


「うぐっっ!」「ごぉほ、ごっほ!」「くそぉ……」


 着ている鎧は大きく凹んでいるけど、頭が潰れている人や、身体の上下が分かれている人はいない。

 ほとんどの人が呻き声を上げて、手足が変な方向に曲がって、苦しんでいるだけだ。


(勝てそうな雰囲気出しやがって、紛らわしいんだよ! メチャクチャピンチだよ!)


 文句を言っても仕方ないけど、期待させたんだから、このぐらいは言わせてもらう。

 それに肝心の苔狼トカゲのマイクは、生き残り五人と元気に戦っている。

 マイクを助けるチャンスは残っているけど、正直、倒れている人達を助けた方がいいと思う。


「どうすればいいんだよ?」


 予定では騎士団によって瀕死状態にされた苔狼トカゲを、楽に助けるだけだった。

 でも、瀕死状態なのは騎士団の方だ。

 むしろ、助ける人数が増えて、今も難易度が急上昇している。


「とりあえず、生き残っている五人の中にお父さんがいるから、倒される前に合流しよう」


 経験豊富な兵士や冒険者なら、何か良い手があるかもしれない。

 落ちている銀色の両刃の剣を拾うと、五人の元に急いだ。


「くっ、矢だと弾かれるだけか。剣に毒と痺れ薬をかけて叩き込め! 風竜ふうりゅうの動きが鈍くなったら、負傷者を回収する!」

「「「ハッ!」」」


 薄紫色の長い髪の眼鏡をかけた若い男が、生き残っている三人の兵士達に指示を飛ばしている。

 森の中で聞こえた、攻撃命令を出していた男の声と同じだ。

 多分、偉い人だと思うけど、身長は普通、筋肉も普通で強そうには見えない。

 騎士団では頭が良い人が出世するのかもしれない。


 まあ、そんな事はどうでもいい。

 マイクを助けるには、一番偉い人に事情を話して協力してもらうしかない。

 急いで駆け寄ると男に話しかけた。


「7級冒険者のルディです。手伝います!」

「邪魔だ、失せろ! 7級程度では足手纏いにしかならない!」

「うっ……」


 指揮官らしい男は軽く俺を見ただけで、戦力外だとハッキリと言ってきた。

 弱小兵士がやられたからって、俺に八つ当たりしないでほしい。

 少なくとも、倒れていた連中よりは役に立つ自信がある。


「いや、待て。負傷者を森の中に運んで回復薬を飲ませてくれ。頼む」

「えっ……」


 指揮官の男に話が通じないなら、お父さんに相談するしかない。

 そう思って、お父さんの所に行こうとしたら、指揮官の男に呼び止められた。


 人命救助が最優先なのは分かるけど、正直、やりたくない。

 俺よりも兵士三人の方が向いていると思うし、自力で回復薬を飲んで、森の中に這っていけばいい。

 それに全員を助けている間に全滅して終わりそうだ。


「ブレスが来るぞ! 離れて避けろ!」


 指揮官の男が警告すると、兵士三人は攻撃をやめて、苔狼トカゲ改め、風竜から急いで離れていく。

 風竜は上下に鋭い牙が生えた口を大きく開けて、口の中に薄い緑色の球体を作っていく。

 そして、次の瞬間、その緑色の球体が次々に口から発射された。


「ヒュゥゥゥ……グゥガア、グゥガア、グゥガア!」

「うわぁっ!」「ぐわぁっ!」「死にたくない!」


 兵士達は直径三十センチ程の緑色の球体に当たらないように、必死に逃げ回っている。

 球体が直撃した地面は爆発して、直径二メートル程の大穴が空いていく。

 あんなのが身体に当たったら、バラバラになってしまう。


「くっ、応援の連中はまだか!」

「あのぉ……」


 連続九回発射されたブレスが終わったみたいなので、苛立っている指揮官の背後から話しかけた。

 今の兵士達を見て確信した。救助よりも戦闘の方が役に立つと思う。

 

「何だ、まだ居たのか! ここに居ても危険なだけだ。兵士達の持ち物に回復薬はあるから、それを使えば問題ない。さっさと行け!」

「うっ……」


 振り返った指揮官は、俺がまだ居る事に驚き怒ると、何をすればいいのか分からない、馬鹿な子供に言い聞かせるように、細かな指示を伝えてきた。

 逃げろと言わずに救助しろと言っているから、少なくとも戦力扱いはしてくれているみたいだ。


 でも、もう説得するだけ無駄だとしか思えない。

 屋敷のパーティー事件と同じように、好きにやらせてもらうしかない。

 そもそも兵士じゃないし、俺がやりたいのは救助じゃない。


(実力を見せて、協力してもらうしかないな)


 風竜の攻撃と動きはだいたい分かった。

 そして、風竜の動きに対応できているのは、お父さんと指揮官だけだ。

 救助活動は兵士三人に任せて、少数精鋭三人で風竜を相手するのが一番だ。

 

「〝プロテス〟〝シェル〟」

「何だ、この光は?」


 とりあえず近くにいた指揮官に白魔法をかけて、防御力を上昇させた。

 指揮官の男は突然、黄色と青色に光り出した自分の身体を警戒している。

 まずは手っ取り早く使える人間だと証明する。


「俺が使える魔法です。防御力を四倍以上に上げる事が出来ます。救助は疲れている兵士三人に任せた方がいいです」


 決して役立たずの兵士三人とは言わない。

 疲れているから、「救助させながら休憩させた方がいいじゃないですか?」みたいな感じで提案する。

 

「くっ、民間人の手は借りたくないが、背に腹は代えられないか。それに魔法を使えるなら、6級相当だな。おい! お前達三人は負傷している兵士達の救助に向かえ!」


 指揮官はあまり納得できていない顔だけど、冷静な判断能力はあるみたいだ。

 魔法が使える7級冒険者と兵士三人なら、どっちらが戦力として使えるのか分かっている。

 右手に持っている剣の剣先を倒れている兵士達の方に向けて、兵士三人に救助に向かえと指示を出した。


「で、ですが……」

「はぁっ?」

「い、いえ、すぐに向かいます!」


 兵士の一人が何か言おうとしたけど、指揮官の苛立っている顔を見ると、すぐに救助に向かった。


「私はハルシュタット騎士団、第三警備隊隊長クラトスだ。その魔法は三人同時に使えるのか? 使えないなら、今すぐに使えるようになれ。行くぞ!」

「あっ……」


 俺の話はやっぱり聞くつもりはないようだ。

 兵士三人が抜けて、風竜の攻撃がお父さんに集中していたから、クラトスは走り出した。


「指示は的確みたいだけど、必要なのは戦闘力なんだよな」


 クラトスは左手に五角形の黒色の盾、右手に両刃の剣を持っているだけだ。

 兵士達と違って、上半身を守る銀色の鎧は着ずに、普通に黒色の制服を着ている。

 狙われない理由はキラキラ輝く兵士達と違って、地味で目立たなかっただけかもしれない。


(とりあえず、お父さんと連携しよう。そしたら、速さと防御力は風竜を上回る事が出来る)


 隊長クラトスは戦力として期待していない。

 風竜を倒せる方法があるとしたら、お父さんの魔法しかない。

 素早さを上げる『ヘイスト』と素早さを下げる『スロウ』——この二つを使えば、風竜の素早さはかなり遅くなる。


「フシュー! フシュー!」


 お父さんは風竜の目の前を右から左に、狙われるようにわざと移動していく。

 そのお父さんに風竜は左前足を素早く振り払い、攻撃を躱されると、更に右前足を振り払った。


「ぐっ、ふぅ! オオッ!」


 左右の前足の二連続攻撃をお父さんは、移動スピードを瞬間的に速めて躱していく。

 そして、右前足を後ろに軽く飛んで躱した時、右手に持っていた剣を振り上げた。

 剣の刃が右前足のヒレを確かに切りつけた。


「チッ……」


 でも、剣の刃は硬いヒレを撫でただけで、傷つける事は出来なかったようだ。

 お父さんの表情からも、手応えが無かったように見える。


「お父さん、その魔物はマイクです! 出来るだけ殺さないようにしてください!」

「何? くっ! それは難しい相談だな!」

「ヒュゥゥゥ……グゥガア!」


 風竜から少し離れていたから、話せる余裕があると思っていたけど、無理そうだ。

 風竜はお父さんを集中的に狙っている。話せる余裕は無さそうだ。

 緑色の球体ブレスが地面に大穴を開けていく。


「ルディ! 話は弱らせた後だ! 今はそれしか出来ない!」

「分かりました!」


 本当は何も分からないけど、真剣な空気を読んでみた。

 お父さんはブレスを避けるのに忙しそうだけど、出来ればヘイストをすぐに掛けてもらいたい。

 でも、それにはお父さんの三メートル以内に近づかないといけない。

 離れ過ぎると魔法の効果は届かない。それは俺のプロテスとシェルも同じだ。


「二人共、森の中に入るぞ! 障害物を使う!」

「分かった! 行くぞ、ルディ!」

「はい!」


 眼鏡をかけた人間は、どこでも人を引っ張りたいみたいだ。

 クラトスは返事も聞かずに森の中に突っ込んでいく。

 俺もお父さんに続いて、森の中に入っていった。


 ♢

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る