第50話 屋根裏から部屋を覗く者

 レーガンは路地裏の狭い道を抜けて、大通りの広い道に出た。

 飲食店や商店が並んでいるけど、この時間はどの店も閉まっている。

 それでも、チラホラと人の姿が見える。

 お店で働く人達が開店準備をしている。


 やっぱり眼鏡の所に行くみたいだ。

 石畳の道から砂利道へと変わった。


 眼鏡は両親と一緒に、街の東側の川沿いの一軒家に住んでいる。

 両親は農家をやっているそうだが、雇われ農家で自分の畑は持っていないそうだ。


「とりあえず家に先回りして、屋根裏の中に待機だな」


 眼鏡の家が近づいて来たので、レーガンを追い越して、眼鏡の家に急いだ。

 目標の黒い三角屋根と茶色の壁、横長の平屋が見えてきた。

 四つ見える窓はどこも明かりがついてないので、全員まだ寝ているようだ。

 誰も起こさないようにソッーと屋根に乗ると、爪を伸ばして屋根を切った。


(これで両親の為に普通に働いて、畑を買うお金を稼いでいたらどうすればいいんだ?)


 そんな親孝行な息子じゃないと信じながら、切り取った屋根から屋根裏の中に入った。

 そして、眼鏡の部屋の真上まで行くと、天井に小さな穴を開けて、ベッドに寝ている眼鏡を覗き見た。

 流石に寝る時は眼鏡は外しているようだ。


「……ローワン……ローワン……緊急事態だ」


 しばらく待っていると、窓ガラスを軽く叩く音と小さな声が聞こえてきた。

 ベッドは窓のすぐ側にあるので、眼鏡は物音に気付いたようだ。

 ゆっくりと起き上がると眼鏡をかけて、窓を覆う布を退けて、外にいる人物を確認した。


「はぁ……こんな時間にどうしたんですか?」


 外にいるレーガンを確認すると、窓の鍵を開けて、眼鏡は外開きの窓を開けた。

 ガッカリした顔でため息を吐いているけど、女の子はやって来ないぞ。


「緊急事態だ。とにかく話がしたい」

「緊急事態? ……分かりました。中に入ってください」


 緊急事態だけで大体分かるようだ。

 眼鏡が窓から離れると、レーガンは外で靴を急いで脱いで、窓から部屋の中に入った。


「家族が寝ているので静かに話してくださいよ。それで何が緊急事態なんですか?」


 眼鏡はベッドに座ると、目の前に立つレーガンに早速話を聞き始めた。


「今日、いや、昨日か。ルディとエイミーと酒場で話していたんだが、どうもバレているみたいなんだよ」

「……バレている? 何がバレているんですか?」


 眼鏡が一瞬だけ険しい顔を見せると、すぐに気を取り直して聞き返した。

『何が』と聞いたから、バレたら困る事は一つじゃなさそうだ。


「お前の知り合いに魔物の素材を売ってた事に決まっているだろう」

「ああ、それなら問題ないと言ったでしょう。元々、冒険者ギルドは国営です。国の資源を独占する方がおかしいんです」

「だが、金を貰っているのは事実だろ。やっぱりマズイんだよ。このままだと資格剥奪だぞ」

「前にも説明したでしょう。ギルドが禁止しているのは、ギルドを通さない魔物素材の売買です。私達は無償で余り物の魔物素材を渡しているだけですよ。売ったなんて人聞きが悪いです」


 冷静な眼鏡に対して、赤髪は興奮したり怯えたり、情緒不安定に闇取引の話をしている。

 やっぱり裏で悪い事をして、お金を稼いでいたみたいだ。

 だけど、眼鏡は悪びれもせずに落ち着いている。

 絶対に捕まらない自信があるようだ。


「じゃあ、俺が貰っている金はどうしたんだよ?」

「あれはまったく関係ないお金ですよ。仲間への日頃の感謝の気持ちです」


 俺はその日頃の感謝の気持ちはまだ貰ってない。

 闇取引に協力してくれた感謝の気持ちとして、お金を渡しているようにしか思えない。

 

「何だよ、それ? まさか、マイクが協力を断ったから誘拐したんじゃないだろうな!」

「ちょっと静かにしてくださいよ。何ですか、その馬鹿げた妄想は? マイクには話していませんよ」


 誤魔化し続ける眼鏡に対して我慢できなかったようだ。

 レーガンは感情的になると、両肩を掴んで強く問いただしている。

 完全な仲間同士という訳ではなさそうだ。


「本当だろうな?」

「やれやれ、まだ酒臭いですよ。そんな妄想を聞かせる為に、こんな時間に来たんですか? 神様と両親に誓って、私は誘拐とは無関係ですよ」


 眼鏡は左手で鼻をつまみながら、右手を上げて誓っている。

 随分と馬鹿にした誓いの仕方だけど、相変わらず顔色一つ変えない。

 本当に悪い事をしてないから、捕まらない自信があるだけかもしれない。


「分かったよ。お前を信じる。だが、もう協力できない。お前も怪しい知り合いとはもう縁を切れ」

「フッフ。心配してくれるのは有り難いですけど、ただの普通の知り合いですよ。では、話は終わりでいいですね? もう一眠りしたいんですよ」


 仲間の忠告を無視して、眼鏡は眠そうにベッドを叩きながら迷惑そうな顔をしている。

 確かに俺もこのまま眠りたいけど、心配してくれている仲間は大事にした方がいい。


「ああ、邪魔したな。悪いけど、俺はルディ達と7級にさっさと昇級させてもらうぜ」

「それは楽しみです。私の実力だと8級で精一杯ですからね」


 これ以上は何を言っても無駄だと諦めたようだ。

 レーガンは窓に向かって歩いて行くと、眼鏡がベッドから立ち上がった。


「やる気の問題だよ。お前も7級になれる実力は持っていると思うぜ」

「買い被りすぎですよ。では、おやすみなさい。クエスト中にこの話はしないでくださいよ」


 部屋から出たレーガンが最後に窓の外から眼鏡に向かって話している。

 でも、眼鏡の心には届かなかったようだ。 

 ゆっくり窓を閉めると窓を覆う布を閉めた。

 

(どうやら二人は無関係みたいだ。眼鏡が熟睡したら屋根裏から出るか)


 一応、二人の疑いは晴れたから収穫はあったと思う。

 でも、怪しい知り合いが、魔物の素材を冒険者ギルドを通さずに、集めている理由が分からない。

 とりあえず知り合いの騎士団に眼鏡を密告して、調べてもらえば問題ないだろう。


(眼鏡、いや、ローワン。短い付き合いだったな。あとは農家で頑張ってくれよ)


 屋根裏から冒険者資格剥奪後の眼鏡のご冥福をお祈りした。


 ♢


「はぁ……やれやれ馬鹿と臆病者は使えませんね。ルディと一緒に始末してもらわないと」


(えっ? 今何って言った?)


 眼鏡が窓を覆う布を捲って外を確認した後に、眼鏡を指で押し上げながら言った。

 始末するとか不吉な言葉が聞こえたけど、聞き間違いじゃなさそうだ。

 ベッドに寝ずに、ベッド脇の小さな箪笥の引き出しから、紙、ペン、封筒を取り出した。

 そして、もう一度、窓から外を確認してから部屋のランプの明かりをつけた。


「ただの馬鹿なら死なずに済んだものを。さて、私も今度は偽者を渡さないように注意しないと」


(な⁉︎ あのクソ眼鏡ぇーー!)


 まったく予想外だったけど、眼鏡が薬の男の協力者だった。

 天井裏の俺に気づかずに独り言を言うと、手紙を書き始めた。


 おそらく、フレデリックと同じように手紙を送って連絡を取っている。

 マイクを助ける協力をする振りをしながら、ズッーと俺の事を調べていたんだ。

 今すぐに天井を破壊して、力尽くでマイクの居場所を吐かせたいけど、感情的になったら駄目だ。

 眼鏡の両親がまったく無関係とは思わない方がいい。


 それに、もしかすると眼鏡は実力を隠しているだけかもしれない。

 周囲の家に別の仲間が住んでいる可能性もある。

 冷静に考え始めたら、今の俺は凄く危険な状態だ。


(早く逃げた方がいいけど、出来ればあの手紙の中身を確かめたい)


 でも、時間的に農家ならそろそろ起きて仕事をする時間だと思う。

 天井裏にいつまでも隠れていられない。

 それに待っていても、手紙を読むチャンスはやって来ないかもしれない。


「これでいいですね。あとは指名クエストが来るのを待つだけです。フッフ。エイミーぐらいは私のペットに飼ってもいいかもしれませんね」


 どうやら手紙を書き終わったようだ。

 眼鏡は手紙を封筒の中に入れると、引き出しから、親指大の金属の棒を取り出した。

 その金色の棒を閉じた封筒のフタにしっかりと押し付けている。

 封筒のフタにはハッキリと赤色の丸い紋章が浮かび上がっている。


(あれだと封筒を開けたらバレてしまうか。それに何がペットだ! お前こそ手枷を付けて、牢獄で飼ってもらうからな!)


 これ以上、隠れるのは時間の無駄なのは分かった。

 変態眼鏡がベッドに寝たので、静かに屋根裏を移動して外に出た。

 切り取った屋根の修理代は払う必要がないから、このまま放置してやる。


 ♢


「まさか眼鏡が犯人の仲間だったなんて……それに指名クエストだって?」


 エイミーの家に向かって走りながら、手に入れた手掛かりを考える。

 魔物の素材を集めている理由は分からないけど、薬の男が集めているのは間違いない。

 それに冒険者達の中に、魔物の素材を渡している人達が何人もいる可能性がある。

 冒険者ギルドと冒険者はあまり信用しない方がいいと思う。


 圧倒的に信用できる人が少な過ぎるけど、エイミーとお父さんに相談するしかない。

 指名クエストが来た時が襲われる日だ。

 その時までに対策を用意するしか生き残る方法はない。


 ♢

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