第6話 犬と少女と化け猫

(今すぐに助けないと危ない!)


 口を開けた化け猫は、少女の頭を盾ごと噛み砕こうと、今にも飛び掛かろうとしている。

 考える必要はなかった。部屋の中に入ると、化け猫の背中に向かって叫んだ。


「その娘から離れろ!」

「グゥルル?」

「えっ? 何で、犬が……」


 突然の第三者の登場に、化け猫と少女が俺の方を見ている。

 少女が死んだら、化け猫と二人っきりになるから助けるしかない。


(でも、ちょっと待って? 猫じゃなくて、犬なの?)


 少女は確かに俺の方を見て、犬って言ったと思う。

 というか、ハッキリと犬と聞こえた。


「俺は本当は人間で助けに来たんだ! 出口まで案内するから付いて来て!」

「ワンちゃん、危ないよ。早く逃げて!」

「ちょっと待ってくれ! 俺の言葉が分かるよね? 聞こえているよね?」

「何してるの? 早く逃げないと食べられちゃうよ!」

「グゥルルル……」


 駄目だ。どっちも俺の言う事を理解していない。

 でも、分かっている事がある。

 あの少女が扉を開ける鍵で、化け猫は俺を襲おうとしている。

 そして、最後にやっぱり俺は犬になっていた。

 道理で嗅覚が良いと思ったよ。


「グゥルルルル! シャアアッ!」

「うわぁっ‼︎ ちょっと待ってよ!」


 化け猫が口を開けて飛び掛かって来た。

 それを必死に避けて、首の下から化け猫の足の間を走って逃げ回る。

 こっちはスライムだと思って助けに来たのに、相手が強過ぎるよ。


 作戦なんて無いし、考える時間も知恵も無い。

 噛み付く攻撃しか出来ないし、足に噛み付いても倒せない。

 首に何十回も噛み付いて、肉を引き千切れば倒せるかもしれないけど。

 残念、この身体だと化け猫のスネ付近で限界です。


「シャアッ! シャシャシャシャ~~~~‼︎」

「ひゃあ! うぁわわわわわっっ‼︎」


 頭上から化け猫の足裏の雨が降って来る。

 踏み潰されたら大変だよ。もう助かる頼みの綱は、あの女の子だけだ。


 薄紫色の髪の少女の年齢は十四歳ぐらいで、身長は百五十センチ前後。

 身体付きは、どう見ても普通で強そうには見えない。

 そもそも、強いなら叫んで助けを求めない。


 防具は矢尻のような形の木の盾に、銅板を釘でくっ付けて補強しているみたいだ。

 銅板が足りなかったのか、盾の真ん中は長方形の木の板が剥き出しだ。


 服装は白い長袖のフリルシャツに胸開きドレスを着ている。

 ドレスは胴体部分が濃い青色、スカートは赤と青の縦縞だ。

 スカートには白くて四角い前掛けが付けられている。

 走りやすそうな焦げ茶の皮ブーツを履いていて、スカートから膝から下の白い肌が見えている。


 ねぇ、武器はどこにあるの?

 盾だけ持って、そんな可愛い服で遊びに来たの?

 冒険者舐めているでしょう? 死んじゃうよ。


 人の事はあまり悪くは言えないけど、こっちは鉄の短剣を持って来た。

 少なくとも、戦う意思はこっちが上だと思う。

 

「シャアアッ!」

「ひゃあ‼︎ ちょ、ちょっと、何してんだよ⁉︎ 囮になってんだから、早く逃げてよ!」

「えっ? 何? 何なの?」

「グゥルルルル……」


 ボサッと隅っこに立ったままの少女に向かって怒鳴る。

 頑張って化け猫の注意を引き付けているんだから、早く逃げて、出口の扉を開けてよ。


「もぉー、こっち! こっち、逃げて!」


 どうせ、吠えているようにしか聞こえないと思うけど、意味が伝わればいい。

 通路に走ると、首を通路と少女に向かって何度も振り続けた。


「もしかして、逃げようって言ってるの?」

「ワン!」

「そうなんだ……うん、分かった!」


 やっと伝わった。無駄に喋ると吠えまくっているだけみたいだから、単純にワンと言ってみた。

 そのお陰で少女に伝わった。少女が両手で盾を構えたまま通路に向かって突進して来る。

 少女の前には化け猫がいるけど、根性見せて体当たりするみたいだ。


「ヤァッ!」

「フシャアア!」


 少女の体当たりを化け猫は横に飛んで軽々と回避した。

 まあ、普通は避けると思うよ。


「さあ、走れ!」

「えっーと、どこに行くつもりなの?」


 逃げるんだから、外に決まっているでしょう。

 洞窟の中をグルグル回るつもりはない。

 少女の前を走って、鉄柵の所まで案内していく。

 どうせ、何を言っても分からないから、俺の後ろを黙って付いて来ればいい。


「グゥルル! ハァフゥ、ハァフゥ!」


 でも、化け猫は付いて来ないでくれた方が助かる。

 洞窟の通路を犬、少女、化け猫の順番で走って行く。


「ヤァッ! ヤァッ! あっちに行って!」

「シャアアッ! フギャア⁉︎」


 少女が盾を振って、追い付いて来た化け猫を牽制する。

 一人じゃ無理なのは分かっている。

 通路を引き返して少女の横を通って、化け猫の後ろ足に噛み付いて、すぐに離れた。


「こっちだ! こっちだ! ここは俺に任せて、早くかんぬきを開けてくれ!」


 足元で化け猫と少女に怒鳴りまくる。

 何を言っているのか分からないだろうけど、化け猫の注意は引き付けられる。

 あとは少女がこの間に扉まで走って、扉を開けてくれれば最高だ。


「私を助けてくれているんだよね? でも、どうして……あっ、もしかして、外に出たいの?」

「ワン!」


 少女は通路の真ん中で盾を構えて、何やら考え込んでいた。

 そして、やっと俺の考えが伝わったようだ。

 それ以外に命懸けで助ける必要性がある訳ないでしょう。

 分かったんだったら、さっさと走ってよ。


「待ってて! すぐに扉を開けるから!」


 ずっーと待ってるよ。


(やれやれ、言葉が通じないと不便だよ)


 少女が通路を走っていく。出口はこの先の部屋を左に曲がった通路の先にある。

 直進も右折も絶対に駄目だ。ちょっと心配だけど、今は化け猫に集中しよう。


「グゥルルルル!」

「もぉー、我慢してスライムを食べればいいでしょう!」


 化け猫はボタボタとヨダレを垂れ流しながら、俺を見ている。

 あんな不味いのは誰も食べたくないと思うけど、好き嫌いは駄目だぞ。


「ガァルル! ガァルル!」

「くっ……!」


 やっぱり説得は無理なようだ。凄い勢いで連続で噛み付いてくる。

 あの娘は不器用そうだから、かんぬきを動かすのに時間がかかるかもしれない。

 俺なら一分あれば出来たけど、一分三十秒は必要そうだ。

 でも、もう待てないから行こう。時間稼ぎはもう十分だ。

 

 化け猫の足の下を走り抜けて、通路を走って行く。

 広い部屋に入って、迷わずに左に曲がる。


「はぁ、はぁ、はぁっ……」


 死に物狂いに頑張れば、意外と走れるようになるもんだ。

 それとも、犬の身体に近づいたのだろうか? 

 そのうちに片足を上げて、オシッコするかもしれない。


(あれ? 犬って、どこでトイレすればいいんだ? 街中では無理だよね)


 くだらない事を考えていると、実は全然くだらない事じゃなかった。

 外に出られても、まともな生活を送れるとは思えない。

 どう考えても、路上生活まっしぐらだ。


「あっ……やっぱりまだ開いてないよ」


 鉄柵の前に少女の姿が見えてきた。通路の三択には正解したようだ。

 でも、出来れば扉を開けて、鉄柵の向こう側で待機していてほしかった。


「ワンワン!」

「わぁっ⁉︎ ちょ、ちょっと待ってね。あと一個だから……」


 少女の足元で早く開けろと吠える。

 スカートの中の白いかぼちゃパンツが見える。

 こっちは化け猫と奮闘していたけど、少女はかんぬきと奮闘していたようだ。


 でも、そんなには待てない。

 まだ百メートル以上は離れているけど、通路の先に化け猫の姿が見えている。


「やったぁ! はい、早く入って」


 言われなくてもそうします。

 少女が開けた扉の中に急いで飛び込んだ。

 少女も入ると、急いで扉を閉めて、かんぬきをかけていく。

 かんぬきは洞窟の外側に付いているから、十秒以内にかけてよね。


「ふぅ~、助かったぁ」

「……大丈夫かな? ここに連れて来るのは嫌だったんだけど」

「へぇっ?」


 あとは外に出るだけなのに、少女は扉の向こう側の迫って来る化け猫を心配そうに見ている。

 何が心配なのかと思っていたら、答えはすぐに分かった。


「シャアアッ‼︎」

「うわぁっ!」


 化け猫が鉄柵に体当たりした瞬間、鉄柵が激しく揺れた。

 一撃では壊せないとは思うけど、化け猫も考えている事は同じみたいだ。

 何度も鉄柵に体当たりして、壊そうとしている。

 鉄柵の端が徐々にだけど曲がっていく。


「やっぱり……このままだと壊されるのも時間の問題だよ。私がどうにかしないと……」

「そんなのいいから逃げようよ!」


 この少女に出来る事は、かんぬきを開ける事だけだ。

 槍でもあれば、鉄柵の隙間から攻撃できるけど、盾だと無理だ。

 下手に戦っても食べられるだけだ。

 そんなに戦いたいなら、まずは俺を外に出してからにしてほしい。

 一緒に食べられるのは嫌だよ。


 ♢

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