第4話 人を魔物に変える薬と服用後

(あれ? どうしたんだろう……身体に力が入らない……)

 

 ぼんやりと意識があるのに、身体が動かない。

 それに身体が動かないのに視界が勝手に動いていく。


(引き摺られている?)


「注意が足りないな。大きなスライムが隠れて話を聞いていたぞ」

「な、何なんだ、そのガキは⁉︎」

「すみません、兄貴。人が来ると思ってなかったので、気付きませんでした」


 頭の上で男達の小さな声が聞こえてくる。

 ぼんやりとした視界に地面と二人の靴が映る。


「そういう油断が命取りになる。さて、名無しのスライムの正体は誰だ」


 背後から襲った男に背中の鞄の中身を調べられているみたいだ。

 この後、どうなるんだろう……殺されるのかな?

 父さんと母さんに一回も手紙を出せなかったな。


 死ぬかもしれないのに、頭の中が不思議なぐらいに冷静だ。

 視界の隅が赤く染まっていく。身体が冷たくなっていく。


「名前はルディ、仮登録の冒険者、しかも、10級か……所持金は一万ちょっと、食いかけのパン、水、替えの服が二日分、服装は街の者じゃないようだな。武器は短剣のみか……」


 何だか、持ち物だけで馬鹿にされている気がする。


「そんな事はどうでもいい! 街の人間じゃないなら、さっさと始末すればいいじゃないか!」

「始末して欲しいのなら、別料金を貰う。二百万ギルだ」

「私は関係ない! 一ギルだって払わないぞ!」

「あんたなら、そのうちに必要になる。死体の始末から、血縁者や友人知人の調査、必要ならば処理もする。良心的な値段だ」


 灰服の男が殺せと訴えている。襲った男はお金を払えと言っている。

 出来れば見逃してほしいけど、希望はちょっと薄そうだ。

 それに見逃されても、スライムか巨大猫の餌になりそうだ。

 襲った後に助けて治療する人はいないと思うから、やっぱり終わりかな。


「もういい。私は先に外に出るからな!」

「兄貴、俺が始末します。早く外に出ましょう。10級以外の冒険者は来ませんが、街に数人は居ると聞いています。また、別の誰かが来るかもしれません」

「お前は単純だな。殺せば何でも解決すると思っている。殺すべきか、生かすべきか、そこは慎重に考えないといけない」


 何も見えなくなってきた。声だけが聞こえてくる。

 もぉ……殺すなら早くしてよ。どうせ殺すんでしょう。


「すみません。だとしたら、このガキはどうするんですか? 連れて行くんですか?」

「お前は顔を見られただけで、ガキを一生監禁するのか?」

「まさか。そんな面倒な事しませんよ」

「俺もそうだ。だから、これを使う」

「まさか、毒薬で殺すつもりですか。勿体ない」


 もしかして、猫に使った薬で殺すの?

 出来れば身元が分かるように殺してほしい。

 ボコボコの肉の塊になるのは嫌だし、苦しいのは嫌だ。

 お願いだから、鉄の短剣でスパッと殺してほしい。


「こいつは【タナトス】じゃない。実験中の新薬で【アンブロシア】だ。人間を魔物に変える事が出来るらしいが、今のところは一度も成功していない」

「はっはは。それだと毒薬と同じじゃないですか」

「ああ、そうなるかもしれないし、そうならないかもしれない。その結果は飲ませれば、すぐに分かる」


 あっ、やっぱり毒殺するつもりなんだ。

 口の中に何かを指で押し込まれている気がする。


「ごぷっ……ごぷっ……」


 く、苦しい。これは水筒の水かな。薬を流し込まれているのかな。

 はっ、はっは、あっはは。全然簡単な仕事じゃなかったよ。

 それとも別のクエストを受ければ良かったのかな。

 あっはは、あっは……もう遅いか……。


「アガッ⁉︎ アッグッ……アッ、アアア、ガグゥガァツ‼︎ アッ、アガガガガガガッッ‼︎」


 熱い熱い熱い熱い熱い! 身体が中から溶ける! 溶けてる! 燃えてる!

 こんなの嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! 死にたくない! 痛い痛い、死にたくない!


「身体が耐え切れそうにないですね」

「そうだな。死にかけの状態だった。元々の身体能力もかなり低かった。これ以上は時間の無駄だな。持ち物を回収して外に出るぞ」

 

 嫌だ。行かないで。何も見えない、何も聞こえない。

 怖いんだ。死ぬまで一緒に居てほしい。お願い行かないで。

 お願い……待て……。


 ♢


(……あれ……生きてるの……?)


 意識を失ったと思ったら、意識が回復した。

 身体の痛みが嘘のように消えている。

 音が聞こえる。匂いがする。身体が温かい。


 もしかしたら、救助されたのかもしれない。

 慎重にゆっくりと目を開けて、確認してみる。

 怪しい奴らのアジトに連れて行かれた可能性もある。


「ふうわぁ⁉︎ 何だ、コイツら⁉︎」


 目の前で青色の巨大な水滴達が肉の塊の上を動いている。

 病院だとちょっとは期待していたのに、病院じゃなかった。


「あふっ! あれ? あれ? 上手く走れない」

 

 足を動かして、動く巨大な水滴から逃げようとした。

 でも、背中が曲がって、頭が地面に付いて、足が滑って前に進めない。

 それでも、両手も使って、何とか四つん這いで部屋の隅まで頑張って避難した。


「ふぅ、ふぅ……一体何が起こったんだ?」


 壁を頼りに何とか座り込んで、周囲の状況を確認してみた。

 広い四角い石の部屋に、十字に四つの通路が見える。

 部屋の中央に二つの肉の塊と動く巨大な水滴達が沢山いる。


 どう見ても、スライム洞窟の中のままで、薬を飲まされた場所から移動していない、と思う。


「もしかして……あの巨大な水滴がスライム?」


 状況を確認してみた結果、一番納得できる答えは、あれがスライムでしょう、だった。

 でも、スライムはもっと小さいはずだ。肉の塊を食べ過ぎて巨大化したんだろうか?

 俺と同じぐらいの大きさになっている。


「とりあえず、スライムはどうでもいいや。何で生きているんだろう? 毒薬で……ハッ! 魔物になる毒薬だった!」


 男達の会話の一部が鮮明に蘇った。

 人間を魔物にする薬を無理矢理に飲まされたんだった。


「もしかして、身体が上手く動かせない原因は……うぐぐぐっ! 身体が硬すぎる!」


 急いで身体を確認したいのに、首が下を向いてくれない。背中が曲がらない。

 手を伸ばしても、全然見えない。

 スライムが大きくなったのなら、俺が小さくなったという事だ。

 そして、四足歩行で前に進んでいた。

 だったら答えは簡単だ。身体が硬い猫になった、と思う。


「どうしよう! 猫でどうやったら街で生活できるんだよ?」


 これから、ネズミをずっと食べて生活しないといけないのか?

 無理無理! 生肉も無理なのに、生きたままを丸噛りなんて出来ないよ。

 もう、お店に並んでいる食べ物を盗むしかないよ。


「でも、それは最終手段だ。まずはあれに挑戦してみよう」


 部屋の中央にある肉の塊とスライム達を見る。もちろん、危なそうな肉は食べない。

 挑戦するのはスライムだ。もしかすると、果物みたいな味がするかもしれない。


「よし、やるぞ」


 四つん這いになると、腕というか前足を伸ばしてみた。

 白い短い毛に覆われた少し太い前足がちょっと見えた。

 猫にしては、ちょっと太い気もするけど、太った白猫だと思う事にしよう。

 薬を飲まされた猫の顔は凄く怖かった。

 あれと同じなら、街の人達に化け猫だと追い回される。絶対に可愛がってくれない。


「ほぉ、ほぉ、ほぉ、意外と歩くのは行けそうだ」

 

 部屋の壁沿いを四足歩行でグルグルと歩いて回る。

 右の前足と後ろ足を同時に前に出して、次に左の前足と後ろ足を同時に前に出す。

 これなら、歩くのは問題なさそうだけど、こんな歩き方だったかな?

 猫が走っている時は、こんな感じじゃなかったと思うけど……。


「ま、そのうちに慣れるよね。気にするだけ無駄だよ。あっはははは!」


 産まれたての赤ん坊は歩けないのに、もう歩けるんだから十分に凄い事だ。

 しかも、これからスライムの丸噛りに挑戦だ。

 食糧(スライム)は肉の塊に夢中になっているから、問題ない。


 カチカチと歯を鳴らして、丈夫な歯がある事を音で確認する。

 ついでに舌を使って、歯の形と数を調べてみる。

 歯の数は四十二本で、鋭い犬歯も四本ある。

 ちょっと歯が多い気もするけど、これが今の短剣の代わりになる武器だ。

 多い方が多分良いと思う。


「いただきまぁ~~~す!」

「?」


 ゆっくり歩いて近づいて、口を大きく開けてガブリと噛み付いた。

 そして、勢いよくスライム肉?を噛み千切った。

 

「うぐっ、うぐぐっ、うぐっ……ぺぇっ⁉︎ うげぇぇ、苦い……」


 頑張って三回噛んだ後に、飲み込まずに思わず吐き出してしまった。

 まるで、弾力がある苦い木を噛んでいるようだ。こんなの人間の食べ物じゃない。

 食感も味も最悪だし、食べられたスライムも無関心だ。


「こんなの食べたら絶対にお腹を壊すよ。街で買い物しないと」


 食糧変更だ。スライムを倒して、手に入ったスライム核(十ギル)でお買い物しよう。

 魔物だとしても、人を襲わないし、お金の代わりも払うんだから問題ないでしょう。


 ♢

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