第3話 テープ起こしの実際
『テープ起こし』という短編をカクヨムさんに載せさせていただいておりますが、実は私自身もテープ起こしをやったことがあります。速記事務所で5年ぐらいですかね、仕事をしておりました。
速記の資格を持っているスタッフは、会議の現場に出向いていって速記係として仕事をしてくるわけですけども、私みたいな資格を持っていない、速記なんてサッパリできない人間は、基本テープ起こし係でした。国語力が高い方ですと、校正者や校閲者になれるのですが、残念ながら国語力が高くない私はテープ起こし専門でしたね。
世間では、テープ起こしって誰でもできると思われてますよね。それは事実なんですが、会社に採用されるのは意外と難しいように思います。私のときでさえ3次試験までありましたから。中途採用で3次までやるのってすごくないですか。
試験内容はあまりよく覚えていませんが、1次試験が漢字や慣用句、時事問題の筆記試験で、2次試験が小論文と要約、3次試験が実技だったように思います。これらをパスしてようやく面接に進めるというぐあいでした。私、テープ起こしは未経験だったものですから実技試験が一番困りました。しかし、これは実際のところ聴力テストがわりみたいなもんだったため、どうにか合格できましたが。とりあえず2次まで受かれば、あとは基本全員採用って感じだったみたいですね。
で、テープ起こしの仕事をする上で、絶対に必要になってくるものが幾つかあります。
まず、辞書。
基本的には2冊必要になってきます。裁判所の録音反訳をやるなら、もう1冊は要るかもしれませんが、とりあえず基本は2冊です。
1冊は、用字例です。
速記協会がつくった辞書です。テープ起こし中に、漢字で書くのか平仮名で書くのか等で迷ったら、まずこの辞書をひらいて調べることになります。
国会の議事録なんかを参考にして編纂されておりますので、おかた~いテープ起こしをするときは用字例を使います。たしか書店では売っていないはずなので、速記協会から購入します。
もう1冊は、記者ハンドブックです。
こちらは新聞や雑誌などの一般的な文書の表記ルールが載っております。
書店で買えます。読みやすさを追及したものは、こちらの辞書を使って書くことになります。芸能人のインタビューとかはこっちですね。
で、この2冊は結構中身が違っておりまして、見比べてみると面白い。
たとえば、「~をはじめとした」と書く場合。
用字例だと「~を初めとした」と書くことになっていて、
記者ハンだと「~をはじめとした」と平仮名で書くことになっています。
世間では、けっこうな頻度で「~を始めとした」と書かれた文書を見かけますし、「~を初めとした」と書くと違和感がある方も多いのではないでしょうか。私自身も「~を始めとした」って書くほうがしっくりきます。間違いなんですけれども。
だからこそ、一般の方向けの表記ルールを定めた記者ハンでは平仮名表記なんだろうと思います。勝手な推測ですが。
あと、「おもだった」と書く場合。
用字例だと「重立った」と書くようになっておりますが、
記者ハンだと「主立った」と書くようになっております。
漢字が違う! どっちが正しいの!? ってなりますけども。
多分どっちも正しいんじゃないでしょうか。私は主立ったのほうがしっくりきます。
で、そもそもどうしてこんな辞書が必要なんだ、好きな表記で書けばいいじゃないかって思いますよね。私もそう思います。しかし、速記にしてもテープ起こしにしても記事にしても、全部を一人で書くということはまずないわけです。複数人で分担して書く。だから、人によって書き方が違って、それで表記に揺れがあったら困るよね、だって表記の揺れがあると読みにくいし、誤解を生むこともあるよね、だから表記は統一しようねってことで、こういうルールブックが使われているんですね。
ほかに、テープ起こしをする上で必要なもの、それは日本語入力ソフトです。
私はATOK大好き人間なので、これ1本ですが、ローマ字入力しかできないのもあって、タイピングがあまり速くありません。だからリアルタイム起こし(その場で字幕や議事録をつくるやつ)はできません。
やっぱり速い人はジャパニストですよね。私の倍ぐらい速い気がする。
さらに速いのは、テレビの字幕なんかを作成している会社のやつ。あれ何ていうんでしたっけ、あれが最速かと思います。キーボードのキーがすごく少ないアレ。一般の人は購入できないので、専門学校に通って技術を習得することになります。
そして最後に、イヤホンです。
これもう本当に大事。使うイヤホンを間違うと、半年たたずに退職することになると思う。
テープ起こしって、なるべく音がクリアに聞き取れたほうがいいと思って、いいイヤホンを買いがちですが、音がよく聞こえすぎると疲れるんですよ。体力を奪われるんですよ。だから、日常的に使うイヤホンはそんなに良いやつじゃないほうがかえって良かったです。聞き取りにくい音源を任されたときだけ、とっておきの高品質イヤホンを使うようにしたほうが疲れにくい。
体への負担や疲労は蓄積します。若い頃に速記者として活躍していた人が、中年になって急に耳が聞こえなくなった、完全失聴となったなんて話も聞いたことがあります。耳や体へ負担をかけずに仕事をすることを最優先に考える必要があります。私が仕事を辞めたのも、体力的にしんどくなったからですしね。
まあ、こんな感じで、テープ起こしの経験を語りましたが、カクヨムに登録されているような方はきっとテープ起こしが向いている方が多いと思うんですよね。だって書くことが楽しいって思っている方が多いでしょうし、1日に2万字以上を書いたり読んだりする毎日でも、さほど苦にならないんじゃないでしょうか。
今回は、もしテープ起こしをしたいと思った方へ、少しでも参考になれば、とくにイヤホンのところが参考になればなと思って書いてみました。
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