(10)



 シュタイン伯爵家の自家用ジェット機の中、メグはダニエルから資料の束を渡された。

 ダニエルはそれがなにか話さなかったが、二枚目でそれが何かメグにはわかってしまった。


「これ、十年前にリカルドが手放した資産リスト?」

「当たり。ただし、それがすべてラリーの手元にいったのかどうかは、わかっていないよ」

「そうじゃないとしても、同じようなことよ」


 ルドミラは、十年前リカルドは廃人のようになって、仕事さえ手につかなかったと教えてくれた。

 そのせいで、仕事上で多くの損失もだしたのだろう。

 だが、それも大本の原因はメグとラリーにある。


「不動産が凄い数ね」

「彼の母方の実家は、貴族と肩を並べるような家柄だよ。実際、何人か貴族に嫁いでいるから、落ちぶれたそこらへんの貴族なんかより、ずっと権力も財力もある。彼の父親も資産家だったしね」

「そんな名門だったのね。それでよく、これだけ調べられたわね?」


 こういった名門は、そう簡単に内情を明かしたりしない。

 きっとリカルドの破産騒動は、一族にとっては隠しておきたい過去の汚点なはずだ。

 実際、ダニエルも、疑いを持って調べるまで知らなかったのだから。


「僕じゃ無理だったよ。この方面へ強力なコネをお持ちの方に協力してもらった」

「……アレク?」

「当たり」


 各方面に強力な影響力を持っていた前伯爵、兄弟の祖父は、生前からアレクを後継者に指名していた。

 次期伯爵として、アレクはほんの子供の頃から、祖父に連れられて各方面の実力者達と面識を持つように仕向けられてきた。

 そのため、そして彼自身の名声も勿論あるわけだが、アレクは驚くほど広い範囲にコネを持っている。


 アレク自身は、伯爵になるべきは兄のダニエルだと当然のように主張し、身を引いた。

 ダニエルが伯爵となり成功をおさめてその地位を不動のものにした今も、アレクは貴族社会から距離を置こうとしている。

 なので、滅多にアレクのコネが使われることはないわけで、メグのために協力してくれたのはとても特別なことなのだ。


「アレクが協力してくれるなんて。今度、お礼を言わなくちゃ」

「いいのいいの。あいつ、あのパーティーの時、メグを置いてさっさとジェイの所に行ったのを、すっごい後悔してるんだよね。罪滅ぼしなんだよ」

「そんなこと、気にしていないのに」

「いいのいいの。あいつが積極的な味方になってくれるっていうのは、かなり心強いよ。特に、リカルドの実家と対決する時なんかね」

「………」

「そんな事にならなければいいと、思っているよ、勿論」


 もし、メグが十年前にリカルドを破産させた女だと知られたら、披露宴に来てくれていた優しい親戚達はどういう態度に出るだろうか。

 手のひらをひっくり返したように、冷たくなるのは間違いない。

 当然、この結婚は認めないと言われ、離婚しろと言い立てるだろう。


 それぐらいですめばいいが、賠償を求められる可能性だって十分にある。

 表だったことにはしないだろうが、逆に裏でどんなことをされるか。

 そして、メグの雇い主だったダニエルにも、影響がでるかもしれないのだ。


「ダニエル」


 そんなメグの不安で申し訳なさそうな顔に気がついて、ダニエルはにっこりと微笑んだ。


「大丈夫だって。悪いけど、格が違います。向こうも手出しするほど馬鹿じゃないさ」


 たのもしいお言葉に、メグは微笑み返す。

 確かに、シュタイン伯爵家と肩を並べられるような格式も経済力もある家は、そうそうない。


 少し安心して、リカルドの資産リストに再び目を落とす。

 やはり、ずらりと並んだ不動産のリストは圧巻だ。

 勿論、シュタイン伯爵家が代々所有する不動産とは比べ物にならないが、資産家としてはかなりの規模だ。

 これをすべてお金にかえたら、いったいいくらになるのか、メグには想像も出来なかった。


「この遺産を、リカルドはすべて父に渡してしまったのね」

「多分ね。でもね、驚いたことに、リカルドはこの十年で取り戻している」


 驚いて、メグは資料から顔を上げ、ダニエルの顔を見る。

 ダニエルは肩をすくめて、頷いて見せた。


「たいしたものだよ。多分、不動産に関しては、全て取り戻しているね。株式なんかの動産は、まあ、一度手放したらそうそう取り返せないからね。それでも、資産総額は、十年前より増えているんじゃないかな。彼の親戚がかなり援助をしたんだろうけど。それでも、凄いよ。彼をちょっと見直したな」

「ちょっと?」

「十年前、メグを信じられなかった大大馬鹿野郎から、『大』が一つ取れたぐらいさ」


 ダニエルの言い方がおかしくて、メグは思わず笑ってしまった。


「それで、その大馬鹿野郎には、連絡してきたの?」

「伝言を置いてきたわ。彼、出張中なの」

「帰りは?」

「予定では、明後日」

「いいタイミングだったのか、悪かったんだか」


 つぶやいて、ダニエルは喉の奥で笑う。

 メグも曖昧に微笑んだ。


 留守中に、ダニエルがメグを連れ出したと知ったら、リカルドは激怒するだろう。

 だが、行く先を知れば、怒るどころではなくなるはずだ。


(明日には、父の元で会うことになるかしら)


 ここ数日のリカルドの様子では、今夜必ずメグに電話をしてくるだろう。

 そして、執事から、メグがダニエルと一緒に父親に会いに行ったと聞いて、飛んで帰ってくるような気がする。


 披露宴の日から、メグはリカルドにどう接していいか、いつも迷っていた。

 何も知らなかった時の様に、もう過去は精算できたのだと、楽しく新妻をやる気にはなれなかった。

 それなのに、リカルドはいつものように、メグを抱きしめキスをして、ベッドでは情熱的に求めてくる。

 当然のごとく、メグの方はいつものようにリカルドに答えることが出来なかった。


 本心では、もうリカルドに抱かれるわけにはいかないと思っていた。

 だが、情熱的に求めてきてくれるリカルドから、身を引くなんてとても出来ることではなく。

 最初は抵抗しつつも、いつも抱かれてしまった。


 リカルドはなぜメグが抵抗するのだろうと、不審に思っている。

 そして、どこか沈んでいるメグを、リカルドはとても気にかけてくれている。

 披露宴で不愉快な思いをしたのではないかと、何度も何度も問いただされたし、なにか病気ではないのかとメグが困ってしまうほど世話を焼いてくれた。

 出張に出るのも、家を出るぎりぎりまでキャンセルすると言って聞かず、メグが病院に行くことを約束するまで家を出ようとしなかったぐらいだ。


(これから、どうしたらいいんだろう)


 十年前にリカルドが失った財産を返せればいいが、とてもメグ一人でどうこう出来る金額ではなさそうだ。

 父がまだ全て使い切っていなければ、それを返させるぐらいのことしか出来ないかもしれない。

 それに、お金の問題が奇跡的に解決できたとしても、リカルドを女性不信にさせ、彼の人生を狂わせた罪は更に重い。


「メグ。着陸だってさ」


 肩をたたかれて、メグは我に返った。

 気がつけば、スチュワーデスがテーブルの上のグラスを片付けている。

 革張りのソファは座り心地がいいが、着陸時には座席についてシートベルトをしなければならない。


「空港からは車で行くから。現地に詳しいドライバーが偶然見つかってね。ホテルも手配してくれたって」

「どうもありがとう、ダニエル」


 メグは立ち上がる。

 これからどうすればいいのか、それは全て父の話を聞いてからだ。


 父と会うのも、十年ぶりだ。

 あの事件以来、メグから連絡を取らなかったし、父からもなかった。

 あんなことがあっても、メグは心のどこかで父を愛していたし、いつか和解できる時が来るのではないかと、愚かにも信じてきた。

 父への愛情は、憎しみと強く深く混ざり合いながらも、確かにメグの中に存在していたのだが。


(本当だったら。許せないわ)


 シートベルトを締めると、メグは大きく息をついて、背もたれに寄りかかる。

 例え実の父であろうと、罪を償わせるためなら、自分はもう手段を選ばないだろうと思えた。

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