第9話 リリパット
リリパットはゆっくりと滅びゆく種族でした。
かつて中央大陸が森に覆われていた頃、リリパット族をはじめとした様々な種族がそこには暮らしていました。
しかし、人間が中央大陸に移り住むと環境は一変しました。それまで何千年と変わらなかったものがたった数百年で全く別のものになりました。
北と南から森は切り開かれ、今は中央山脈の周辺にしか残っていません。それでも人間達は大森林と呼んでいますが。
私は私達以外のリリパット族を知りません。
私の父が子供の頃はまだいくつかの村があったそうです。でも今はどうなったのか分かりません。
森は今も徐々に切り開かれています。特に北にある人間の国は森を抜けるための道を作ろうとし、手段を選びません。
元々、私達の村は今の場所にはありませんでした。人間に恐れをなし、逃げて逃げて逃げて今の場所に村を移しました。
リリパットという種族は【隠身】というスキルを授かって生まれてきます。【隠身】はモンスターから身を守る為に与えられたものなのでしょう。人間には効果が薄いのです。
だから村の周りには【隠蔽】の魔道具がいくつも埋められています。この森を転々とするエルフ族の職人さんが私達を憐れに思ってくれたものです。
私の父は村長でした。父はリリパットという種族を守るのに必死でした。あらゆる危険を避ける為に厳しい掟を定めました。
そんな父の方針に異を唱える者もいました。その先頭に立っていたのはグランピー。父の親友だった男です。
グランピーはある日、村を出ました。森の外を見に行くと言って。父は止めましたが、グランピーは聞きませんでした。
グランピーが旅立ってから3年後、父は病気で死にました。父は最後までグランピーのことを気にしていました。
程なく、まだ成人して間もない私が村長に選ばれました。理由は単純。私が村長の娘だったから。リリパット族はもはや考えることを放棄していたのです。
さらに3年。グランピーは村に帰ってきました。グランピーは白髪だらけで異常なほどに老け込んでいましたが、その瞳だけは爛々としていました。聞くと、中央大陸の南を旅していたそうです。
グランピーは毎日のように村の広場で旅の話をしました。子供達はグランピーを囲み、キラキラした瞳で話を聞きました。
私達は恐れました。子供達がグランピーと同じように村を出て行ってしまうのではないかと。
ホラ吹きグランピー。
私達は子供達に言い聞かせました。グランピーの話は全部嘘だ。聞いてはいけないと。
ある日、グランピーはまた村から出て行きました。今度は誰も止めませんでした。大人達はホッとしたことでしょう。
でも、平穏は長くは続きませんでした。
グランピーがまた戻ってきたのです。得体の知れない人間を連れて。
私は愚かでした。人間に仕返しが出来るとはしゃぎました。
結果、私のせいで何人ものリリパット族が死にました。父があんなにも守ろうとしていたものを、私はあっけなく散らしてしまったのです。
人間の側には死神様がいました。ああ、リリパットという種族は今日で終わりなのだと思いました。
死神様は何も言いませんでした。
その代わり、グランピーは私達に向かって叫びました。グランピーは怒っていたのか泣いていたのか分かりませんでした。
気がつくと、リリパット族はこの星から消えていました。リリパット族はリリパット軍になってしまったのです。村はチュウトンチ?へと名を変えました。
私達は戦わなくてはなりません。何と戦うのかは分かりませんが。
私はきっと碌な死に方をしないでしょう。でも、こんなに明日が楽しみなのは初めてのことなのです。
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