第42話 三毛猫社にて


「名前は柳桜。20歳。今日の朝食は卵かけご飯。昨日の夕食はオムライス」


「えっ、は、はい。その通りです」


「卵食べ過ぎだな」


「あはは!気をつけます」


目の前に座る女は照れ隠しに笑った。


「それで何についてアドバイスが欲しい?」


「えーと、恋愛について?」


「了解した。ではさっきと同じように剣の先に触れて」


「はい!」


女は開心剣の剣先にふれ、軽く血が滲んだ。少しだけ力が抜け、かわりに記憶が入ってくる。


「今も昔も歳上好き。奔放に振る舞っても許してくれるような余裕のある男がタイプ」


「そ!そうです!」


凄い食い付きだ。


「では、つい最近別れた社会人の彼氏のことから話していこう」


「お願いします!」



#######



最近俺はダンジョンに潜る傍ら、開心剣の訓練として占い師のようなことをしている。


新宿の冒険野郎の隣のビルに入っているカフェ三毛猫社の一角に座っていると、噂を聞き付けたエクスプローラーがやってきて仕事だの恋愛だのについて聞いてくる。


このカフェは場所柄もあってエクスプローラーが武器を出していても誰も気にしない。安心して占い師の真似事が出来る環境だ。


先程の客はどうやら五条に勧められてやってきたらしい。本人は何も言わなかったが、五条から俺のことを聞いている記憶があった。


さて、そろそろダンジョンへ。そう思った時だった。異常に太った男がヒョコヒョコ歩いてくる。


突き出た腹にサスペンダーが食い込んでいて見苦しい。座席の間を通るのに苦労して、周りの客が迷惑そうにしている。


「ここ、いいかね?」


目の前にくると凄い存在感だ。風船のように膨らんだ身体にギョロギョロとした目玉。サーカスのような男だ。


「座ってもいいかね?」


「なんの用だ?」


男は俺の返答を待たずに椅子に腰を下ろし、ハンカチで汗を拭き始める。


「いやー暑いね。この店は。なんだろうね」


「もう12月だ。暖房って知ってるか?」


「いやー暑い暑い」


ムカつく野郎だ。人をイラつかせる才能があるな。


「あー、すいません。このケーキとコーラ貰える?お腹減っちゃって」


ありがとうございます。と店員が下がる。ケーキとコーラ?全く狂っている。なんだこの男は。甘甘じゃないか。


「突然ごめんね。根岸君」


「名前を教えた記憶はないな」


「これは手厳しい」


「もう一度言う。なんの用だ」


「ちょっと待ってね。ケーキが来たから」


男はテーブルに置かれたケーキを手で掴み、丸呑みする。見ているだけで胸焼けのする光景だ。いや、これは吐き気と言ってもよい。とにかく気分が悪い。


「ほほほ!これは美味い!店員さん、ケーキおかわり」


入り口付近の客が会計を済ませて逃げるように店から出て行く。他の客もえずいている。俺だって吐きそうだ。


「さーて、おかわりが来るまでに自己紹介。僕の名前は富沢。カオスサーガというクランの幹部をしている」


「……それで、何をしに、きた」


だめだ。本当に気分が悪い。胃が痙攣し、脳に警報が鳴っている。


「僕はね、根岸君を僕達のクランに誘いに来たんだ。カオスサーガはカオス系の加護を持つ仲間を集めているんだ」


「……俺にメリットはあるのか?」


「うーん、メリットね?損得だけが全てじゃないと思わないかい?」


「……おことわり、だ」


「そうかね?まぁ、今日は挨拶に来ただけだからね。次に会う時には色良い返事を貰えると願うよ」


ほほほほ。薄れゆく意識の中で男の笑い声だけが響いた。

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