・未勝利馬メイシュオニゴロシ
タマキさんが俺にあてがってくれた3歳馬は、レースで1度も勝利したことのない未勝利馬だった。
戦績は3戦0勝。どれも2着、2着、2着のなんとも残念なやつだ。
言うなれば実力はあるはずなのに、なかなかはい上がれないアンラッキーボーイといったところか。当然だが、この戦績でダービーに出られるはずもない。
『まあ要するにだね、このレースで2着以内に入ればクラシックの第一レース、五木賞に出られるのだよ。そしてその五木賞の上位に入れば、ダービーの優先出場権も手に入る』
『へぇ、つまり勝てばいいってことですかね』
『う、うむ……解釈は大ざっぱだが、そういうことだ。どうか私のオニゴロシ号を頼めるかね?』
『ああ、聞くからに惜しいやつだわ。喜んでその2着ばかりのジンクスを崩してやるよ。俺に任せてくれ』
メイシュオニゴロシ号。コイツも変な名前だ……。
とにかくコイツが運良くも、五木賞の優先出場権を得られるレース『夏草賞』に出走出来ることになったので、前走の騎手には横取りみたいで悪いが、乗らせてもらうことになった。
ちなみに前回のモンベツ記念で得た賞金は、全てシノさんに任せた。どうせこっちの金は俺の世界には持ち帰れない。
もちろんレースの賞金を使ってマグダ族救済に必要なものを買い揃えるが、余った分は気前良くくれてやることにした。
だってそうだろ。俺がいなくなったらエナガファームはどうなる。シノさんとタルトが経済難で再び苦しむ姿なんて、俺は見たくない。
元の世界に帰っても、ホッカイドーではあいつらが肉たっぷりのシチューを食べている。そう信じられるだけの賞金を稼ぎたかった。
『期待しているよ、バーニィくん。……君ならば、本当にダービーを制覇してしまうかもな、ほっほっほっ』
『おっと、もう飯の時間みてぇだ。そろそろ切るぜ』
『シノくんのことも頼んだよ。君がきてくれて、本当に良かった』
『辛気くさい話はよしてくれよ、じゃあな』
黒く重たい受話器を元に戻して、俺はシノさんとタルトの待つ居間へと戻った。
2勝すればダービーだ。そしてダービーに勝てば、俺は元の世界に帰り、バドの忘れ形見をやっと助けてやれる。
「遅いよっ、早く早く!」
「文句ならタマキさんに言ってくれよ」
「文句なんかないよ! バーニィ兄ぃきてから、ご飯が豪華になったもん! バーニィ兄ぃは、ご飯の神だよ!」
「ははは、だが案外、神様ってクソ野郎かもしんねーぜ」
今日の晩飯はイカの刺身にホッケの開き、生野菜の盛り合わせに、米だ。もちろん、俺にはハイパードゥライも付いている。
キンキンに冷えたピカピカの缶ビールを見るだけで、俺ぁ幸せを感じた。
「そうなの……?」
「おう、こっちにくる前に女神様に会ったんだけどよ、美人で乳がでけぇところはいいんだが、全く人の話を聞かねぇやつだったわ」
「バニーさん、中学生相手に胸の話なんてしたら、キモい、って言われちゃいますよー?」
「キモい」
「うっ……」
懐いてくれているタルトに言われると、なかなか突き刺さるものがあった。
ともあれいただきますと両手を重ねて、箸とかいう棒きれで俺はホッケの身をほぐす。それを口に放り込んで、ハイパードゥライと一緒に流す。
ああ、ヤバいな……もう元の世界に帰りたくねぇ……。
そんくらい美味かった……。
「ねぇねぇ、バーニィ兄ぃの世界って、ゲームの中の世界なの?」
「違うと思うぜ。確かに、お前さんの好きなハァミコンに似てる気もするが……」
「もーっ、姉ちゃんもバーニィ兄ぃも、あれはハァミコンじゃないって何度言ったらわかるのさー!」
「そうなのー? 私にはー、全部に同じ見えるわー」
「ははは、まあ細かい名前なんてなんだっていいだろ」
おっさんはイカ刺しを醤油にたっぷり漬けて、米と一緒にかっこんだ。
俺の知る世界ではイカと言ったら干物だ。生のイカがこんなに美味いなんて、俺は今日までどれだけ人生を大損してきたのだろうか……。
ホッカイドーの食べ物は、どれもこれもがぶっ飛んだ鮮度をしていた。
「ダメだ、この人たち……。頭の中が昭和と異世界で止まってるよ……」
「ところでシノさん、俺の剣は――」
「あらやだ、換気扇付けっぱなしだったわー」
ちなみに俺の剣は、いくら返してくれと拝み込んでも、はぐらかされるばかりでちっとも戻ってこない。
あの剣がないと、この牧場に夜盗が現れたときに取り返しがつかないと言っても、虎も夜盗もホッカイドーにはいないと言われた……。
「あたし、バーニィ兄ぃの世界に行ってみたいなぁ……」
「止めとけ、戦争ばっかの酷い世界だぜ」
「それでもいいよっ、バーニィ兄ぃと一緒なら絶対楽しいもんっ!」
「いや、よくねーよ……」
「でもさ、もうじき帰っちゃうんでしょ……?」
「まあな。ダービーの結果次第だが、俺にはあっちに守らなきゃならねぇ連中がいるからな」
この透けるようなイカ刺しとも、信じらんねぇくれぇでけぇホッケとも、口の中で牛肉がとろけるシチューとも、ダービーが終わったら全部お別れだ。
こればかり堪えられん……。せめてハイパードゥライだけでも山のように買って帰ろう……。
・
こうして4月1週、日曜日。
俺はトーキョへと出張して、アンラッキーな未勝利馬メイシュオニゴロシと共にゲート入りした。
馬育成スキルによるとコイツの能力はこんな感じだ。
期間は短かったが、今週の調教を手伝えたので少し能力を底上げ出来た。
――――――――
【馬名】メイシュオニゴロシ
【基礎】
スピードB+ →A
スタミナC+
パワー B
根性 B
瞬発力 A →S
【特性】
シルバーコレクター(2着に入賞しやすい)
追い込み巧者
【距離適正】
1300~2100m
――――――――
メイシュというのはタマキさんが好んで使う冠名らしい。
冠名というのは、己の所有馬であることを示すこの世界独特の文化だ。
その特徴的な冠名からして、俺とタマキさんは出会うべくして出会ったのかもしれねぇ。
チャンスをくれたあの爺さんのために、今回のレースも連勝といきたかった。
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