第41話 ラスボス戦闘②

「よし、これでセットは完了したよ!」


 椿の声。


「銃撃を開始して!」


 それを合図に、椿はゴーレムの背中に銃を連射し始めた。


《ゴォォォォォォォォ!》


 椿の攻撃を感知し、雄叫びをあげる。しかし椿の猛攻は留まるところを知らない。


 これ以上防御を続けても無意味だと悟ったのか、ゴーレムは捨て身の攻撃に出る。


 地面に落ちていた氷片を拾い上げる。


「回避!」


《ビリィッ!》


 椿の身体が宙に舞い、氷壁の裏側へ。椿は身を翻して受け身をとり、両足片手を接地させ、摩擦で停止。流石だ。


 一方でゴーレムはおおきく振りかぶって、氷片を放とうとし──


 瞬間、椿の顔が歪んだ。その理由はすぐに明らかになる。


 ──ゴーレムは真上に向かって氷片を投げ上げたのだ。


 それは直線を描いて天井に直撃し、衝撃で大小の氷柱が落下する。


「睦美!」


「はいっ!」


《ビリィッ!》


 海斗たちを氷でできた半球体が覆う。頭上から振動が伝わってきた。もしも防御していなければ、今頃串刺しになっていただろう。


 やがて氷柱の雨がおさまり、半球体が消失する。


「反撃を開始するわよ。さっきと同じ様に、椿が攻撃、私たち3人が注意を引き付けて──」


 椿は指示を述べていくが──


《バキッ!》


 奇妙な音が響く。音源は……上から?


 全員が天井を見上げたところで、時は止まる。


 真上から迫りくる、巨大な氷柱。


 睦美は反射で原稿用紙に手をかけるも、それは間に合わず──


 ──と、身体の側面に衝撃が奔り、時間が元通りに流れる。


《ダガァァァァアン!》


 氷柱がすぐ真横に落下した。回避用の原稿が間に合ったのか?


「睦美、ファインプレーよ!」


 弥生が睦美を褒め称える、が。


「えっ……私、なにもしてないですけど……」


 気温とは関係なく、背筋が凍る。今、視界に居るのは弥生と睦美だけだ。


 ……そうなると、答えは自然と導かれる。


「椿さん! 椿さん!?」


 海斗は粉塵の舞う氷柱の落下地点に駆け寄った。


 そこにあったのは。


 鉄の匂い。赤黒く染まった白衣。


「椿さん!」


 立膝になって、より近くに寄る。


 氷柱の先端は椿の脇腹を貫通しており、息も絶え絶えといった様子だった。


「……はは、なにをして、いるんだろうな……私は」


 弱々しく自嘲する椿。


「な、なんでこんなことをしたんですか! 他人をかばって死んじゃ駄目って言ったの、椿さんじゃないですか!」


 睦美が叫ぶ。


「……信じ、たかったのかもしれない」


「信じるって……なにをですか」


「自己矛盾を、抱えていたのさ。人は皆、損得だけで判断してると、思い込ん

で……。だけれども、それを根底から認めたくは、なくて……。だから、信じたかったんだよ、打算を超えた、仲間、ってものを……」


 そこまで言って、椿は力尽きた。


「──っ!」


 海斗は感情の赴くまま飛び出し、ゴーレムに向かって駆け出した。


「戻りなさい!」


 背後から声がするが、声がするという認識だけで、聞こえない。


「……絶対に許さない」


 海斗には仲間がいなかった。友達と呼べるものがいなかった。


 だからこそ、たった今、椿という仲間を失ったことが、どうしようもなく耐えられなかった。




「絶対に許さない……ッ!」




 いつもの穏やかな口調ではなく、敵意に満ちたそれだった。


《ゴォォォォォォォォ!》


 ゴーレムも拳を振り上げる。


「海斗! 危ない!」


 ゴーレムの間合いに入る直前、海斗は竿を地面に突き立て、そして伸ばした。


 海斗は棒高跳びの要領でゴーレムの頭上を飛び越え、片膝、片手、竿先で着地。


 振り返る隙も与えず、背中に連撃竿を食らわせる。


《ゴ、ガァァァ……!》


 最後の一突き。バキッという音がして、ゴーレムが砕ける。


 ──アイスゴーレムを倒した。


「…………」


 無言の海斗は椿のもとへ戻っていく。


「…………」


 やはり無言のまま、椿の傍でしゃがみ込んだ。


 椿も黙り込んだままだ。そして少しも動かない。


 呼吸をする僅かな動きすらもない。


「……っ」


 弥生もその惨状に、ショックを受けずにはいられないようだった。


「あ、あ、ぁ……」


 睦美は目の焦点が合わず、そのまま崩れ落ちる。それから原稿用紙とシャーペンを取り出し、震える手で書き始めた。


『椿さんが生き返る』


 それを力なく引き裂いた。


《ビリビリッ……》


『not allowed』


「あぁ……あぁああ!」


 ヒステリックな声をあげる睦美。


「睦美、落ち着きなさい。落ち着くの……」


 睦美の背をさすりながらも、弥生はどこか自分に言い聞かせているようだった。


 ──しかし、事はさらに悪化する。


 突然の地響き。大きな揺れに、立っていることもままならない。


「な、なんだ!?」


 確かに三階層のボスは倒した。これ以上なにかあるっていうのか……?


 すると、ちょうど正面にある壁面が軋み始める。


《ガガガガガ……》


 壁の一部が瓦解し、雪崩をおこす。目の前が白く染まった──。


「弥生! 睦美さん!」


 すぐ近くにいた2人すら見えなくなる。


 …………。


 やがて視界が晴れると。


《ガラァァァァ!》


 先ほどの5倍はあろう巨大なアイスゴーレムが、鎮座していた。

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